帰り道は必要ない


 フロイドとアズールは自社へと戻りながら、車の中でダラっとダベっていた。

「あのさー、オレら必要だった?」
「ほっておくと、どんどんけったいな方向に行くんです。軌道修正も必要でしょう」
「オレらあの二人好きだよねぇ」
「一括りにするな」
「まだまだ見放せねぇからオレもうちょっと番は先送りにしよーと」
「大概いい歳でしょうに」
「アズールもじゃん」
「僕には優先すべきことがたくさんあるんですよ!」
「……アズールってさぁ、番できたら愛妻家になりそーだけど、仕事優先しすぎて一悶着ありそっ。あと、婚期スルーしてばりばり働いて番作り損ねそーな気ぃもするよね〜」
「運転中にやめてもらえません??とにかく社に戻ったら忙しくなりますよ。好き勝手にしてくれたあのクソアマをどう料理して差し上げましょうか」
「あはっ、怒ってんな。ま、あいつのせーで、すげぇ大変なことになったからどうしよっかな」

 ゆるっとした雰囲気はじりっとした空気に変わっていく。
 この二人、かなり怒っていた。ハニトラ紛いなやり方をしたものの、向こうにはなるべく損をさせず話をつけている。その内容の一つに『ジェイドへの思いを消さない代わりに、その番には接触はしない』と言質をとってあった。堂々と破られるとは思いもよらなかったが、相手の女をナメていたこちらの落ち度もある。〝裏〟でならともかく、一般人に魔法薬を使って感情を消すというのは違法だ。使用していい場合は相手の同意があること。それを得られなかったために、慎重にならざるおえなかった。

 その件については済んでしまったのでこれ以上どうもしないが、交わした契約を破られたのは事実だ。忠告した相手に一度は与えたのだ二度目はない。
 
 その後がどうなったのかは、語らずとも。


◇◇◇


 いい感じの雰囲気にまとまり、エンドロールが流れるはずの物語には続きがあったりする。この物語は美しくはない。盛大にすれ違っているままはいくつもあった。すんなりいくなら、こうも拗れはしない。
 互いの気持ちをぶつけあうが、ふたりの間はいまいち噛み合っていない。



 あの騒動でユウにも変化はもたらされている。ユウは最近とあるシュミレーションに励んでいた。いずれ、ジェイドと〝えっち〟するためのステップアップ!!

 苦手なモノは苦手であることに変わりない。それでも、彼に求められていたことは嫌じゃなかった。極端な恥ずかしやがりではあるが無知な娘でもない。良い年になってきたのにいつまでもカマトトぶってる場合じゃねぇ。金属バットを所持していたあの時の監督生の姿があった。
 段階すっ飛ばすのは難しいので、できることからしようとキスを強請るところから始めている。触れるだけのフレンチキス。毎朝と帰宅後と寝る前には必ずして、大丈夫そうならしたいときにしている状況になっていた。散々ディープキスはされてきたので、強制的に慣れたようにも思う。

 ユウにはよくわかってないが、長年耐えてきたジェイドからしたら、とんでもねぇ番のレボリューションに変身薬が解けかけるくらいには衝撃を与えていた。ユウには煽っているという意識はない。ユウなりに〝夫〟と仲良くなりたかった。流されたまま過ごした十年間と、これからを大切なものにしていきたかったゆえの行動だった。ジェイドの煩悩へのアメであり、理性へのムチだった。



 次はボディへのスキンシップだ。いつもジェイドから触れていた接触を、今度はユウからも増やしてみた。
 最初は緊張していたが、思い切ってしまえば意外とたいしたことがなかった。大袈裟に恥ずかしがりすぎたかもしれないと反省しつつ、いつものように色んなところから集めてきた情報を実践していく。ちょっと思いっきりすぎるが、適応力はやはり早い。

 なんちゃって夫婦向け特集の記事が目につく。
 『疲れてる男にはおっぱいが効くらしい。疲れてなくても効くらしい。とりあえず、男の人はおっぱいが好きらしい。』
 ユウは自身の胸元を見やる。喜ばすには微妙なボリューム。大きくはないがつるぺたでもない。ジェイドの望む大きさはわからないが辛うじて掴めるくらいはある、はず。自分のことを好きだと言ってくれたので試す価値はある、物は試しにと実行することに決めた。この女やると決めたなら猪突猛進。

 多忙なジェイドは疲れを見せず、いつも余裕の表情で帰宅する。日常の一部に馴染んだフレンチキスも済ます。
「ジェイドさん、今日はお疲れですか?」
「いえ、どうかしましたか?」
「疲れに効くというある情報を得たので試してみようかな〜と思ったんですが、無理には」
「ユウさんからの労わりをいただけるなんて光栄です、ぜひお願いします」
 これからやることに恥ずかしくてなってきて、だんだん小声になっていく。よくよく考えてみるといきなりすぎるのではと提案を取り下げようとしたら、ジェイドは逃さず乗っかってきた。ちなみにこの時のジェイドは、ユウの提案をかわいらしいものだと思っている。

