覚えてないから諦めな

 
 オンボロ寮の寝室。

 監督生は相棒とともにむにゃむにゃと寝ていたが、ビリッとした気配を感じた。パチパチと瞬きぼんやりしながら、近くにいるであろう相棒を探す。それらしき姿が見当たらない。そして、動きにくい状態に気づく。ゾワッと鳥肌がたった。
 深呼吸して人の気配がする方へ見上げると、バーンと胸板が現れる。
(天井が野郎の胸板に???)
 寝ぼけ頭で状況を理解しようと思考を整理していたら、覆い被さるように物体から悩ましいため息が聞こえた。いつかの朝を思いださせる。
「……監督生さん、僕……あの夜から貴女のことが忘れられないんです」

 扇状的にはだけまくり色気を放出する、ジェイド・リーチがそこにいた。

「あばばばばばばば」
 このウツボ……すけべ過ぎる!
 両腕を拘束されているにもかかわらず、寝ぼけた頭から錯乱状態に陥っていた。あの夜とは、どの夜だ?とぼけても心当たりのある夜は、あの数ヶ月前の事件だ。
「あの……わたし、覚えてなくて……」
「存じ上げています」
 弁明するには遅すぎる状況。唐突に突きつけられる激情。
「もっと順序よくステップを踏むべきなのですが、僕は堪え性のない雄です」
 クラクラと誘惑するように囁く。
「わたしより、もっと他に」
「他の雌ならばどうだと試みたのですが無理でした」
 なんとか雰囲気を変えるものの無駄に終わる。
「貴女が覚えてないなんて耐えられません……思いだして?」
「ヒェ」
 淫靡な雰囲気に限界を超え涙が溢れる。
「思いだせないなら、もう一度シましょう?」

 ―――ね、ユウさん。

 長い舌でレロリと舐められる。溢れでる涙を味わうように。キャパオーバー。もうエロい全部がエロい。エロスの物体が迫っている。思春期の乙女には耐えたがいセシンティブな光景。普段は肌の露出はないにも等しい男の乱れた姿。
 画面越し紙越しならば、自分には起こりないものなら平気に見れる少女も今からヤル雰囲気に耐えられなかった。
「ビエエエン!存在がえっっっち!はだけた胸板がセシンティブううう!」
「か、監督生さん!?落ちついてくだ」
「近寄らないで!エロい!歩く18禁!振り返り人妻!エッチなおねぇさん!!」
「雄ですが!?僕!?」
「本当に覚えてないんですううう!諦めてえええ!」
 泣きじゃくりながら抵抗し叫ぶ。めくるめくる淫靡な世界は乙女に早い。もうすでに男女の関係になっているとはいえ、記憶がなけりゃリセットスタート。気持ちはすでに切り替えている。なのに、いまさら夜這いとはズルすぎでは?
 

 監督生は思う。
 
 (どうして、こうなった!?)


 駆けつけたポリスマンならぬ、ゴーストとグリムに監督生は救出され―――その原因となるはじまりは、少しばかり語られることとなる。


◇◇◇

 
 色事とは永遠に無縁とすら思っていた私に起きた、それは〝事故〟だった。


 目が覚めると、全身に違和感を覚えた。
 スースーした寒さがあり、あちこちじんじんと肌が切れたような痛みを感じ、筋肉痛を患ったように怠い。極めつけは下半身。人体の大切ところ。思春期なので具体的に言うのはちょっと恥ずかしいところ。とにかく大事な部分が尋常じゃないほど痛い。ぶっといのが突き刺さった感覚がある。
(すごくしんどい)
 瞼を開けるのも億劫で二度寝でもしようかと思っても、一度気づいた違和感に無視できない。腕を動かさそうとしてシーツをさわさわ動かすと物体に接触した。触り慣れた相棒の体毛ではない―――人特有の感触。

