このエビは飼われる前提でいます

 
休日の朝、オンボロ寮のチャイムが鳴った。
ダラダラ過ごし身だしなみも整えずパジャマ姿で、寝ぼけた意識のまま来訪者の元へ向かう。相手によってお叱りを受けるかもしれない可能性も考えずボッーした夢見心地、誰かと約束してたっけと心当たりを探す。

そこにいたのは個性が強烈な一つうえの先輩の姿。突然の登場に眠気が吹っ飛ぶ。

様子がおかしい。いつもの意味深に含んだ凶悪フェイスとは違い珍しく緊張した面持ち。しばし訪れる沈黙、無言のまま玄関先で向き合う謎の状況。異質な空気に耐えきれず意を決して戦々恐々と私は尋ねる。

「……あの、フロイド先輩。何かご用ですか?」

かれこれ一年近くなにかと関わりがある先輩だ。瞬時に切り替わる気分屋属性を持つ男には、それなりに慣れたつもりだとしても緊張はしてしまう。寮服姿もあいまって。

(取り立てにきた?もしやグリムが!?)

「小エビちゃんがスキ」
「スキ?」

緊張は吹き飛び思考が停止しかけた。
なにかすごい聞き間違いをしてしまったのだろうとオウム返しになる。

「オレのツガイになって下さい」
「オレノツガイニナッテクダサイ??」

スッと大きな手に持つ可愛らしい花束が、私へと差し出される。
オイオイ、なんか空気が変わったぞ?

急展開すぎる状況になんとか理解しようと整理して導きだそうとする。目の前に居るのは赤面して小さな花束を持ち、私にコクハクする深海の狂魚フロイド・リーチ先輩。癖のある中身はおいといて、エフェクトが輝きだす高身長イケメンの姿。
少女漫画のようにいきなり巻頭カラーで告白シーンがはじまる状況。ただしヒロインは寝癖つきのダルダルに伸びたみすぼらしいパジャマ姿。

(そんなラブあった!?この一年!?)

読者は置いてけぼりです。





ある日なんらかの事情で魔法も異種族も共存する異世界に転移し、棺桶で入学をキメるナイトレイブンカレッジに迷い込むどこにでもいるごく普通の女の子の私。
男装して男子校に通う通称オンボロ寮の監督生になった。なりゆきで魔獣のグリムとペアになり、数えきれないトラブルと事件に巻き込まれ乗り越えながら過ごし早一年。
学園長をときたま追求しつつ、いまだ元の世界への帰還の手がかりをつかめていない。漠然とした不安はあるものの一生懸命に生きている。魔力なし異質の新入生だった私も、難関な進級試験を相棒と乗り越え、一息ついた日々を過ごしていた。

そんな日々の中、新たな騒動を引き起こす事件。
あのフロイド先輩に告白されるという前代未聞のラブロマンスに立ち会っている。

ちなみに私がヒロイン!!!

なんの前触れもない事態に、元の世界で流行っていた〝チイサクテカワイイヤツ〟のような状態で体をブルブル震わせ、ひたすら先輩関連の記憶を掘り起こす。

フロイド・リーチという男との初めての出会いは、サバナマジフト事件の調査中。彼の兄弟とともに恐怖の追いかけっこして、あまりよくない印象を植えつけられた。
次の接触はオクタ学期末事件での勝負。ズルした三トリオをイソギンチャクから解放する勝負中とはいえ、オンボロ寮を取られ追い出され、海でセカンド追いかけっこして人外み溢れる人魚姿で弄ばれ、重ねてトラウマ植えつけられた。あの時はこっちも手段を選んでられないので少々手荒な作戦で乗り切ったけれど。
まともに関わりを持つようになったのはスカラ謀反事件。ドキドキ監禁脱出からモストロにダイナミック来店をキメたのがキッカケで、学期末の事件で積極的に関わらず一定の距離を保っていたのも台無しとなった。
後で対価は支払わせられたものの、思惑あれど無事問題解決に協力してくれ乗り越えたのが決め手になったのだと思う。騒動中の味方になった彼らの頼もしさややりとりでそれまでの印象がガラリと変わったから。たぶん、彼らも私やグリムに対する見方も変化したのだと思う。