「じゃあ……ジェイドさん、おっぱい揉む?」
「えっ…………えっっっ???」

 結果、ユウからストップをかけるまで止まらなかった。その場で無言で揉み続けられた。お気に召したのか頻繁に許可をとってくるようになり、おっぱいを揉まれるのも日常の一部になった。日々揉まれまくられていくのだが、変な気分になるときは早めに切り上げるようにしている。
 自分から言い出したことなのでユウは中止にせず頑張っていた。心なしか胸が大きくなってる気はしていた。

 そのスキンシップはジェイドの欲望をブチのめしていた。
「スキンシップじゃなくて夜のオサソイです!!!」脳内でブチ切れ散らかしながら、番のおっぱいを堪能していた。



 日夜情報を収集活動してるときに、とあるものを見つける。
 『彼女に着てほしい服ベストランキングとかいう特集』
 なるほど、こういうのもあるのかと眺めながら、ジェイドのことを考える。ジェイドとユウの関係は彼氏彼女ではなく夫婦。実態はあの頃の距離の近い先輩と後輩という平行線のままだった。これはユウ側の感覚であり、ジェイドの方は全然違ったものとなる。
 ジェイドの好みがわからなくて、彼がどういう服装好むのか悩む。服をいくつか贈られたことはあるが、自分に似合いそう基準で選んだものだと聞いたことがある。どれもこれも自分よりセンスが良く感心したが、貢がれるのは恐縮してしまうのでやめてもらった。
 さて、本題に戻ると。服を贈るくらいだから着てほしい服がないのかなと思ったりした。一瞬、王道裸エプロンとかチラついたが想像して、実行するには高度なレベルなので床で転がりまくった。さらに、一覧表を見ても露出度が高く解放感のある胸元が強調されてるセクシーなやつしかない困った。常に乳を揉まれている女が何を言っているんだという話ではあるが、服の上だからという独自の認識があるのと、じんわりそんな状況に慣れ始めているのでそのままスルーされていった。

「ジェイドさん、私に着てほしい服はありませんか?あ、露出度控えめでお願いします」
「おやおやおやおや、今度は何をしてくださるんですか??ご褒美の供給過多で僕おかしくなりそうです。ありがとうございます。リストアップしますねっっっ!」
「すでにおかしくなってた」

 番からのふれあいはご褒美なので、素直に喜ぶべきだと悟りの境地に達したジェイド。うっかりぶちおかさないように、内なる自分をぶちころしながら、全力で便乗することにした。


◇◇◇


 ジェイドの煩悩が顕著に現れ覚醒した学生時代。行き着く先にも辿り着けず生殺し状態のままになることに、数十年に渡る未来が待っていると思わぬであろう、いつかの日。
 
 普段は男子に寄せている女の子の監督生は、美少女までとは言わないがそこそこかわいい。ジェイドは少女の容姿に美しさは求めていないが、息して生きてる姿そのものがかわいいイキモノだと思っていた。自身に比べれば、どこもかしこも柔らかく華奢すぎる肉体は普通に心配でせっせと育成する。
 美味しそうに頬張る姿がオイシソウに見えて困ったたりするくらいで、それだけだったはずが最近ムラムラしてしまっていた。相手へ意識させるためにスキンシップを多くしてみたのだが、逆に少女の性を意識してしまうようになってしまった。ひっつく時に当たるぽにょとした触感だとか。異なる異性の体の一部にそこまでこだわりはなかったのに、電流が流れるような衝撃。

 甘美な触感、思わず埋もれたくなるような。

(これが世のオスたちを夢中にさせてきたという……!)

 人間文化が浸透してきている人魚族にも性への欲求や戯れはある。特に陸に上がる人魚は、人間体での快楽を人魚の時と比較して体験することが多い。全裸に羞恥心をいだくことも学ぶ。
 海の世界は、生きるか死ぬか、子孫を残せるか残せないか、常に纏わりついてくる優先すべきものがたくさんあった。それに人魚は下半身魚だが言ってしまえば全裸。近代では女性体の人魚も胸当てをしているが、大昔は丸出しだった歴史もある。

 そんな認識が強いジェイドに訪れた欲求の転換。番の少女へのエロス。それからは、転がり落ちるように遅すぎる性知識の収集に勤しんだ。集めた知識を彼女に関連付けてしまえば捗る捗る。覚醒した思春期の本能は止まらない。少女に悶々が止まらなくなってから気づいたこともある。番はどうやら人間の雌にしては、性的なアレそれに興味が薄く疎かった。それはそれで開発しがいあるものと煩悩は膨らんでいく。

 しかし、だ。異性である自身がここまで密着しているのに艶やかな雰囲気すらない。ジェイドとの日常もすっかり慣れて無防備を晒している。あいかわらずの適応力は面白い。物足りない。信頼されているのは喜ばしいが思春期のジェイド少年だって、ちょっとえっちな展開だって期待する。
 待っていても始まらないから決行することにした。



 オンボロ寮のお風呂場に侵入するのは容易い。クソセキュリティなので防衛魔法で強固しておこう。付き合いはじめてから、この寮のオンボロさが気になるばかり。アズールも巻き添えにして、学園長の弱味でも再度探そうかと企てている。

