その決断力は考えもの


ツイステッドワンダーランドに迷いこんで、流れるままに二年に進級した。
その進級時もトラブルが起こった話は省略するとして。いまだ帰れる見込みがないので残留という形で、ナイトレイブンカレッジに在籍している。
特別なトラブルに巻き込まれ解決して、あいかわらずの日々。疲れたり悩んだりあるけど、異性のマブと同級生とじゃれあい、先輩方に勉強教えてもらったり色んな話を聞いたりして、楽しく過ごす。悲観ばかりは損である。
そんなスタンスを貫きつつも、そろそろ平穏な人生に戻りたいと願ってはいる。



その日のキッカケはフロイド先輩の気まぐれ、だったと思う。

「小エビちゃん、オレぇ、そのオツキアイてのしてみてぇかも」
「意外な反応ですね。フロイド先輩のスペックなら、お相手すぐに見つかりますよ!」
「は?何言ってんの?ちょうど相手なら目の前にいんじゃん?」
「………目の前にいるのは、自分しかいませんよ?」
「小エビちゃんてバカなの?小エビちゃんに言ってんだし」
「え………え?ええええええ!?」
「うるせっ、て、ことで今日から小エビちゃんはオレのカノジョ〜〜〜オレがぁ〝飽きる〟まで、楽しもうねぇ」

おもしろいオモチャを見つけたような、フロイド先輩は薄ら笑いでそう言った。面倒なことになった。平穏で在れと願っているのに、いつもそれと真逆の方向に行ってしまう。あのフロイド先輩と恋人同士?になるとは、私は思ってもいなかった。
なんだこの急展開。
談話室のソファでくつろいでいたら、「ヒマだからアソぼ」とオンボロ寮に突撃訪問してきた気分屋の先輩。放っておくことも無視することも難しいので、私はこれまたヒマつぶしに見ていた恋愛ドラマの視聴を一旦停止せざるをえなくなった。
あたりまえのように、私の隣に腰をおろした先輩にサッと隙間をあける。ベタベタするの嫌いなくせに、こういったパーソナルスペースがまったく把握できない。今日は、機嫌が良い日なんだと思うようにする。
そのままの状態でダベりながらいて「そうだ。お茶でも」と席を立ちかけたら、フロイド先輩が停止していたドラマに興味を示した。先輩の言う〝陸の交際〟もとい恋愛色の強い話にシフトしていったら、思ったより食いついた。恋愛とか興味なさそうなイメージだったので、この先輩も17歳の男子高校生なんだなと謎に感動していれば、この流れである。
こうなると拒否権なんてあるわけないし、断り方を間違えるとシャレにならない。考えるのを放棄して流されることにした。真剣に悩んでも、あのフリーダム人魚の考えていることなどわからない。その日の気分が「オツキアイしてみたい」だったのだろうと予想する。ならば、明日になれば気分が変わってる可能性大だ。
フロイド先輩自身も「飽きるまで」と強調していたから、気楽に構えることにした。


あれから、半年が経っている。いまだフロイド先輩と私は別れることなく、飽きられることなく、清く正しくオツキアイしていた。


常に一緒にいたりイチャイチャしたり少ないものの、驚いたことに順調である。気が向いたら……は、あいかわらずだけど、想定外にごはん作ってくれ、デートにプレゼント、勉強教えてくれたりと、私なんかに尽くしてくれてるので、びっくりしている。先輩の伝え方には戸惑いあれど、基本的に守ろうしてくれたり優しい。

『長く続いても一か月くらいしょ』
『いつも通り振り回されるだけだな』

気楽に構えていた。
私は何度もマブたちと会話をした。

「エースクン、今のフロイドセンパイだよね」
「そりゃフロイド先輩だろ、諦めて現実を受け入れろ」
「ちょっと前までは自分と同じ反応だったのに」
「そう思っていた時期もありました。てか、本当にマジで覚悟した方がいいです」
「急に敬語になるのやめてくれます??」
「でも、よかったな。リーチ先輩はあんなに一途だなんて、僕は誤解していた」
「そうなんだゾ。たまにコエーけどウマイ飯が食えるなんて最高なんだゾ」
「監督生!!末長く幸せにな!!!」
「エンドロールが早い!」

