このエビは飼われる前提でいます
このまま順調に進みこちらの思い通り。
どうあがいたって、アレらの劣勢は覆せない。圧倒的な力の差。勝敗は最初からついている。
結果の分かりきったお遊びはもうすぐ終わりだ。
〝海〟の中ではソレらは脆く、力加減をしなければ長く遊ぶこともできなかった。
終了の時刻は近づいてくる。
最後まで意味もなく逃げ惑うだけの、哀れな哀れな非力な陸の生き物たち。
(そこそこおもしろかったけど、そろそろあきてきたかもぉ)
それが〝時間稼ぎ〟という悪知恵なのだと、最後の最後まで気づかずに。
この学園の中では珍しい部類に入る善良なニンゲン。
なんの旨味もなく馬鹿なイソギンチャクを解放するために、あんな取引に挑んだのだから。なにかとトラブルに巻き込まれているのは変わりない。してやられた後でもその認識は変わらなかった。
あの騒動も魔獣とともに脅したらしい獅子の所業と、その指示に従ったハイエナがいなければ収束もできなかった。
時空の果てへと飛ばされたあの日さえ。どこまでも純粋なウザさがあって、それが傲慢で、でも憎めない素直さがあるその人間と、同じ部類なのだと。
「そこが問題では?」
裏切られた人間へとかける配慮ない言葉は、側で聞いていた魔獣をも引き攣らせた。
ナメていたのは、まぬけだったのは、どちらだろう。
◆
最下層に位置する存在は雑魚たちの気晴らしために格好の餌食となる。間が悪ければ的当てのような、わかりやすいイジメの標的となる。それは海でも陸でも共通することだ。この場所も例外ではない。
その性質を持つ者が選ばれやすく、寝食共にする閉鎖的空間がその歪みに拍車をかけていた。
協調性のないと言われる生徒しか居ない場所で、憂さ晴らしに選ばれても自身で乗り切らなければならない。運良く助けられても何を要求されたものか。
そんな秩序でもタブーはある。そのボーダーラインを超えなければ、基本的に何をやっても学園内の問題だけに留まった。
それが、この学園の共通の認識だ。
現れた非力な存在はこの学園ですぐさま格好の餌食になるのが当然。
ウィンターホリデーが明けての出来事、二年生の一月くらい。その日はちょうど調子が悪く苛立っていて誰とも関わりたくない日。
「あ!フロイド先輩だ!助けてください!!」
「は?ウゼェ」
人気の少ない場所でボンヤリしていると、騒がしい音ともに駆け込んできた。
たっぷり休みを満喫してきた奴らは力を持て余しているのか、監督生を追いかけまわしているようだ。話しかけたのがフロイド・リーチだと知ると、ニヤニヤ笑っていた連中も一時硬直する。
「ええっー!?この前は助けてくれたのに!?」
「小エビちゃんてさぁ、いつでも助けてもらえると思ってんの?調子に乗ってない?」
この前とは、ウィンターホリデーをことだろう。気分のとても良い日で暇だったから力貸してやっただけで、今この状況を助けてやる義理はない。そもそも、直接取引したのはアズールなのでそれも精算し終わっている。
(声がキンキンしてうるせぇなァ、イライラする)
いくつかの出来事だけで、仲良くなったと馴れ馴れしてくる姿も余計に苛立たせた。このアソビに手出しされないと判断した途端、後ろの連中もニヤニヤしはじめるのもなにもかも。
「エビだけじゃねぇんだよ、後ろの雑魚どももとっと消えろよ」「ダメなら仕方ないですね!」
声が被さるように響いた声。呆気に取られた生徒を残し、監督生は即座に諦め走り去った。慌てて追いかける連中。
遠くから聞こえてきた声は監督生のものではなく野太い『ぎゃー!』『ハントだ!』『イヤアアアアア』という悲鳴。叫び声からの判断するに、あの人間──エビはルーク・ハントに助けを求めたようだ。
「あ〜、アイツら獣人だったけ。あのエビ、ウミネコくんと知り合いだったけ」
それからは、フロイドに助けを求めることはなくなった。
◆
盛大にダシにされたこの感じと、別の苛立つような不快が募る。
腹が立つので、エビを捕まえた。
「先輩に助けを求めるのは博打みたいなものですし、自分は確実に助かる方法を選択してるだけです」
「助かる方法つーか、常に助けてもらってねぇ?」
「か弱い乙女をイビリすぎなんですよここの生徒は、自力で回避するにも魔法とか使ってくるから大変なんですよ。もうそうなったら、あいつらがビビり散らかす格上の魔法使いぶつけるしかないじゃないですか!!」
「小エビちゃんて…………ウザいよね」
「話しかけてきておいて、なんですかソレェ!?もう!!先輩と違って授業サボる暇ないんですからね!」
「ウーン、そっか。機嫌悪くない日は助けてあげる」
「だから!!その判断が難しいんですって!」
しれっと言い放つこのエビはかなりふてぶてしいイキモノだった。
トラブルに次から次へと巻き込まれる非力なエビはたくましく生きている。自力でなんとかしようとはする。無理だと判断すれば即座に切り替えていく。エビだけの問題にはせず積極的に周り巻き込み、問題を大きくしては何故か味方を増やしていった。
「小エビちゃんてビビりのくせに、オレによく話しかけるよね?バカなの?」
「バカと言われば否定できない。NRCの爆弾ことフロイド先輩に頼ってきてるんですから」
「つまり、今日のオレ機嫌悪りぃてわかってんだよなぁ」
「へへ!まず、自分をボコる前にあちらの畜生からお願いしますねっ!!」
途端に絡んできてただろう連中の元へ突撃していくエビに、連中が叫びながらエビをスルーして逃げはじめる。完全に爆弾扱いする様が最高にウザかったので、海に引きづりこんでやりたくなったが。この図々しいところが、少しだけかわいく見えてきたりしていた。
