短編


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人智を超えたソレは普通では起こりえない現象に遭遇させる。
魔法のあるこの世界には不思議なモノやコト起こったりするらしい。

『ーーーしないと出られない部屋』

それにしたって、こんなコトが起こりえてしまうのは大問題だ。


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たまたま廊下で談笑していたわたしとジェイド先輩。
原因はわからない。空間の中へ引き込まれ意識が暗転した。この場所へと突如閉じ込められてしまい、壁に書かれた文字を見て無言で静まりかえった。

「困りましたね」
「そう、ですね」

一言だけ呟かれたその言葉にビクッとする。隣で同じようにソレを見ているヒトの様子を知るのが怖くて震えた。
意を決しておそるおそる部屋の中の様子を見てみると、ビックサイズのベッドとそういった行為で使用するヒワイなアレコレがたっぷり揃えられていた。お膳立てされたこの状況でナニをしないといけないのか、なんてトボけても無駄だ。

衣ずれの音。
困っているだけの反応だと思っていたわたしは、急いでその方向を見る。

「きゃあ!?なんで脱いでるんですか!?」
「閉じ込められてしまいましたが、すばやく条件達成すれば退出可能かと思いまして」
「あの、でも、わたしハジメテで」
「それなら安心してください、僕には少々経験があります。スムーズにコトが終わるでしょう」
「そんな!もっと大事な……」
「えぇ、お互い運が悪かったですね」

業務的に説明する彼の言葉を聞きながら、かくしている淡い想いが打ち砕かれる。
こんな状況ですら、動揺も感じられない冷めた彼の様子に胸が苦しくなった。けれど、思いを明かすことなんてできない。わかっていたはず。なにも思われていない事実に。

わたしは叶わない恋をしていた。

学年末の騒動中に写真を取りにいった海の中。人間だと思っていた彼の本当の姿を見てしまった。その異形の姿は強烈で鮮烈で美しく輝いて見えた。いわゆる一目惚れだ。

厄介で個性的な生徒の中でも、穏和に見えて交流していけばその性質を知る。しっかりしてて隙のないあのヒト。だけど、未熟な年相応な一面もあってそれだけではない。
わたしのような人間の存在など入りこむ余地なんてない。身内以外に一線を置いているヒトだ。容姿がきっかけの憧れだと言い聞かせても、消えることなく、どんどん想いを募らせた。

それに打ちのめされて、密かに想っているだけでよかったのに──欲が囁いてる。

叶うことなら、ハジメテはこのヒトが良かった。手順なんて間違ってる。体だけの関係なんて虚しいだけ。そんなのわかってる。ソレでも綺麗な思い出じゃなくてもいいから、そこに情はなくてもいいからナニカの証が欲しかった。

何も思われていないならば、思い合うことができないのなら。

この状況を好都合だ。

この異常な状況でその手段として合意の上でなら、それだけでも……持って帰るために。

だから、わたしは。



「わかりました」

ジェイド先輩のことが好きです。
あなたが好きなんです。


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──数年後。

「帰り方を見つけましたよ監督生さん!……ですが、時間がありません」

とある夕暮れの時間帯。
学園長から朗報と悲報を聞いた。

速やかに帰るよう言われる、手遅れになる前にと。

いくらなんでも急すぎる。このまま未練を残して帰りたくない。せめてお世話になった人達にお別れをしたいと言ったがダメだと却下された。
学園長にしては珍しく緊迫した雰囲気だ。そんな表情で言われてしまえば、お世話になった恩もありワガママは言えない。
だけど今なら、オンボロ寮にグリムがいる。
カレだけでもお別れを伝えたい。一人と一匹でやってきただから。

「グリムだけでもお別れさせてくださいっ!」
「………ふむ、寄り道はせずにすぐに来て下さい。くれぐれも誰かにも合わずに」

そこまで学園長が言う意味がわからなかった。

帰りたかったはずなのに、まだ帰りたくない。
ひょっこりと帰り方を見つかったのは嬉しいのに、もうわたしの役目は終わったんだと少しだけ用済みの気分だ。終わりはこんなにも唐突だ。