「おや、目覚めましたか。お加減はいかがです?」

 聞き覚えありすぎる艶のある低音。この声の特徴はジェイド先輩だ。びくりと体を震える。寝惚けていた頭はじわじわ覚醒する。オンボロ寮の寝室にジェイド先輩が居るのだから混乱した。
 そもそもここが自寮ではない可能性が浮上し、さらに体の違和感が強調されていく。考えてないで目を開けて確かめればいいが、その開ける行為が怖い。なにやら自分はとんでもないことをやらかしてしまった気がする。
「起きてらっしゃるようですが、動けないそうですね」
「無理もありません。媚薬効果の軽減対応に加えて、体格差によりかなり負担させてしまいました」
「体力消耗が激しいのでしょう。どうぞ、僕に身を任せて?アフターケアもバッチリこなしましょう」
 状況把握ままらないまま一方的に進行する話。自分に向けられているであろう言葉の意味を半濁すると、とんでもない事態に巻き込まれて………媚薬!?
 唐突に自分の腹部を大きな手によって覆われ、するりと撫でられる。妙にひんやりした感触にぶるりと震えた。

 チョットマッテ、ジブンゼンラデハ?

 もう頭は冴えきっている。先生、この展開知ってます。
 恋愛系のマンガやドラマとかで見たことのある伝家の宝刀。思春期を超えて乙女たちが通るシチュ。
 意を決してソッと目を開ける。ぼやけた視界ははっきりしていき、どう見えても衣服を身につけておらず、シーツに埋もれる自分の体。シーツからでている体の部位には、エグいくらいの傷跡がつけられているのが見えた。アトとか生優しいものじゃない、肌に穴があいてる。鋭い牙を持つ生き物に齧られ可哀想なことになっていた。どおりで痛いはずだ。

 シーツの下。蠢く手の持ち主へソッ―――とソッ―――と視線を辿ると乱れたワイシャツを羽織るほぼ全裸の美形がいた。
「……ん、おはようございます。監督生さん」
 美しく冷ややかなヘテロクロミアと視線がぶつかり、自分は叫ぶ。声枯れしていて詰まる。
これって!?これって、もしや………!?

