一血卍傑
神、妖、人の三種族が暮らす『八百万界』
それぞれの種族の代表者はいるものの、自由に暮らしている。それは建前で、人の種族はこの三種族でもなかなかいざこざが酷く、同種族内、他の種族との関係があまりいいものではない。特に高位の役職についている者ほど、関係は複雑を極めていた。その混沌とした界で、どうやら今度は外部の侵略者から危機に晒されているらしいと聞く。
まめに便りを送ってくるあやつからの話では、時間が経つことに徐々に戦況が険しくなっている。都に近いほど動きが活発なのか同じ界であっても、その侵略者〝悪霊〟たちとの緊張感は場所によってバラつきがあると感じた。
その様子を見ても、俺は『滅ぶなら滅ぶまで』と、この危機を冷ややかな気持ちで受け入れていた。そもそもあやつも、俺と同じでさほどこの危機に興味がなかったはず。どういう風の吹きまわしなんだ。
その問いに奴の返事はこうだった。
『ある縁から〝独神〟様に力を貸すことにしたよ』
そう言って『独神』が滞在している島へと、身を寄せていると聞いた時は驚いた。
…人は変化していく。それを拒絶したままの自身を見返り、少しだけ置き去りにされていく妙な焦燥感を誤魔化した。
なにがきっかけになったのか。
縁はもう手繰り寄せられていた。その経緯を語るのは、少々複雑すぎて。
「俺には最高の頭がある……ただし、上に立つ者次第だが」
〝どうせ裏切られる〟
自身を呼び寄せた目の前の存在を見ながら、最初に思ったのはそれだった。
ごく一部の者以外、すべてそうやって遠ざけていた俺が『独神』に力を貸すことになった。
思考が変化したのは、いつだったか。
独神を含め、第一部隊隊長である者や本殿の住人達は俺を遠ざけなかった。性質が少し似ている者と奇縁を結ぶこともあり、とりわけ同じ職種であるあの男はなにかと世話を焼きにきて、あやつにそれをからかわれるなどどうでもいいことで、頭を悩ませた。
太宰府で暮らしていた時の生活とは、そもそもこの様に過ごす日々は未知の世界にいるような気分だった。
『供に修練に行かないか?』
『あなた…とは気があわなそうだわ』
『怨念の部分だけは同感ですねぇ』
『暗いなー!あんた、女の子でもナンパしに行かない?』
『茶をたてよう』
まったく異なる英傑たちが口々に言う。
第一部隊の者たちは一部を除いて、大方気立ての良い者たちだと思う…一部とはある意味似通う部分があるのは受け入れがたい。
俺がここに来た頃、過去のことでこの本殿の主や本殿の者を信用せず辛辣な物言いをして拒絶していた。
『誰も信じられん、いつか裏切られる』
いつどんな時も、それは心の内にあった。気を鎮めてくれるのは、梅の花や梅酒のみ。
それが。
最初こそ気にして落ち込んでいたらしい本殿の主も、気をつかっているのか一定の距離を保っていた本殿や部隊の者も。慣れてきたのか受けいれたのか。気奴らが懲りずに関わりに来るうちに、自身の心境は驚くほど呆気に取られてしまって、少し絆されたような拒絶するのがおかしくなってしまった。
…だからといって、胸の内に溢れる怨念は消え去ることなどない、が。
そう思えるほどに、心境が緩やかに変化していくのを感じていた。
その変化を受け入れつつあると同時に、周りにもある変化起きていた。
ーーー英傑がさらに強くなるための儀式〝陰陽転身〟
ある一定の条件を満たしときから、奴らの様子がおかしくなっていった。本殿にいる時は普段通り。討伐している時の奴らはーーー……少なくとも力に呑まれるような者たちではなかった。
この本殿の戦闘能力はまだ弱く強化されていなかったので、条件を満たしたものたちから次々『陰転身』を選んだ。性格もあるのだろうか激化していく攻防に、戦力不足を心配してのことらしいが、進んで陰転身の方向へと方針をとっていた。だが陰転身をした者たちは、その陰の力に染まったかのように、言動が荒くなる。自身はその件については言えないが、気立ての良い者まで、発言が物騒になるので少し何かが騒ついた。
『主』殿にとってはこの采配が大層苦手なんだそうだ。だから、なるべく英傑たちの判断で任せていると聞いた。だが、率いる将がそれでは駄目だ。