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「オレ様おまえのこと絶対に忘れないんだゾ!」
「見送ってくれてありがと、グリム」

涙くんだ表情で相棒は笑うので、わたしはうっかり泣いてしまった。
悲しみではなくこの涙は嬉しいのだと誤魔化した。

グリムとゴーストたちにお別れをし、ここで得た私物は置いていく。
他の人たちにはグリムたちが言伝をしてくれると言ってくれた。カレらにその思いを託す。

直接お別れしたい人達はたくさん居た、あのヒトも。


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ギラギラしていた金色の瞳

朦朧とした意識、貪るような行為

名を呼ばれたような幻聴すら

確かに幸福を感じたあの時

最初で最後のわたしの大事な思い出

さようなら、わたしの好きなヒト


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暗転する目の前の光景、一つの世界の終わり。
エンドロールは流れない。

「ポエムってないで正気に戻りな!!そんな対応する男なんてやめちまいな!健気に想ってても望みがねぇよ!マジやめときな!!!」

少女は叫び、勢いよく鏡台を掴み、ガタガタ揺らす。
ここにある鏡台は魔道具。
そんな力程度で壊れるわけではないがいささか激しい。

「別個体とはいえ、ほぼ同一の存在があなたの隣にもいますよ?」
「バットエンド!あの子かわいそすぎでは!?……あんな男に惚れたばっかりに……グリムは最高ですけど」
「もしや、僕の声が伝わっていません?」

「ジェイド先輩はこの男どう思います!?」
「最悪ですねこの個体」
「ほんっっとそうですよね!!!」

(グリムくんは、グリムくんだと認識しているはずなのに??)

オンボロ寮の監督生とオクタヴィネル寮副寮長ジェイド・リーチは、自分たちの悲恋ロマンスを見せられている。
監督生の怒り狂う勢いに押され、別個体へのボロクソな罵倒をジェイドは聞く羽目になっていた。

とんだ、とばっちりだがジェイドの自業自得でもあった。









ことの発端は学園長のパシリ。


『この魔道具チョチョイと片付けておいて下さい!』

「と、言われても地図よくわかんないな」

貰った地図を見ながら進んでいくも、別の場所に到着しては戻ってを繰り返して。
困ったことに迷子になっていた。
ここの敷地はデカすぎる。年々、発覚する新たな場所が多い。
今回だってまず用がなければ訪れない場所だ。

特例で学園長からゴーストカメラやら魔法のトンカチやら魔道具を任されている。
しかし、私みたいな魔力なし一応生徒枠にこんないかにも大事そうなものを任せていいのか。魔道具保管所なんて重要そうな場所に訪れるの危なくないか。

学園長はテキトーに見えてちゃんと学園長をしているが、こういうのもあるのでテキトーにしか見えない。

「パシリから逃げたグリムは許さないけど」

パシった学園長とパシリから逃げた相棒に対する不満を紛らわせ進む。
考え事しながら角を曲がろうとして顔面に衝撃がきた。
壁は突如、現れた。

「ぎゃっ」
「おや?ナニカを弾きましたね」
「人間とぶつかっていますが!?」
「監督生さんですか。こんにちは」

悶絶していると聞き慣れた落ちついた声が聞こえた。
ひょいと壁として出現したのは、一つ上の学年であるジェイド・リーチ先輩。
お茶目なところもあり穏やかに見えるが、学園きっての物騒と名高いお方だ。

思わぬ救世主が登場した。


オクタヴィネル寮所属の生徒には気軽に頼み事をしてはいけない。
この学園の暗黙のルール。

現寮長の所業によりその認識が強くなったものの、元々そういうものは一つの寮に限らずこの学園の至るところにあった。この学園は名門ではあるが治安が悪くてロクでもない。誰かに頼るには、それなりの見返りという対価が必要になる。
現に私がこの学園に居られるのも現在進行形で、学園長からのありとあらゆるパシリをこなしているからだ。
しかし、常に対価が必要だということもない。

