このエビは飼われる前提でいます


休日のオンボロ寮の朝は早かったり遅かったり起床時間は自由だが、このルーズな寮生活をホショウされてるウラにはそれなりの条件はあったりする。
私と相棒のグリムにはもう慣れたもの。ここには寮長という統治者はいない代わりに、学園長直々の統治下。問題が起これば直行で報告することになる。

しかし、ここをよく思っていないアンチ寮生たちにその生活がバレれてしまえば、うるさくなるのは明白。下手に広まると学園長が事態を重くみて、思いつきで対応する可能性があった。せっかくのルーズ生活、窮屈なものへと変貌するだろう。
それに適応できないのはグリムだ。人間社会をちょっとずつ学んでいるカレには人間のルールはまだまだ理解し難いところ。そんなことにならないように、オンボロ寮のメンバーと話し合い作戦を決行した。

『ウチの寮長は学園長《作戦名》』という部分を、誇張しまくった。

それは功をなし、いけすかねぇセンコーに見張られてるオンボロ寮より自寮の方がマシという結果になった。
生徒たちを誘導させ、ヘイト値を抑えることに成功!
なのだが補足すると、学園長に頻繁にパシられるオンボロコンビの姿に信憑性が増したらしい。ちょっとフクザツゥ。



守り通した休日の朝。
ソファの上でお腹いっぱい食べてだらだら見るテレビ番組と、最近できたイケメン飼い主に膝枕してもらいながら怠惰に過ごし満喫する。

特に飼い主のくれるエサは最高だ。
彼は気分屋のはずなのに、これまで与えられた手作りごはんはどれもほっぺたが落ちそうなくらいおいしい。これには相棒の腹ペコモンスターも即オチ。

「小エビちゃんさ……コレ逆じゃね?こういうのツガイのオレがヒザマクラされる側だよな?野郎のヒザマクラとか需要あんの?硬くないのオレのヒザ?」
「安心してください!枕は柔らかいやつより硬いやつが好きなので、自分!先輩の膝はハリのあるいい筋肉です!さすさす」
「効果音つけなくていいからぁ。触り方がエロ親父のソレなんだよなぁ。おかしいすごくおかしい、状況的には陸のコイビトドウシの定番イチャラブって言ってたのに……小エビちゃんはツガイなのに……」

どうやらフロイド先輩は方は、まだ私をツガイだと思ってるらしい。申し訳ないが、ツガイというヤツは私はごめんなのである。
人魚と人間の感覚はかなりズレている。より一層感じるようになったのは、主にそう思わせたのは彼の兄弟が原因だったりするのだが。



ウツボの人魚フロイド・リーチに飼われることになった、小エビ系人間オンボロ寮の監督生。

告白という名の飼い主宣言をしたフロイド先輩に魅力を感じ、私はペットとして生きることを選んだ。異世界スクールライフに加わり、また違うライフを歩み始めていた。







この関係は特殊なのでごく一部の関係者しか知らない。

男子校で紅一点の立場にいる女子が、男子と付き合ってるとなると絶対に低俗なゴシップられる。そんな娯楽として消費されるのはまっぴらごめん。先輩には言いふらさないでほしいとお願いしたら、不服そうな顔はしていたものの。
今までからかってくる、連中は見かけてない。
お願いを聞いてくれたフロイド先輩のために、私もなにかお返しができないかと考えた。
安直だが、試しにモストロラウンジでバイトすることにしてみた。前より一緒に居る時間が増えたからか、それなりにフロイド先輩は満足しているようなのでよかったと思ってる。

支配人のアズール先輩も人材確保的な意味で私を心よく受け入れてくれて、そこまではよかったのだ。



せっせと労働中、副支配人に声をかけられる。

「監督生さん、そろそろ休憩の時間ですよ」
「あ!ジェイドさん!もうそんな時間ですか」

同年代のオクタヴィネルの寮生たちはリーチ兄弟を〝先輩〟ではなく〝さん〟付けにして呼んでいた。私もモストロラウンジ内のみ真似して〝さん〟にしている。
なにかと目立つ人間であり他寮生である身。
仕事中トラブってヘルプできるように、ここの寮生たちに馴染む努力は必要というもの。

ちらりと店内の時計を確認すると自分にあてられた時間。
接客やオーダーミスなどしないよう集中していたから、言われるまで気づかなかった。

「運んでいるそちらは僕が運びましょう」
「いえいえ、この料理を届けてから休憩いただきますね」
「仕事熱心なのはいいことですが、お気をつけて」
「き、気は緩みませんよ?」
「そうですねぇ、気が緩んでいるのは僕のきょうだいの方でしょうね」
「今、フロイドさんの話していましたっけ?」
「ああ、そうだ。今日のまかない担当はフロイドですよ」
「やった!機嫌良さそうだからおいしいヤツ!」