「ワ、ン、ナイト、ラブ―――!?」

 悩ましげな吐息をだし挨拶する先輩を直視した自分は、再度元気よく気絶した。
 




 再び目覚めたときに体は清潔にされ身なりは整えられていた。一部気になる部分があるものの、お世話(?)をしてくれた先輩が、後はネクタイ締めてブレザーを羽織る状態で衣服を身につけてる姿も、やらしくてそれどころじゃなかった。
 自身より優先して事故現場(?)を後処理していたようだ。ついていけていない頭は呆気に取られながら眺める。どういう状況なのか、自分たちに何が起こったのか尋ねようと、口を開いては閉じる。非常に聞きにくい。いつも以上に貼り付けた笑顔の先輩が説明してくれた。
「〝少し〟記憶が飛んでいるようですね」
 少しどころかこれぽっちもこの状況に関する覚えはない。どういうことが私たちに起こったのかなんとなく想像はついているものの。混乱したまま疑問をぶつけていくのでは、話の腰を折ってしまい進まなくなってしまう。
 まずは彼の話を聞くことにする。
「ことの始まりは、よからぬ劣情を持った生徒によって貴方は媚薬系統の魔法薬を飲まされしまったのです。そう、これが厄介なもので、すぐに発情してしまい性交渉しなければ治らない類の代物です」
「なんて、もんが、存在してる、んですか!?」
「非合法のいわゆるアダルトグッズといったところでしょうか」
「ふつう、にはんざ、い!?」
 淡々と語られる内容。理解が追いつかない。あいかわらず返す言葉も声枯れしている。
「事件当日。その犯行現場は植物園でした。以前から計画して、誰も人のいない時間帯を見計らいバレないように工作し、想像するまでもなく悪質な性犯罪を起こそうとしたようです―――フロイドの上機嫌により急遽シフト変更にあやかり、植物園のきのこの様子を見にきた僕の登場。イレギュラーの事態は想定されていないお粗末なものでしたが、ね」
 語られる内容が内容すぎて記憶はないが想像して心臓が冷えて青褪めていく。冷笑した先輩がくすくす笑う。どこまでも淡々と事実を語る内容は正直笑える要素などない。腹に力込めて枯れた声をしぼりだす。
「どうして、それをリーチ先輩が詳しく知って」
「捉えた際に色々お話をしたんですよ。ご安心ください。その犯人は貴女の目の前に現れることはないよう処置しました」
「あ、はい」
 犯罪を犯そうとした相手の処遇はすでに終了してるらしい。はたしてそれは正規のルートを通り、なされたのか。性犯罪を起こそうとしたやつの所在なんで知りたくもないし、詳細をつつくのもこれ以上別の意味で怖い。オクタヴィネル生の言う処置などロクでもない結末をむかえていそうだ。黙祷しておこう。
 聞いた感じでは未遂すんでるらしい。ジェイド先輩がどこまで本当のことを話しているかわからないけれど、今となっては記憶がないので判断しようがない。魔法のある世界なら記憶の再現魔法とかありそうなものだが、さっぱり忘れていた方が幸せかもしれない。それに私は聞かねばならない。この……非常にアダルティーな状況を。
 元々と感情をコントロールするのに長けたヒトではあるが、着替え終わっていた先輩の纏う空気は〝えっちなんてしてませんよ?〟と微塵も感じさせない。話を聞くにしては後輩の女子とえっちしたのに反応が薄すぎる……ごくりと息をのむ。自分はさながら劇画タッチの表情しているに違いない。
(こなれた所作の数々、この余裕、相当な経験人数の持ち主なのかもしれない!!)
 夜の百戦錬磨の貫禄が滲みでていた。
 もう、ズバッと聞いてしまっても問題なさそうだ。あとは私の中の羞恥心との戦いのみ。

「あの、その、自分とリーチ先輩はその……セッ、セッ」
「セックスしましたよ」
「ひょおおおおお」
 この流れからしてわかりきっていることだが、ちゃんと確認しなければならないことで。この成り行きを理解するのに必死で実感がなかったからで。でも、でも、自分とジェイド先輩はえっちしちゃったらしい。
(うおおえっちしたんか!!このイケメンとえっっっちしたんかあああ!!)
 美形から放たれるセックスという言葉にどえらい衝撃波を浴びた。爆発する遅れてきた羞恥心に、ベッドの上で転がりまくった。思いだす行為中の、あんなこんな……肝心のえっっっち覚えてないぞ!?
 まったく一欠片も思い出せない。冷静に考えてもひねりだそうとしてもツルツル。なんなら植物園で何をしに行ったのかもわからない。こういうのて、なんか拍子で思いだすものじゃない??これって魔法薬の副作用??とにかく、ジェイド先輩はとってもえっっっち!!