それからは、トラブルや行事があることに関わる機会や、誕生日を祝う機会もあって、学園の中でも会話することが多い先輩の部類に入っていたが。

『小エビちゃんはエビみたいでちっちゃくてカワイイね』
『そんなんで、陸でも生きていけんの?エビとして生きた方が生きてけるんじゃね?』
『んー?海の世界じゃ生きていけないよね、プチッて潰されちゃう』
『小エビちゃんはエビなんだから大人しく守られなよ』
『オイ、テメェ。そのエビに触れんじゃねぇよ。オレのエビだ』
『小エビちゃんがエビじゃなくてよかった、エビだったら飼うしかなかったもんね?』

(オンナノコじゃなくてエビとして扱われる記憶しかでてこねぇ──!)

比較的に優しくは接してくれてはいたが、イマイチ謎な扱いに困惑しかなかった。不穏な台詞もあいまって「この人魚は私のことを甲殻類に見えているんだろうか?」としか悩んだくらいで。だから、彼がなんのへんてつもない自分に好意があることに驚きが隠せない。

これは、なにかの新しい遊びだろうか?
しかし、フロイド先輩はイタズラで「女の子」に告白して弄ぶタイプではなさそうだと思ってる。

もしやラブでキューピッドな妖精のイタズラに巻き込まれ、学園中が告白騒動とかなってたりする?

ヤダ〜!
バラ色展開!!





「小エビちゃん、オレの話聞いてる?」

地を這うような声が聞こえた。しばし思考の海に潜っているうちにスーパー気分屋は気分を急変化させていた。あ、これはヘタに質問すると絞められるやつ。真意が読み取れなくてなんと答えようかブルブルは加速する。

「難しく考えなくていいから、小エビちゃん的にオレはアリなのかナシなのかどうか、今決めて」

そこまで苛ついてはいないのか、気の抜けた様子の半目で見下ろされる。そうはいってもラブに至る過程も心あたりがないのに返事をせかされても困るのだ。

もう一度、あの告白を脳内でリピートする。ツガイという言葉聞いたことがある。夫婦に近い意味を持っていたはずだ……告白じゃなくてプロポーズじゃん!??ちょっと!!そんな重大な返事を軽く考えるなんて無理なんですけど!!

「ゆ、猶予を!!猶予をください!!」
「ダメ」
「暴君すぎません??」

まったく恋愛的に意識していなかった相手から突然のアプローチ。
すぐに意識できるわけもなくまた思考のループにハマりそうになる。だって、フロイド先輩 ハイスペックイケメン人外とオツキアイする現在も未来も想像できない。自分との差があまりにもありすぎる。よく知らないけれど異種族だし寿命差とか定番だろし。せいぜい恋人や夫婦というよりはペットと主人の関係の方がしっくりくるような……くるような?

過ぎ去った考えに目の前のフロイド先輩を真剣に見返す。様子が変化した私をじっと真顔で見返してくる。正直に考えると恋人や夫婦と考えるとピンとこない。

けれど、フロイド先輩の今までの言動。
それと同時にあの扱い。

「先輩は最後までイキモノの面倒を見れますか?」
「ん?将来二人でイキモノ飼う話?」
「ちゃんと面倒見れないなら承諾できません」
「話飛躍しすぎじゃねぇ??」
「違いますよ?先輩〝が〟自分を飼うつもりだから確認してるんですよ」
「…………小エビちゃんはオレに飼われてもいいって受け取れんだけど?」
「?寿命差があるなら介護込みですよ?」
「聞いてんのはそれじゃねーんだわ〜」

判断できる心当たりを整理し私なりに真剣に考えた。
このイケメンに飼われる未来はアリなのかナシなのか──優しく飼ってもらえるならアリかもしれない。

そういう前提なら、飼育環境の事前確認は必要だよね!!

end

※※※※※

フロ「オレの言うエビ扱いは愛情表現の一つだったんだよ……」(項垂れる191cm)

ジェ「んっっwwはははははっっww」

この後なんやかんや、フロイドは小エビを飼育することになるが、フロイドの言動と接し方で小エビの誤解が解けるかもしれない。
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