独自の言い回しで周りを誤解をさせるが、最終的に良いように転んでしまつ。不信感MAXだった相棒も餌付けで即オチエンドだ。様々な人々に、心配されたり面白がられたりしたものの、最近では末長くお幸せにといった雰囲気。
ゴースト含む一部が、何故か同情的な視線が多いのがギモンだけれど。
気分屋なんかとうまく付き合っていけるわけがないとも思っていた。なのに、今ではこの関係を心地よいと思うほど。すっかりフロイド先輩と恋人という関係に馴染みきっていた。相手に対する心境が変われば、人間とは現金なもので。そこそこ適応できれば、フロイド先輩のもろもろがすべてキラキラ輝いて見えつつある。いつかのお姫様ではないが、イケメン、高身長、やる気によるが頭良い、料理ができる、敵味方とどちらのときも思ったけどものすごく強い。ギザギザな歯はチャームポイント。

乙女の心理とは不思議なもの。

改めてなおして、こんな高スペックと付き合えているなんて、なんかの間違いだ。よりどりみどりのはずなのに、なんで、私?なのかとずっとモダモダしている。己を省みると圧倒的にまったく釣り合っていない。異世界出身以外、突出したモノなんて私には無い。
今はうまく行ってても、今度どうなるかわからないか。
まだ、そんな気持ちでいた。



「小エビちゃんは、オレのツガイだよ」

ある時を境に、変化が起きた。
フロイド先輩が私のことを〝ツガイ〟だと言いだしたのだ。それを境に、スキンシップをはじめとした行動が甘やかになっていくので、恥ずかしいやら、周りの目線が気になるやら、アオハル大暴走で私は常に大混乱だった。おまけに謎の行動をとるようにもなったし。
一通り嵐が過ぎ去ると冷静になり、先輩が言い放った言葉を考える。

(ツガイ、つがいとは?なんぞソレ)

わからなけりゃ人類の便利ツール、スマホで検索。検索結果は普通にでてきた。思わずスマホを落としそうになった。番……解説の一つに、夫婦と記されている。主にヒト属以外の種族が言うようで、動揺した。

(え?嘘でしょ?先輩、本気?)

動揺する。付き合って半年しか経っていないのに、普通に夫婦だと思われているんだ。
これに平常心でいれるほうがおかしい。待て待て、思い込みは危険。もっと冷静に、冷静になろう。解説にはこう書かれているが、実際のところ現在の人魚属がどういう意味合いを込めて使ってるか、重要だと思う。ホラ、昔と今とで言葉の使いようは変化していくから。現在の若者なら、恋人にも使う言いかたに変わって!!

「番?ヒト属じゃ馴染みのない言い方だよな〜普通に夫婦間で使うよ。ウチの父ちゃんや母ちゃん使ってるし」

(マジか〜〜〜マジなのか)

クラスメイトで唯一の人魚属トビウオくんに確認して、天を仰ぐ。私の様子に察した様子で、憐れみの表情を浮かべていた。

「フロイドさんと付き合ってんだっけ?あの人がマジなのか知んないけど、だいたい人魚が〝番〟て言葉使うなら、そういうコトだよ」
「そ、そっか」
「ちなみに、もう一つ。人魚にも形態のタイプの違いがあって、フロイドさんタイプの人魚は、すげぇ厄介。監督生……賢明に生きていけよ」
「うん……教えてくれてありがとうね」

ちゃんと、人魚という種族を調べよう。もちろん、なるべくフロイド先輩には内緒で。そう心に誓ってから半日も経たないうちに、フロイド先輩から私に対するアクションは劇的に変化した。気分屋とはまた別の感じに。



「小エビちゃん……今日どこの小魚ちゃんと何話してたの?」

(さっそくキタ)

オンボロ寮で強制的に密着されながら、尋問が開幕された。フロイド先輩の機嫌が最悪になっていた。グリムとゴーストは不穏を察知して寮内の安全区域に避難した。薄情者だが、危なそうなら助けてくれるだろうと思う。たぶん。
付き合った当初なんて気まぐれで構って、そんな露骨な態度なんぞ見せなかった。いつどこで見られていたのか。他の人と話してるだけで、こんな機嫌が左右されるヒトだったか?
これが、トビウオくんが言っていた『厄介』。
フロイド先輩から不穏な気配を察知、快く教えてくれたクラスメイトを犠牲者にするわけにはいかない。ここは変に隠しても、本当に話してもめんどくさい事態になりそうだ。

「フロイド先輩との関係を話していたんです」
「は?なんて?」
「私たち、お似合いだそうですよ」
「フーン?」

逃げ道を自ら無くしていくような言い方ではあるが、この人魚が本気なら平凡な人間が逃げられる道はない。
今はこの状況なんとかしないと。

「……」
「……」
「マァ、そーゆうことにしといてあげる」
「えへへ?」

しばらく無言が続いて。真意を見極めようと見てきた先輩が、ヘラッといつもの力抜けたように笑う。納得してくれるようだ。さっきと打って変わって上機嫌。

(んん?………これって、先輩。ただ単に嫉妬してます??)