「監督生さん、そんなに暴れてはお体に触りますよ。その薬に対応できる雄は僕か実行犯しか居ませんでしたので」

 何一つ動揺していない、淡々と紡ぐ言葉。なんの色も映していない―――イキモノを観察するヘテロクロミア。その瞳を見て冷静になる茹でた頭。冷水を浴びせられた気分。

 このヒトは〝私〟に興味がないのだ。

「先生を呼びにいくとか他の手段は」
「それも考えましたが、予想より早く発情した監督生さんが手当たりしだいに襲いかかる事案で」
「あ、もういいです!わかりました!」
「察しが良くて助かります」
「じゃあ合意なんですよね?」
「ええ、そうですよ」
 たぶん、魔力なしゆえにそうならなざるえなかったのだろう。後遺症とかないといい。内容が内容に異性しかいないこの学園で、異性である学園長にも相談しにくい。そうでなくても同性でも相談しにくい。
「さて、僕は帰寮します。落ち着いたら、談話室にグリムくんとゴーストさんがいらっしゃいますので顔を出すといい。貴方に起こったことはごまかしはしましたが、かなり心配されていましたから。もし後遺症など気になることや不安があれば、あなたのスマホに僕の連絡先を登録しましたので、それをご利用ください。それと、今後もこのようなことが起こらないとは限らないので、自衛方法は考え改めた方がいいと提案します」
「は、はいわかりました。あ、あの対価は」
 マジでアフターケアバッチリすぎる。
 後で請求されたら怖いので聞いてみる。もちろん先輩を直視できない。冷静にすべて対処している先輩は頼もしいのに、事務処理のように淡々と進んでいくそれに私は受け止めきれない。感情的にならないようにするのが精一杯だった。
 私は被害者だけどジェイド先輩には関係ないことで、先輩も巻き込まれた被害者で。
「……大丈夫です。もうすでにいただきました」
「え?」
 コツコツと革靴独自の音が近づいてくる。ふっと覆う影と、視界にうつる黒のグローブが私の腹部を撫でた。ぴしりと固まる。
「なかなか良かったですよ」
 耳元囁かれる低音と艶びた言葉。

 はい!そこ!子宮があるところなのでアウトです!
 ヒョエエエエエ、色気の暴力―――!!!





 ベッドへと寝転ぶ。
 実にスマートに立ち去ったがよくよく考えると酷い話だ。ジェイド先輩は酷い男だ。あんなことをのたまっておいて「明日からいつも通りにお願いします」なんて、そう言えるのか。
 女の性を消費されたとは思ってもおかしくないが、過去に色々あったもののなんだかんだ仲良くできているジェイド先輩に嫌悪感はない。どちらかと言うと気まずい。
 彼に嫌悪感が抱いていないのは、実に自分はチョロイン属性かもしれないのでちょっと憂鬱です。



 大変なことになりました。
 最重要事項を聞くのを忘れていた。

「避妊したかどうか聞いてない!!!」

 ジェイド先輩もそのことについてなにも触れていない。きっとワザとだ。部屋中を粗探ししたが使用済みのアレが見つからなくて頭を抱えた。そういえば、先輩が事故処理したので見つかるはずもない。聞くのに勇気がいりすぎる。いるかわからないが神は異世界の乙女に試練を与えすぎる。

「おうちにかえりたい……」

 誰も居ない空間でグスりと涙ぐむ。初めてを喪失し、これは女の子にとって由々しき事態。こんな精神状態でーーーむくりと起き上がった。

 ヤッてしまったものは仕方なし。
「記憶がないから結局ピンとこないしね」
 覚えてないので想像するしかない。つまり、行為がチラつかない。明日以降、先輩と接するのなんてどうとでもなる。むしろ、本当にヤったかどうかの疑問が……そこまで考え、ちらりと服をまくり身体中ついてる情交の痕を見て振り払う。なんで、コレ消さなかった。嫌がらせ?ホワイ?もしや、今は人の姿をしてる人魚。人間には理解しがたいところあるのだろうか。
 異種族でしちゃった場合、疑似的異種姦では?
 そう言うには無理があるか。
「あんなイケメンとすることなんて今後もないよね。頻繁にこんな〝事故〟起こっても困るし、色々考えなくちゃ」
 恋情とは程遠い事後に行われたやりとりを思いだしながら、痕が消えるまで、しばらく着替えには注意してグリムとの入浴はやめておこうと考える。
 「騒ぎ立てることでもないよね?」
 避妊したかはちゃんと確認しておくとして、向こうも普段通りの対応を望んでいた。
 わけのわからんヤツに乱暴されなかったのだからマシだと思え。たぶん。顔見知りというところも辛いところだが、マブを含めたかなり気まずい部類の枠組みにいる相手ではない。お互い被害者。そして、直々に加害者は制裁されているはず。こればかりは……―――