今日はモストロラウンジの一般開放日。朝から外部のお客さんは、老若男女問わず多く訪れている。比率的には女性客が多く、ハロウィーンで訪れた客層とは違う。

有名魔法士育成学校の学生が経営しているこのカフェ。
学園規模の特別な催しものでもないかぎり、防犯的理由もあり常日頃から一般へは開放されていない。そこを支配人が様々な交渉の末に、月数回のみの制限だが営業許可をもぎとった。

一般向けとしては制限まみれのこの場所に、一般客の参入は難しいと当初思われていたらしい。
だが、そのレア条件と学生が運営してるとは思えないクオリティの料理や店内様子や接客など、知る人ぞ知る秘境の謳い文句で心を掴んだ。これが特にマジカメ女子とやらにウケているらしく、解放日は盛況。というの、ケイト先輩から教えてもらった。
それとは別のSNS〝マジッター〟というやつでは、どうやらそれだけではない。聞きそびれたので、どんなものかは知らないけれど。



そして、数週間まえからアルバイトしている私は、この初めての一般開放日にドキドキしていた。
本日、この店の支配人は用事で不在中。
よってこの場を取り仕切るのは副支配人のジェイド・リーチ先輩である。


『まさか、これほど腕力がないとは』
『おや、監督生さん。今回で3度目の間違えですよ』
『もしや貴女、接客向いてないのでは?』
『キッチンはさらに向いていませんね。接客の方がまだマシですね』
『最近は慣れてきたご様子、知能が向上したようだ』
『監督生さん、これは将来のためですよ。試練だと思って』
『鈍臭さは少々あるものの、よく動けています』
『今度の一般解放日勤務、こなせそうですね』

新人育成担当者ではなく姑のように扱きまくられた日々の記憶。
腹立ちダイジェストが流れる。

この扱いに憤慨する私は〝私情を思いっきり挟んでないか〟とフロイド先輩に相談した。

『オレが言っとくから。ジェイドのやること言うことは小エビちゃん気にしないで』

一応こういう反応はあった。
なお改善はされておらず、現在の境地は諦め。
なにより、ジェイド先輩の兄弟へのコイビトに対する所業は行き過ぎていると感じた。私はツガイポジというものに不審と疑念を抱いている。だって、私は異世界人だけどフツウの女の子。扱かれるたびに『人間ごときがフロイドのツガイになるなど論外です』というような、幻聴が聞こえてくるしまつ。

むしろ、ツガイポジだと勘違いされてるからこんな扱いされてるのでは?
これなら、まだペットの方が可愛いがってもらえるのでは?

人魚て身内への愛情も重いんだろうか。
今度のサマーホリデーが怖い。
リーチ家に連れてかれる話になってるみたいだから、ご両親に会うわけで……なんとかツガイポジではなくペットポジだと知ってもらわないと。

頭を悩ませながら、目の前の上司をじっと見る。
目があっていつも通りの笑みを浮かべられた。
あいかわらず何考えているのかわからないヒトは、一言多いが一応私を戦力として認めてくれたはず。

(このまま何事もなく終われたらいいな)

いつまでも見つめているわけにもいかず、会釈してそそくさと席へ向かった。



注文した料理の確認しようとお客さんを見ると、綺麗なお姉さんに睨まれていた。何事もなく終われなさそう。この即フラグ回収的なのナニ。

「お客様、ご注文の」

静かな話し声や注文の声が聞こえる緊張状態。
心当たりなど運んできた料理やドリンクミスくらいなもの。あとで副支配人にドヤされると意識が逃避しそうになる。

「あんた、男の服着てるけど女でしょ!!」
「え……???」

店内に響く鋭さのある甲高い声。

オクタヴィネル寮服を身にまとい雑な男装だけど、私の性別は女である。
NRCへの一般的な認識はお金持ちの坊ちゃんたちが通う全寮制男子校。外聞的に女子生徒が通っているとなると、倫理的に問題だと思われるので外部へは公表していない。

(マズイのでは!?)

この異様な雰囲気で騒がられたら、嫌な方向で目立つかもしれない。だが、現在の場所はモストロラウンジ。店員に臨時バイトとしてなら紛れてる可能性だって説明できるわけで。

「あの自分は臨時バイト」
「あんたとフロくんはどういう関係よ!?」

一般客に性別を不審がられたときの、研修で習った説明内容を言おうとするも、いい終わる前に遮られた。興奮している女性が勢いよく席からこちらに詰め寄る。ガッシャーンとテーブルの上のグラスは落ちて割れた。

「この芋ぉ!!フロくんといちゃいちゃしてんじゃないわよおお!!!」
「グエッ」

首元を掴まれた。怒涛の展開に思考が追いつかない。周りは騒然とする。

(私を芋扱いしていいのはポムフィオーレ寮長だけですよ!?)
(あれ?待って!私のこと女だと見抜いたのに!?)
(話していたの、フロくんじゃなくてジェくんですけど―――!?)