当人もそのことを気にしているのだろう。自分が頼りないから奴らを変えてしまった、と。
いつものように本殿の執務室で仕事に勤しむ我が『主』を見た。本人は隠しているつもりでいる。心なしか落ちこんでいる様子だ。
ああ、面倒だ。慰めは性に合わない。
しかし、様子がおかしいと調子がくるう。
否が応でも変化していく周りの状況にも、自身の心境にも困惑していた。
◇
夜が更けた頃。無性に眠れず落ち着かないので、月を見ながら梅酒をあおる。
振り返りみると、物思いにふけることが増えた。
「そろそろ、か」
俺が此処でどういう役割を担うのか、選択が迫っている。転身先を決める日が近づいていた。
職種により後衛ではあるが、後衛でも戦闘役か回復役を選ぶことができる。巫覡における定位置は『陰は後衛からの攻撃』『陽は後衛からの回復』といった攻撃と防御を兼ねていた。儀式で使用するそのどちらの供物も用意されている。本来なら主殿がすべて決める采配、それぞれの英傑の意思が配慮されるこの選択を受け入れがたかった。
(好きに決めればいいものを…)
当初の頃の俺なら、陰を選んでいただろう。しかし、その選択に少し揺らぐ。
人の気配がして、後方を見やる。
「おや?ここでお見かけするのは、珍しい。ミチザネ殿」
「なんだ〝お前〟か」
この本殿の初期から、部隊の回復・後衛を務めているクウヤだった。
あまり関わりのない人間だったが、この界では人格者として有名故にその名は知っていた。
こんな出来事もなければ、関わる機会のない人間。部隊で共にする内にいつの間にか…打ち解けていた一人だった。それには、どんな態度で接しても穏やかに対応する、こいつに絆されたのもある。特にどんなに冷たくあしらっても、この独自の雰囲気に巻き込まればそれも無視ができなくなる。此処には俺を振り回す奴が何人もいると、再認識させられた相手でもあった。
悪霊を説得して和解しようとするところだけは、まったく共感できないが。もうそろそろ、諦めてもいいというもの。見た目の穏やかさに対して、中々の頑固者だ。
穏やかに微笑みながら、こちらを見返している。
「ところで、何か悩んでおられるようだ。もしや、転身先のことでは?」
「…」
(いつも思うが、何故分かる)
ため息をつきたくなった。
人の相談ばかり乗っているのか、何も話さずともおおよそのことが見当つくらしく、見抜いてしまう。それが、俺にとって煩わしい部分であったが、今となってはそれに慣れてしまった。しかし、いつに増して強引な雰囲気がひっかかる気する。こちらの話を切り出すまで、離してもらえなさそうだ。
仕方ない。同じ職種でこいつは〝陽〟を選んだ。参考にするのを、捻くれた思考が癪だと訴えているが、今回ばかりは素直にこいつから話を聞いて見るか。
「少し悩んでいるのは事実だ。お前は今の役割を何故選んだ?」
瞳をぱちりと瞬かせて、こちらを凝視してくる。それから、常に穏やかな表情に笑みが深くなった。
「今夜のミチザネ殿は、私と話してくれるのだな!」
普段の冷めた対応のせいだろうか、なんとなく言いたいことはわかった。
だが、それくらいで嬉しそうにしないで欲しい。こいつに限ってありえないと思うが、ここは意味深く反応を表現する奴が多いので構えてしまう。本当に悩みが尽きない。
◇
目の前の男は一呼吸して、話しはじめた。
「そうだ…当時は私とオキクルミ殿以外しか回復役がいなかった、自然な流れで陽の巫覡を選んだのだ。後衛を極めるのも、また彼らの力になれると思った」
当時この本殿を立ち上げた頃、ほぼ人のいない状態で戦力不足、回復不足でそうしなければいけなかった。
「ああ、主殿はよく巫覡の役職の者にに世話になったと言っていたな」
「ふふ、懐かしい。主も不慣れで癖が強い英傑の方達と、連携がうまくとれず怪我ばかりしてしまった」
「噂で聞いていた人物像とかけ離れていて、照合するのに時間がかかった」
「噂には尾ひれがつく。大きな事を成せば、人々はそれについて善い方にも悪い方にも変えてしまう」
「…」
「今は能力の上限値に達してしまって、私は隠居して本殿を守護する立場。能力差があれど見ていると危なかっしくて冷んやりするよ。しかし、これ以上強くなれないがそれも運命だ。私は私がやれることをする、それは今も昔も変わらない」