 談話室にグリムたちに顔を見せに行こうと、ベッドから立ち上がり歩こうとしたら、足に力が入らなくてすってんころり。
 受身を取れなかった私は、喉太い雄叫びをあげ盛大に私室の床にダイブした。何事かと駆けつけてきたグリムたちに介護されながら様子を見守られるが、翌日の授業は無理だろうとゴーストたちに判断され、大事をとって一日安静に過ごしていた。
 グリムはふんぞりかえって、「子分がいなくても授業を受けてきたんだゾ」とあたりまえのことをドヤりながら報告してきたが、ご褒美に隠し高級ツナ缶をあげた。喜んでいた。まったく、私とジェイド先輩に何があったかは気づいていなそうなので安堵した。
 困ったのは人生経験が豊富であろうゴーストたちにはごまかしがきかず、だいたい察せられていたことだろうか。気遣いがもうアレなのである。身内にバレたときの独自のあの空気に恥ずか死にそうになった。
 躊躇いがちにゴーストの一人に「学園長に相談する?つきそうよ」と提案してくれた。彼らなりに悩みながら寄り添おうとしてくれたのでジーンときた。
 自分の中の気持ちも一応整理はしてあり納得している。ジェイド先輩とも話はつけているのでその申し出は断った。いつも通りに接してほしいことと、この事は他言しないようにお願いした。もし、これについて困ったことがあれば、相談させてほしいと願った。ゴーストたちは微妙な表情をしていたが、最終的にいつものように接してくれた。
 もう一つ。こういう事件が起こってしまったので、言いにくいところは伏せて防犯・防衛対策は学園長や先生方に相談した方がいいと提案されたので、そう動くつもりだ。
「オンボロ寮周辺の巡回はワシたちに任せときな」
「これからは一人にはならないようにね」
「帰りが遅くなったら、オレたちに言いな?通信できる手段なんてこの魔法学園には色々あるんだからさ」
 自然な流れでカウンセリングするおじさん(おじいさん)ゴーストたち。元男性の人間とはいえ、今はふわふわしたファンタジーな風貌。思ったより生身である学園の男性諸君より相談しすい。我ながらの適応力。
「ありがとう、おじさんたち!」

 なんか、色々安心してしまい。なんとかなるだろうと気持ちを切り替えた私は、登録された連絡先にメッセージを送信した。
[こんばんは、リーチ先輩夜分遅くすみません。聞き忘れていたんですが避妊はしていただけましたか?]
[こんばんは、監督生さん。休まれていたので心配してました。質問のことですが、当然です。万が一のことがあってはなりませんから]
[そうですか、ありがとうございました。一日休んだので大丈夫です。明日から登校します。いつも通りよろしくお願いします]
[ええ、よろしくお願いします。おやすみなさい、良い夢を]
[先輩もおやすみなさい]
 最重要案件は片付けた。確認はとれて束の間の安心。あとは生理が来るかどうか気にかけておく。
(本当にこれでいいのかな?)
 もっとすべきことがあるはずだが今は色々考えすぎて疲れてきたので、明日以降に考える。ポイとベッド横にスマホを投げた。相棒はもうすでに夢の中。灯りを消してベッドへ潜る。魔法で片付けられたが、ここで致したという事実は消えない。今度の休日に気分転換で大改造劇的ビフォーでアクターしてもいいかもしれない。
「……ジェイド先輩も気にしてなそうだしな〜」
 ちょっと妙な期待をしてしまっていた自分をごまかす。
 明日からはいつも通り。いつも通りの先輩と後輩。
 これまで通りに過ごすなら、その記憶なんていらない。