「ちょっと話聞いてんの!?」

話どころか状況把握できない。
こういう対処しきれないトラブルは、先輩従業員や上司に頼れと研修で習った。
ちょうど近くには元凶になった副支配人がいる。
胸ぐら掴まれながら、なんとかそちらの方に助けを求めようとした。

なんと、そこには。
すっごい笑顔のイケメンがいた。

(アー!ダメだ!)
(あの野郎この修羅場を楽しんでやがるぅ!)

頼れるウツボは戦力外。
すぐさま思考を切り替える。

〝フロくん〟というワード。察するにフロイド先輩の昔の恋人の可能性あり。この取り乱しようとただならぬアダルティな雰囲気。
現在進行での関係では!?あのフロイド先輩が!?ううう、もうわかんない!!

(とにかく!とにかく!誤解をとかないと!?)
(じゃあ、どうやって解くの?)

長引けば長引くほど、よくない状況だ。
目の前の女性へ、私が堂々と答えられるアンサー!

「えと、えっと、自分……自分は……フロくんのペットです!!!」

シン……と店内は静まりかえった。

「働くとおいしいエサもらえるのです!!」
「……え、なにこいつ」

だんだん自信を取り戻し言い切る人間、カッと勢いは取り戻す小エビとしての意識。肉体関係はなく健全な関係。

呆然としたような表情の女性、例えるならば某宇宙猫の画像のよう。

「ところでオネエさん。何番目のアイジンですか?自分はペット枠なので大丈夫かと!不埒な関係じゃありません!」
「な、何番目のアイジンですって!?ペット枠!??」
「そもそも、アイジンなんていねぇーからっっっ!!!誰だよアンタ!」
「ご主人!」
「ご主人!?フロくん!?」
「小エビちゃんは黙ってて!」

モストロ全体に響きわたるツガイの声で、キッチンから駆けつけたウツボ。その心境は崩れ落ちる一歩手前。渾身のツッコミには悲壮さが滲み出ていた。



その場でもう一匹のウツボは爆笑して呼吸困難に陥っている。後に彼は語った───肺呼吸は大変ですね、と。



※※※



大声で叫んだ監督生だが大事なことを忘れていた。フロイドとの関係は特殊。ごく一部の関係者しか知らないということ。

つまり。

「フロイドとカントクセーちゃんそういう関係!?」
「あそこに居んのジェイドじゃない!?ジェイドのフリしたフロイドなの!?そういうプレイなの!?どっちなの!?」
「落ち着け、あそこに居るのはジェイドで間違いない」
「オラァ!笑ってないでなんとかしろ!副支配人だろオマエ!」

「人魚ヤベェ」
「イ、インモラル」
「イヤー!風評被害!風評被害!」
「アイツらだけです!俺たち無関係です!」
「ボクは人間!!セーフ!」

「え〜!ヤバくなーい?フロイドくんガチ恋勢阿鼻叫喚じゃん」
「マジッターに今起こってる騒動呟いたら、イケメン双子人魚に飼われる人間少女への反応ヤバいんだけどww」
「ジェイドくんガチ恋勢も阿鼻叫喚じゃん」
「つーかフロくんとジェくん間違えてね?」
「わたし、アズールくん推しでよかった〜」
「無傷なのアズールくん推しとガチ恋だけか」
「え!?私なんか目覚めそうなんですけど!?ヤバくない?ヤバくなーい?推し増える?詳しい情報プリーズ!!」
「マジッターモストロ界隈しばらく大荒れだわ」

かくして。
モストロスタッフ、NRC一般生徒、一般客。
ありとあらゆる目的で集った者たちにより、間違った情報が拡散された。







ことの顛末の話をすると、あの女性はフロイド先輩とは何の関係もない。
まともな従業員から連絡受け急いで戻ってきた支配人よる説明では、一方的にガチ恋してるモストロ通いの一般客女性らしいという。なんで放置してたんだろう。

問題行動を起こした女性は、事務所に連行して速やかに対処したようだ。たぶん、タコによって都合よく改竄したのだろう色々。

「揃いも揃って何してるんですか!!このバカタレウツボども!!」

動揺する従業員とお客さんたちの対応をし終えた支配人の怒号が響いた。しこたま怒られるリーチブラザーズ。巻き添えで私も怒られ、納得がいかない。

「被害者です!被害者です!」
「公共の場でアブノーマルな関係を大声で主張するからですよ。風評被害が出たらどうしてくれるんですか!!」
「アズールまでぇ!?違ぇから!小エビちゃんはツガイだから―――!」

最後までフロイド先輩は懲りずに訂正していた。
やれやれ、である。

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