「これは選択の理由を説明しているだけにすぎない。大切なのは、貴方がどうしたいか、だ。主のことを心配しているのだろう?主にとってミチザネ殿の厳しさも大きな支えになっている。主はこの界を善き方向に導こうとするなら、私達はその主ともに歩もう。どんな形であれ」
八咫鴉から聞いた話を思い出す。
『クウヤ殿は八百万界の危機に、最初に立ち上がった方なのです』
まだ誰も脅威に対して対抗する者などいない頃、何を思い一人立ち上がったのか。
理解などできないが、その意思には敵わない。
「そうか」
「では、私はそろそろ床につくとするよ。一方的な話になって申し訳ない、でも話せてよかった。おやすみ、ミチザネ殿」
「おい」
話すだけ話して、立ち去ろうとする男を呼び止めた。
「…ありがとう」
また一人となり、忘れていた飲みかけの梅酒を喉に流した。
先程の会話を思い返す。
「見透かされてたのか。後押しされてばかりだな、俺は」
以前、『大きく持ち上げられるのは嫌だ』と弱音を吐いていた。『自分はそんな器ではないのだ』と。
『だから、貴方の知恵をお貸し頂きたい』
そうあの時は、呆れ果てたものだ。でも、返す言葉はきつく言ったが、見捨てることは出来なかった。
積もりに積もった変化を。
答えは、決まっていた。
「有り余るほどの力を与えて、主殿は俺に何を望む?」
絶大な力を得るのもいいが、今回ばかりは〝こちら〟選ぼうとしようか。
安心した表情見て、そう思った。
荒荒しく与える攻撃は凄まじい威力だ。
しかし、前線で戦うゆえに相手の攻撃も強烈だ。あんな戦い方では傷がどんどんできていく。体力が削られていくたびに、どんどん悪化している。
勢いのままに敵へ突っ込んでいく仲間達へと其れは降り注ぐ。
暖かな光は彼らへの祝福、それが力になるといい。
「無様だなーーーせいぜい苦しめ」
頭上へ弓を向け、天へと矢を放った。
〝祝福の恵み〟
2018/3/4完結
それぞれの種族の代表者はいるものの、自由に暮らしている。それは建前で、人の種族はこの三種族でもなかなかいざこざが酷く、同種族内、他の種族との関係があまりいいものではない。特に高位の役職についている者ほど、関係は複雑を極めていた。その混沌とした界で、どうやら今度は外部の侵略者から危機に晒されているらしいと聞く。
まめに便りを送ってくるあやつからの話では、時間が経つことに徐々に戦況が険しくなっている。都に近いほど動きが活発なのか同じ界であっても、その侵略者〝悪霊〟たちとの緊張感は場所によってバラつきがあると感じた。
その様子を見ても、俺は『滅ぶなら滅ぶまで』と、この危機を冷ややかな気持ちで受け入れていた。そもそもあやつも、俺と同じでさほどこの危機に興味がなかったはず。どういう風の吹きまわしなんだ。
その問いに奴の返事はこうだった。
『ある縁から〝独神〟様に力を貸すことにしたよ』
そう言って『独神』が滞在している島へと、身を寄せていると聞いた時は驚いた。
…人は変化していく。それを拒絶したままの自身を見返り、少しだけ置き去りにされていく妙な焦燥感を誤魔化した。
なにがきっかけになったのか。
縁はもう手繰り寄せられていた。その経緯を語るのは、少々複雑すぎて。
「俺には最高の頭がある……ただし、上に立つ者次第だが」
〝どうせ裏切られる〟
自身を呼び寄せた目の前の存在を見ながら、最初に思ったのはそれだった。
ごく一部の者以外、すべてそうやって遠ざけていた俺が『独神』に力を貸すことになった。
思考が変化したのは、いつだったか。
独神を含め、第一部隊隊長である者や本殿の住人達は俺を遠ざけなかった。性質が少し似ている者と奇縁を結ぶこともあり、とりわけ同じ職種であるあの男はなにかと世話を焼きにきて、あやつにそれをからかわれるなどどうでもいいことで、頭を悩ませた。
太宰府で暮らしていた時の生活とは、そもそもこの様に過ごす日々は未知の世界にいるような気分だった。
『供に修練に行かないか?』
『あなた…とは気があわなそうだわ』
『怨念の部分だけは同感ですねぇ』