その時点で、だいぶこのエビの感性がおかしいと気づくべきだったのかもしれない。
ウツボがエビを気にしはじめる、はじまり。
※※※
一世一代の勝負を仕掛けた。
変則的に生きてきた人魚には王道中の王道とも言える求婚を言葉にして、今は無い背鰭が逆立つのを耐え言い切った。ガラじゃないとわかっているが、陸の人間でも解釈の間違いが無いはずの好意を伝えた。
「先輩は最後までイキモノの面倒を見れますか?」
返ってきた返事はトンチンカンで、ツガイにしたいオンナノコは理解しがたい思考の持ち主だった。
ウツボによるエビへの意識改革が始まりを告げたものの、成果は芳しくはない。
つい最近の進展と言えば、学園中にフロイドと監督生がオツキアイしてると広まったことくらいである。ただし、アホエビが大声でペット宣言するので不名誉な広まりかたになってしまった。
人間が人間を飼うのも大問題になるというのに。人魚が人間を飼う、人間が人魚を飼う。ということが問題にならないはずもなく。後日談としては、学園長筆頭に教師陣たちと現寮長たちによる厳重なお叱り会が催された。
フロイドとしては、完全にとばっちりだと主張したい。
「いやぁね〜〜〜生徒の中からフロイド・リーチくんが人間の監督生くんのことを『本物の〝エビ〟として扱っているのはちょっと大丈夫なのかなぁ〜』という声が寄せられており」
「はぁぁぁ!?フザケンナ!」
「やはり、みんなそう認識してるってことですね!!………ん??だったら学園長……あの不可抗力な扱いなんとかできなかったんです!?」
これ関しては、うっかりマンタの発言が裏目となり、あれこれを黙認にしていたことの方が問題ではないかと、有耶無耶の流れになった。
「言わばフロイドは、か弱い監督生さん守っていただけのこと!!」
「おいタコ。そのか弱いカントクセイさんから住処を奪おうとしてたのはどこのどいつだぁ?」
「その前に、なんでレオナさんがいるんスか!?実習行ってるはずでしょ!!留年続行するとか聞いてないっスよ!!」
「うちの連中が騒がしかったから、見物にきただけだ」
寮長責任にされそうなタコがすかさずなすりつけようとして、それにおもしろおかしく乗っかる何故が参加しているトドにより話が逸れていく。
一応、現サバナクローの寮長はコバンザメだ。
トドが意味深に見てくるのがウザかった。
「はぁ〜〜疲れたぁ」
「おかえりなさい、フロイド」
「ん、ただいまジェイドォ。それ荷造りしてんの?早くね?ゲ!!それ持って帰んの?」
「はいっ!とても良いものを手に入れまして」
んしょんしょと、カゾクにお土産として渡すんだろうナントカセットを量産させていた。気に入ったものをしつこいくらい身内にも体験させようとしてくるので、今年も海に居るカゾクたちはこのキョウダイの相手をさせられるはずだ。
サマーホリデーがもうすぐ近づいていた。この休みのあとに四年生に進級するが、フロイドはその前にやっておかなければならないことがある。
着替えてベッドに寝転んで、瞼を閉じる。
海に帰れば色々切り替えなければいけない。陸と海の生活はまったく違う。陸のような生活をしている意識を持ったままだと、死にかけるしそのまま死ぬ。
今年は小エビとアザラシも実家に連れていくことになっている。アズールとジェイドも居て、危ないところへうまく泳げない一人と一匹を連れていくわけでもない。なにより実家の敷地内だ。陸より完全に安全とは言い切れないが、深海にしてはまだ治安がいい方だ。
そんなところへと、何も知らない相手を連れていく。
(小エビちゃんには〝適応〟してもらわないと)
人魚のペットなんて、ぬくぬく生きていけるわけないのだと知ってもらわないといけない。
「どうしてアレをツガイにしようと?」
世間話の様に尋ねるキョウダイのその声には少量の好奇心が混じる。本当に知りたいわけではない。それほど小エビに興味がないのはわかっている。せいぜい、おもしろいイキモノ程度だろう。
「あ〜どうでもいいて思ってるくせに」
「無関係ではないでしょう?身内になるかもしれませんのに」
白々しい寄り添う言葉だ。
「疑問に思っただけです。あの冴えない人間は、太々しい根性の持ち主だと印象は変わりましたけれど」
〝異世界の人間〟
「それだけ、でしょう?」
「フロイドのツガイとするには興味を惹き続けるでしょうか?」
この学園では魔法は使えない人間でも学園から出ればいくらでもいる。強い力もなく、ずば抜けて頭もよくない。容姿も平々凡々。どちらかというと地味だ。
「飽きちゃうかも、と思ったりするけどさ。オレさ、一度手に入れたら大事にする派だもん」
「ふふ……そのアイシカタはニンゲンの彼女に伝わるでしょうかね?」
その言葉を聞き、カッと目を見開き。
荷造りするジェイドの両手をガシッと掴む。
似ているようで似てない男は、瞳をぱちくりさせていた。
「大丈夫だからねオレ、お前よりちゃんとする自信あるから」
「どういうことですか?」
「オレと小エビちゃんに稚魚できたら、半径10メートルくらい?は接近許してあげるから」
「飛躍したマウント??」
「ジェイドなんかにアイシカタを語られたくねーだけだわ。よぉーく、心に手を当ててみなさい。じゃ、寝るわ」
まったく無自覚にもほどがあるキョウダイへの語りかけを終えて、就寝を再開する。恋愛面に関しては絶対にコイツにだけは言われたくないと、フロイドは心の底から思っていた。