「覚えてなくて良かった」
 

 一日ぶりの登校。
 オンボロ寮の玄関で深呼吸していると、足元で心配そうに見上げるグリムの大きな瞳とかちあう。
「子分、大丈夫か?やっぱりもうちょっと休んだ方がいいんだゾ?」
 いつも生意気で薄情なところもある相棒が心配してくれている。
「ううん、大丈夫だよ」
「そんなこと言って、ジェイドの奴が帰ってから悲鳴が聞こえてきたのはびっくりしたんだゾ」
「あ、あはは、ごめんね、うまく足に力が入らなかったんだよ。じゃ、行こっか!」
「………大丈夫なんだな?じゃあ、行くか!」
 気合いを入れて元気よく、吹き飛ばした。





 本来の性質か。無自覚に傷ついた心を守るためか。
 異世界の起こる出来事に揉まれた少女の思考回路は、捻れた世界に適応していく。それは、色事とは永遠に無縁とすら思っていた彼女に、防ぎようのなかった〝事故〟として静かに処理された。


◇◇◇


 事の始まりである監督生性的暴行未遂事件。それを解決し対処したのは他でもないジェイド・リーチ。

 楽しく部活動しようとルンルン気分の行き先で、まさかの女子生徒(比較的親しい後輩)が襲われている―――それに遭遇したときの心境は禍々しい好奇心ではなくゲンナリした煩わしさ。襲われかけていた彼女を助けた理由は正義感などではなく、普通に植物園を利用するのに邪魔だったから。



 鮮烈な生存競争の激しい自然界において、子孫を残すための交尾とは命懸けであった。少なくとも、ジェイドの生まれた深海よりの海の世界ではそうだった。番を見つけ、求愛し、交尾し、産卵するまで外敵から守る。無事生まれたとしても、成魚になるまで数多くの稚魚は餌になる世界。
 その環境で生きてきたジェイドには、人間文化がより多く流用された南の海の人魚と交流を持ったとき、カルチャーショックを受けたものだ。それは訓練所を経て陸に上がり人間文化を知っていくときもだ。
 動物感性よりである人魚族にとって、快楽を楽しむ人間の交尾は理解し難い。
 だが、潔癖とも言い難い。陸での生活に馴染み、人間の姿での精通など様々な性事情を経験し、アダルトな映像や本を楽しめるくらいに変化していく。たとえ世界が違っても、思春期男子とってはエロとは切り離せないもの。見せたくない大人たちとの戦いはこれからも続いていく。
 ジェイドにとっても、価値観の違いに好奇心は刺激された。自称ごく普通の男子高校生。本来なら規制しないといけない立場にある寮の副寮長だが、ちゃっかりきっちり抜け目なく楽しんでいた。彼も男の子なので。

 しかし、中でも種族的に受け入れないものもある。
 人魚族に限らず、獣人族、妖精族、人間から異種族とされる者たち、自然界の掟に重きを置いている種族は共通して忌避しているものがある。絶対の無いとは言い切れないが、それを行ったためによくて種族追放、強烈な制裁、ほとんど場合は報復による死刑が暗黙の了解とされているくらいに。

 種の存続がかかっている種族ほど、快楽のためだけに強引に合意を得ていない相手と交尾する行為を嫌悪していた。
 
 よって同種族同士、上記で挙げられた種族では性的暴行は無いに等しいものだった。この部分に関しては、また人間が絡んでくると非常にデリケートな問題なるので伏せておくが、無造作に性を消費し蔑ろにする思考など禁忌に近いとされていた。

(まったく理解しがたいことです)