『暗いなー!あんた、女の子でもナンパしに行かない?』
『茶をたてよう』
まったく異なる英傑たちが口々に言う。
第一部隊の者たちは一部を除いて、大方気立ての良い者たちだと思う…一部とはある意味似通う部分があるのは受け入れがたい。
俺がここに来た頃、過去のことでこの本殿の主や本殿の者を信用せず辛辣な物言いをして拒絶していた。
『誰も信じられん、いつか裏切られる』
いつどんな時も、それは心の内にあった。気を鎮めてくれるのは、梅の花や梅酒のみ。
それが。
最初こそ気にして落ち込んでいたらしい本殿の主も、気をつかっているのか一定の距離を保っていた本殿や部隊の者も。慣れてきたのか受けいれたのか。気奴らが懲りずに関わりに来るうちに、自身の心境は驚くほど呆気に取られてしまって、少し絆されたような拒絶するのがおかしくなってしまった。
…だからといって、胸の内に溢れる怨念は消え去ることなどない、が。
そう思えるほどに、心境が緩やかに変化していくのを感じていた。
その変化を受け入れつつあると同時に、周りにもある変化起きていた。
ーーー英傑がさらに強くなるための儀式〝陰陽転身〟
ある一定の条件を満たしときから、奴らの様子がおかしくなっていった。本殿にいる時は普段通り。討伐している時の奴らはーーー……少なくとも力に呑まれるような者たちではなかった。
この本殿の戦闘能力はまだ弱く強化されていなかったので、条件を満たしたものたちから次々『陰転身』を選んだ。性格もあるのだろうか激化していく攻防に、戦力不足を心配してのことらしいが、進んで陰転身の方向へと方針をとっていた。だが陰転身をした者たちは、その陰の力に染まったかのように、言動が荒くなる。自身はその件については言えないが、気立ての良い者まで、発言が物騒になるので少し何かが騒ついた。
『主』殿にとってはこの采配が大層苦手なんだそうだ。だから、なるべく英傑たちの判断で任せていると聞いた。だが、率いる将がそれでは駄目だ。
当人もそのことを気にしているのだろう。自分が頼りないから奴らを変えてしまった、と。
いつものように本殿の執務室で仕事に勤しむ我が『主』を見た。本人は隠しているつもりでいる。心なしか落ちこんでいる様子だ。
ああ、面倒だ。慰めは性に合わない。
しかし、様子がおかしいと調子がくるう。
否が応でも変化していく周りの状況にも、自身の心境にも困惑していた。
◇
夜が更けた頃。無性に眠れず落ち着かないので、月を見ながら梅酒をあおる。
振り返りみると、物思いにふけることが増えた。
「そろそろ、か」
俺が此処でどういう役割を担うのか、選択が迫っている。転身先を決める日が近づいていた。
職種により後衛ではあるが、後衛でも戦闘役か回復役を選ぶことができる。巫覡における定位置は『陰は後衛からの攻撃』『陽は後衛からの回復』といった攻撃と防御を兼ねていた。儀式で使用するそのどちらの供物も用意されている。本来なら主殿がすべて決める采配、それぞれの英傑の意思が配慮されるこの選択を受け入れがたかった。
(好きに決めればいいものを…)
当初の頃の俺なら、陰を選んでいただろう。しかし、その選択に少し揺らぐ。
人の気配がして、後方を見やる。
「おや?ここでお見かけするのは、珍しい。ミチザネ殿」
「なんだ〝お前〟か」
この本殿の初期から、部隊の回復・後衛を務めているクウヤだった。
あまり関わりのない人間だったが、この界では人格者として有名故にその名は知っていた。
こんな出来事もなければ、関わる機会のない人間。部隊で共にする内にいつの間にか…打ち解けていた一人だった。それには、どんな態度で接しても穏やかに対応する、こいつに絆されたのもある。特にどんなに冷たくあしらっても、この独自の雰囲気に巻き込まればそれも無視ができなくなる。此処には俺を振り回す奴が何人もいると、再認識させられた相手でもあった。
悪霊を説得して和解しようとするところだけは、まったく共感できないが。もうそろそろ、諦めてもいいというもの。見た目の穏やかさに対して、中々の頑固者だ。
穏やかに微笑みながら、こちらを見返している。
「ところで、何か悩んでおられるようだ。もしや、転身先のことでは?」