 待てども待てども番は帰ってこない。いつもなら帰寮している時間のはず。スマホに仕込んだGPSを確認すると、問題なくこちらに向かってきている。少女に何度も言い聞かせているが、このクソセキュリティに馴染むくらい、こういった危機管理に疎い。ここは男しかいないと何度言えばわかる。帰ってきたらまたお説教して言い聞かせねばならない。

 ラッキースケベなアレそれを狙って入浴を終えれば、脱衣所に少女が飛び込んできた。こちらは布を纏っていないぶん、いつもより感じる柔らかな感触。相手もブレザーがなくカッターシャツと数枚の布だけ。あのブレザー何気にいくつかの認識阻害の魔法もかけられており、それを着ていないため解かれた状態だ。隔てる厚さもなく、もはや番もハダカ当然。残念ながら少女はハダカではないのだが、ジェイドの判定でゼンラとされた。お澄まし顔の脳内では、煩悩で沸いてた。

 こっちから行くつもりだったので、ニクの感触を味わいながら大事なトコロがちょっと手に負えなくなってしまった。恥ずかしそうにする自分の番がかわいい。飛びついてくるのは予想外だったが、役得なので結果は良しとしよう。

「交際してますけど、そういう対象とした艶やかな関係でしたっけ?」

 幸福な気分を吹き飛ばす言葉だった。あんなに伝えても少女には伝わらない。ジェイドは今までの自分像を殴り捨てて伝えていたのに、それが伝わっていないことが信じられなかった。ならば、もっとより深くこの鈍感な番に伝えるように。



「ふなあああ!?こいつ、ついに子分をヤッちまったのか!?」
「キャアアア!ドッチの方向!?ドッチ!?」
「ナニ喜んどるんじゃ、どう見えても殺人現場じゃな」
「この頃の男女は複雑だからねぇ」
「ま、お嬢ちゃんが刺激耐えきれず鼻血だしただけじゃな」
「ウツボの坊ちゃん、せめて股座は隠しな……ダメだ。心ここに在らず」
「くっ!負けた!」
「くだらん反応せんと後片付けと介抱するぞい」
「たくっ、しょうがねぇんだゾ!おい、ジェイド正気に戻れーーー!」

 第一発見者となったグリムとゴーストたちは、放心している血に塗れた全裸の男と、血の海で倒れている少女に悲鳴をあげた。ジェイドよりも監督生との生活が長いオンボロ寮のメンバーが、今回の事件を漏らさないように暗躍していたのは彼らだけが知るところ。


◇◇◇


 夫婦の仲が深まっていると思う頃には、数ヶ月経っていた。
 そろそろ「一緒にお風呂」とかいいんじゃないかと悩む。学生時代の事件がチラつく。今でも裸は恥ずかしいから。こういうのはえっちしてから入るのか、してなくても入っていいのか。たぶん、その雰囲気になりそうで……今すぐする勇気がない。相談するのも恥ずかしいけれど、ジェイドの気持ちにも歩み寄りたい気持ちはあった。



「ジェイドさんとくっついた生活とか、触れられるのはイヤじゃないんです」
 テレたようにもじもじと指を絡ませる。勇気を振り絞って一生懸命、ユウは自分の思いを伝える。直接的に言うのは恥ずかしくてもごもごしていた。
(非常にマズイですね)
 番から、ついに一緒にお風呂のお誘いがきてしまった。
 天を仰ぐようにグッと堪えるジェイド。番の思いを知れて嬉しいが、それはそれは、煽っていた。フルスピードで煽り散らかしていた。己の煩悩を長年クソデカ執着で抑え込んできた男の理性を引き千切ろうとしていた。
(耐えろ!!耐えるんです!!ジェイド・リーチ!!!)
 一度は無理矢理ヤろうとしていた男だが、あれは番の行動と言動に誤解していたからであって自暴自棄になってヤケになっていた愚考。正気に戻り怖がらせてしまったユウの自分への思いを知った状況で、今度こそ嫌われるようなことはしたくない。自己保身への思考は回復している。
 大事な初めてはイチャイチャラブラブヨシヨシでいっぱい優しく蕩けさせてあげたい。サド気質ではあるから慣れたら、合意をとりつつアレでソレで強引なヤツもいつかしたいと企んでいたりする。

 あの生活での接触が嫌じゃなかったとすれば───ここ数ヶ月の煽られる日々。夫婦の触れ合いなコミュニケーションは必要、必要なのだ。ジェイドの葛藤はまだまだ続く。

「ユウさんをめちゃくちゃにしたい」

 それとこれとは別で、建前を言う思考が停止した。

「ヒエッ」
「ハッ!?つ、つい本音が」
「私、やっぱりまだ心の準備が足りないです!いっしょにお風呂はやめときますっっっ!」
「我慢します……我慢しますから!」
「なんで充血してるんです!?目が!怖いの!」

 近寄ったり離れたり、ふたりが一線越えるのはまだまだ先のことになりそうです。
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