 ジェイドにとってただの雑魚でしかない男子生徒は軽く捻り上げながら、ユニーク魔法を使用し自白させ昏倒させる。
困ったことに監督生を襲った相手は、よりにもよって自寮の生徒。未遂とはいえ性犯罪者が出てしまうことは非常にまずい。慎重に行動と対応をせねば、火の粉ではなく業火に放り込まれる事案だった。
 海の中にあるオクタヴィネルではあるが人魚の生徒は少ない。圧倒的に人族が多く、絞めあげた男もその一人だった。オクタヴィネルに在籍している以上、自身の行いへの責任にはきっちりとってもらわないといけない。魔法で拘束具を取り出すと縛りあげ、緊急時に利用する転移魔法を使い仕事で利用する部屋へ放り込んだ。簡易に犯罪者への措置を行うと、心配したように監督生へと近寄る。
 荒い息で倒れている後輩を抱き起こすと、あまりの小ささにらしくなくどぎまぎした。兄弟に〝小エビ〟と名付けられるほど小柄で、異性ではあるものの意識したことはない。
 高低差がエグいと言われるほど身長差もあり、仕草も幼気に見える少女は、実は稚魚ではないかと思っている。そんな監督生が性的に見られるのを目の当たりにして、ジェイドは少し動揺していた。
「監督生さん、大丈夫ですか?」
 式典での鏡の間事件により、監督生の性別はバレているので学園内では把握されている。男子校のために配慮して、男装しているというのが共通した認識だった。性差はあるものの非常にたくましい監督生の様々な行動に、学園中が度肝を抜かれることがしばしばあり、自身も含めこの生徒が女だと忘れがちだったが……

(このような性対象に見られるのもあるんですね)

 その時、抱いていたのは憐れみ。ただ雌だからという理由で加害された少女への憐れみだった―――事態が急展開し、二人の関係を激変させるのも知らないで。





 自分を見上げる虚に蕩けた表情。違和感に少し離れようとした直後、思わぬ力で胸元を強くひかれ、グッと顔が縮まり唇にプチュと柔らかなものがあたる。予想だにしない事体にジェイドもフリーズする。
「はっ?」
 空いた口が好機というように、何度もプチュプチュとフレンチキスのようなものが落とされた。監督生は満足気にスッと離れるとスリスリ甘えるようにジェイドへとくっつく。
「ジェ……ドせん……ぱぁい」
 睦言とのようにもれる自分の名前を聞きながら。

「チッ」

 歓迎できないトラブル。ジェイドは舌打ちした。
 自白に媚薬系統の魔法薬はでてきていた、未成年であるのももちろん合意なく使用することは犯罪だ。それを踏まえてて、この様子から通常の媚薬の効能とかけ離れている。
 転がっていた魔法薬のラベルを早急に回収し確認する。自身の知識を照らし合わせているだけで、その効能まではまだ特定していない。魔法薬の知識はあるがこういった性的に使用するものはまた別の部類に入る。悪用される場合が多く、表向きは正式な許可を得なければ制作できないようになっていた。会社名は入ってはいない。シンプルな使用方法しか書かれておらず、アダルトグッズ専用とぼかされている。
「裏で流通している類い、か」
 検索中にスリスリとおねだりしてくる後輩を、咎めるよう片手であやしていたが、ペロペロと小さな舌で指を舐め始めていた。つけていたはずのゴム手袋は捨てられている。
 厄介なことになった。
 魔法を行使し一瞬で制服を着替え早足で立ち去る。場所を改めるしかないと思い植物園から近いオンボロ寮へ。
 確実に様子のおかしい後輩を横抱きすると、嬉しそうにスリスリと自身の頬を擦り付けてくる。漂う強烈な雌の匂いに頬が引き攣る。正確な効能を調べていないが、自己分析による特徴から解毒剤が間に合わない。