「…」
(いつも思うが、何故分かる)
ため息をつきたくなった。
人の相談ばかり乗っているのか、何も話さずともおおよそのことが見当つくらしく、見抜いてしまう。それが、俺にとって煩わしい部分であったが、今となってはそれに慣れてしまった。しかし、いつに増して強引な雰囲気がひっかかる気する。こちらの話を切り出すまで、離してもらえなさそうだ。
仕方ない。同じ職種でこいつは〝陽〟を選んだ。参考にするのを、捻くれた思考が癪だと訴えているが、今回ばかりは素直にこいつから話を聞いて見るか。
「少し悩んでいるのは事実だ。お前は今の役割を何故選んだ?」
瞳をぱちりと瞬かせて、こちらを凝視してくる。それから、常に穏やかな表情に笑みが深くなった。
「今夜のミチザネ殿は、私と話してくれるのだな!」
普段の冷めた対応のせいだろうか、なんとなく言いたいことはわかった。
だが、それくらいで嬉しそうにしないで欲しい。こいつに限ってありえないと思うが、ここは意味深く反応を表現する奴が多いので構えてしまう。本当に悩みが尽きない。
◇
目の前の男は一呼吸して、話しはじめた。
「そうだ…当時は私とオキクルミ殿以外しか回復役がいなかった、自然な流れで陽の巫覡を選んだのだ。後衛を極めるのも、また彼らの力になれると思った」
当時この本殿を立ち上げた頃、ほぼ人のいない状態で戦力不足、回復不足でそうしなければいけなかった。
「ああ、主殿はよく巫覡の役職の者にに世話になったと言っていたな」
「ふふ、懐かしい。主も不慣れで癖が強い英傑の方達と、連携がうまくとれず怪我ばかりしてしまった」
「噂で聞いていた人物像とかけ離れていて、照合するのに時間がかかった」
「噂には尾ひれがつく。大きな事を成せば、人々はそれについて善い方にも悪い方にも変えてしまう」
「…」
「今は能力の上限値に達してしまって、私は隠居して本殿を守護する立場。能力差があれど見ていると危なかっしくて冷んやりするよ。しかし、これ以上強くなれないがそれも運命だ。私は私がやれることをする、それは今も昔も変わらない」
「これは選択の理由を説明しているだけにすぎない。大切なのは、貴方がどうしたいか、だ。主のことを心配しているのだろう?主にとってミチザネ殿の厳しさも大きな支えになっている。主はこの界を善き方向に導こうとするなら、私達はその主ともに歩もう。どんな形であれ」
八咫鴉から聞いた話を思い出す。
『クウヤ殿は八百万界の危機に、最初に立ち上がった方なのです』
まだ誰も脅威に対して対抗する者などいない頃、何を思い一人立ち上がったのか。
理解などできないが、その意思には敵わない。
「そうか」
「では、私はそろそろ床につくとするよ。一方的な話になって申し訳ない、でも話せてよかった。おやすみ、ミチザネ殿」
「おい」
話すだけ話して、立ち去ろうとする男を呼び止めた。
「…ありがとう」
また一人となり、忘れていた飲みかけの梅酒を喉に流した。
先程の会話を思い返す。
「見透かされてたのか。後押しされてばかりだな、俺は」
以前、『大きく持ち上げられるのは嫌だ』と弱音を吐いていた。『自分はそんな器ではないのだ』と。
『だから、貴方の知恵をお貸し頂きたい』
そうあの時は、呆れ果てたものだ。でも、返す言葉はきつく言ったが、見捨てることは出来なかった。
積もりに積もった変化を。
答えは、決まっていた。
「有り余るほどの力を与えて、主殿は俺に何を望む?」
絶大な力を得るのもいいが、今回ばかりは〝こちら〟選ぼうとしようか。
安心した表情見て、そう思った。
荒荒しく与える攻撃は凄まじい威力だ。
しかし、前線で戦うゆえに相手の攻撃も強烈だ。あんな戦い方では傷がどんどんできていく。体力が削られていくたびに、どんどん悪化している。
勢いのままに敵へ突っ込んでいく仲間達へと其れは降り注ぐ。
暖かな光は彼らへの祝福、それが力になるといい。
「無様だなーーーせいぜい苦しめ」
頭上へ弓を向け、天へと矢を放った。
〝祝福の恵み〟
2018/3/4完結
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