その様子に、ようやく先輩が本気なのではと思った。我ながら遅い。

私は〝人魚〟という種族を知らなさすぎる。魔法あるこの世界では無知だから、遠回しにしていた他種族のことを本格的に猛烈に情報収集した。

授業で習ったところ。
図書室の蔵書。
スマホでネサフ。
快く(?)取材して教えてくれた人魚の方々。

アズール先輩とジェイド先輩にもフロイド先輩に内緒で講義をお願いしたら、特別に対価なしで対応してくれた。後出し請求が怖いので断ると、渋々と理由を添えられる。
あとあとの尻拭いの可能性を減らせるなら、とのこと。
尻拭いの意味を聞けば。アズール先輩は憐れみの表情を浮かべ。にこやかに笑うジェイド先輩は、これでおしまいだと言うように最後にこう言った。

「番を失ったあとの人魚の行動と、照らし合わせてみて下さい。これでも僕も兄弟の幸せを願っていますから」

(目の奥が笑ってねぇ)

人魚はまるで人間を見定めるように、スッとその瞳を細めるのみだった。

 

かき集めた情報と、フロイド先輩の行動を照らし合わせた総合的な結論。
私はフロイド先輩のお嫁さんになってるもよう。

特にウツボの人魚の習性とやらは破壊力があり、その情報を呑み込むのにかなり時間がかかった。恥ずかしすぎてテレすぎて、ベットの上で転がりまわる。

『小エビちゃん、ごはん作りに来たよ』

オクタヴィネル寮から、オンボロ寮まで来るの大変じゃないのかと思っていたけれど、アレは〝通い婚〟だったのか!

『小エビちゃんも口開けて〜』

たびたび口を大きく開けて、口を開けるようねだられたが、アレは〝求愛〟行動の一種だったのか!

『小エビちゃんは海と陸、どっちがいいと思う?』

次のデート先の場所と流していたけれど、深く考えてみれば聞き方がおかしい。まさか…!将来のマイホーム希望場所かあああああ!?
たまにキューキュー鳴いていたのも!?
もう結婚前提で話が進んでるよね?
いしゅぞくすごい。
点と点が繋がり、謎がすべて解けていく───某曲をBGMに私は頭を抱えてうずくまる。勘違いだ、考えすぎだ、と振り払っても、繋ぎ合わせるごとに、いかにフロイド先輩が気紛れではなく本気だと肯定されていく。女の影とかもチラリともしてない。ウツボの特性にある一夫多嫁は、フロイド先輩にはあてはまっていない。

困った。
どうしよう。
嬉しい。

真っ先にそんな言葉が思い浮かんで、自分の心臓はバクバクしている。元の世界はどうするのかとか、この先の人生に戸籍も無いのにどうするのかと、悩むべきところはたくさんあるはずなのに。なんて、親不孝で薄情者。私は、フロイド先輩が本気だと知って歓喜していた。安堵していた。
あの種族も離婚することもあると知っている。異種族婚が珍しくもなくなってきたこの世界でも、人外と人間の婚姻譚には血生臭い逸話はごろごろと転がっている。その反面、どの種族の中でも人魚はとびっきり一途だそう。〝逃げなければ〟すごく番を大事にする。浮気とは以ての外。要は愛情が重たい。

逃げようと考えすらしなかった。そうか、私はあの人魚ヒトのこと好きだったんだ。この先望んだ平穏な人生は送れないだろうに。そうと決まれば私の行動は早かった。談話室にいるグリムとゴーストに声をかけた。

「ちょっと、学園長のところに行ってくるーー!」
「え!今からか!?」
「うん!」
「夜遅くに出歩いたら危ないよ〜」

困惑と心配する声が聞こえてきても止まらない。 
今、動きたい。伝えたい。



学園長室に辿り着くと、蹴破るように中へと転がり込んだ。ちゃんと仕事中だった。書類が山盛りだ。何か言いたげな彼は飲み物を飲んでいて、気にせず私は言い放った。

「学園長!私!フロイド先輩と結婚しまあああああす!」

元の世界へ帰る方法を探さずにこの世界で永住する方向に転換できませんかと、交渉しに来た。今から行動移すのならこれが真っ先に思い浮かんだのである。

当の学園長は、優雅に飲んでいた紅茶を華麗に噴き出していた。ちょっと申し訳ない。
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