 だって最初から〝そういう〟目的で作られたものなのだから。

 オンボロ寮へついたとき、相棒の魔獣はおらず、そこを住処にしていたおなじみのゴーストたちのみ。これから〝彼女〟と行うことを考えると、彼らには配慮してもらわなければならない。
 防音魔法をはじめあらゆる準備はするが、事が事なだけに緊急を要していた。この時点であの学園の長を呼び出す方法もあったが、アテにならない信頼の低さ。それに付け加えて犯人は自寮の生徒。彼女には悪いが速やかに済ませた方が手っ取り早く感じていた。
 明らかに様子のおかしい監督生を見て困惑するとゴーストたちに、事の成り行きをかいつまんで話し協力の方向へと誘導する。
 ゴーストといえどはるか昔に成人済の彼らも、具体的に言わずともこの様子から察していた。少女に対して沈痛な面持ちだ。色々言いたそうなものを呑み込みつつ、寝室へと向かう途中に声をかけられる。
「優しくしてあげるんだよ……!」
―――他者が自分に向ける感情などあまり気にしないジェイドだが、かつてないほどいたたまれない心地になったのは、あの時だけだったと後に吐露した。

 寝室に入ると、速やかにすばやく終わるよう準備する。人並みに性に対する好奇心は持ち合わせているが、彼の中では監督生はその対象ではない。稚魚だと思っていたくらいだ。辛うじて存在している良心が痛みながら、相手をせねばならない。
(……入るんでしょうか?)
 ジェイドの耳をはぷはぷと噛んでいる彼女の腹を、さすりさすり確かめるように撫で確かめる。性的興奮というより裂けてしまわないかどうかの疑問である。

「あっ、」
 
 腹を撫でただけで聞こえる喘ぎ声を直に聞いて、薬とはいえ、すでにできあがった状態の雌を見て、無意識に瞳孔を開く。ごくりと音が鳴る。

 異常すぎる色気とソツのなさがあるだけで、陸歴二年目の彼は普通にドウテイだった。

 こなれているがドウテイだった。
 ドウテイには、とてつもないシゲキだった。

 合意であることを証明するため言質は録音した。



 思わぬ煽りもあり、のめり込んでしまったのは反省しよう。
 性交を行うのに―――しなければならない。色々しているうちに普段は色気のほとんどがないあの少女の〝女〟の部分を見て思わず色々。

「やりすぎて、しまいました」

 朝チュンを聞きながら、ハイライトの消えた瞳でスヤスヤと横に寝転がる彼女を眺める。
 おびただしい情交の痕。やっちまったとは、このこと。「こんな稚魚に(笑)」とか思っていたのもどこへやら。入るモンは入ったし、行為中の彼女の姿に興奮していたのはごまかしようもない。
「……僕と貴女、雄と雌だったんですね」
 あたりまえのことを一人呟く彼は、しばらく茫然としていた。彼女に恋情など抱いてはいない。それが性交しただけで急激に変化した。

「つまらない……雄ですね僕は」

 予定調和のような変化は彼には受け入れがたく。
 少女が目覚めるまでには、悟られないように澄ました姿だったが、内心それは荒れ狂っていた。





 少々呆気にとられたが、至って平坦な反応で淡白すぎるほどで、それで終わればいいと思っていたのに。
 
 あの雌に残る痕を治してやらなかった。

 止むを得ない事情で交尾した後輩を、つぶさに観察することは日課で、彼女を思い浮かべるのは日常の一部になっていた。
 予想だにしていなかった様子に心は躍らない。責任を取れとまとわりつかれないことに残念だと思ってしまう。めんどくさいことにならないならこれでいいはずが、その反応を求めていた自分に気づいてから、転がり落ちるのは早かった。

 何事もなく過ぎる日々、いつも通りに過ぎる日々。彼が、彼女にそう願ったというのに拍子抜けする日々に、面食らいつつも苛立ちを募らせる。

 こなれてはいない生娘だった。たしかにそうだった。
 考えて思い浮かぶは一つの可能性。

「記憶が、抜け落ちている?」

 その考えに至り生まれたのは怒りに近い情に揉まれていた。あの雌の一挙一動が、あの夜の出来事を連想させ心が乱されていくのに。自身の変化に、おかしい、おかしいと自覚しはじめているのに。

 あの子は何一つ覚えていない。

 ああ、他の雄と楽しそうに話す姿にイライラする。



 ジェイド・リーチは、今まで味わったことのない情に振り回されている。
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