このヒトと私の関係は、どんなものかというと、それなりに会話できる先輩と後輩の関係だ。
まったく面識がないわけがなく、どんな人物かはそこそこ知っている。
この先輩は好奇心旺盛な性質を持ってたりする。なにかとそれ由来の琴線に触ると、対価を度外視して惜しみなく力を貸してくれる一面があったりする。要するにおもしろ判定されれば、色々チャラにしてくれるユルさがあった。

彼の兄弟の先輩曰く『好奇心を追求するから命の危険があっても試す命知らず』だと呆れたようにぼやいていたのを聞いたことがある。

「授業関係の貴重な備品が収納されているという理由で、例外がなければ教職員以外は入室禁止となっている場所です。ずいぶんと杜撰な頼まれごとをされましたね」
「その通りです、としか言いようが」
「信頼されているのでしょうね」
「本当にそう思ってます?」
「〝例外〟に適応されたのだから、そういうことでは?」
「引っかかるような言い方ですね」

このように含みを持たせた言い方はデフォルトで、困り眉で笑う先輩の言葉はいつもどこかしら嫌味っぽく聞こえる。人が選ぶようなコミュニケーションをとっていた。

こういうヒトだと気にせず慣れれば、基本的に人あたりよく面倒見がいいので頼りにはなる。今回もダメ元で頼ってみて了承されたのでラッキーだった。チクチクした言い方はするものの、そんなに嫌われてはいない。態度に出さなくてわからないけれど、一定の距離は感じるから深い仲にはならないだろうけど。

『後輩の中じゃ、小エビちゃんが一番仲良いんじゃねぇ?』
彼の兄弟曰く、私はこのヒトの後輩の中では仲良の部類に入るらしい。気まぐれな先輩の判定なのでよくわからない。

それとして、快く引き受けてくれた道案内により、魔道具保管所へ無事到着した。


「魔法使いの物置みたい」
「ふふ、かわいらしい……いえ、抽象的な感想を持つのですね」
「言葉そのまま以外の含みが聞こえる」

今よりもっと幼い頃に見たアニメとか映画など、思い浮かべながらポツリと呟く。
保管所というからには理路整然され管理されていると思っていた。実際は魔法の道具は乱雑にギッシリと仕舞われて。部屋は広い。部屋の中はホコリっぽくなく咽せることはなかった。ー清潔な空気に満ちている不思議な場所だった。

「任された物をさっさと仕舞い直して退出しても退屈です。少し見学していきましょうか」
「だいたい予想ついてましたけど、先輩だって副寮長なんだからココに訪れたことはないんですか?」

迷いなく案内してくれたので、予想だけれど。
〝授業関係の貴重な備品が収納されているという理由で、例外がなければ教職員以外の生徒は入室禁止となっている場所〟だと先ほど伝えられた。
その例外の中には、特別な権限を持つ役職の寮長や副寮長が入るのではないか。

「そうですね。もっと正確に言うと〝寮長及び副寮長〟も例外には入りません。教職員同伴の入室なら許可されています。監視つきなら生徒も入室オッケー!と言ったところでしょうか」
「へぇ……えええ!それって先輩どころか自分はアウトじゃないですか」
「魔道具を使って悪用するような生徒ではない基準からとして、監督生さんなら問題ないと判断されたのでしょう。それに伴い部屋に入室できるよう魔法を解いていたようですね」
「つまりNRCのお約束、過去にロクでもない生徒がいたから入室禁止になったくだりか!?」

厳重に生徒を警戒していた場所に、トラブルメーカーと呼ばれる生徒に入室許可を与えたのは軽率では?
今までの経験から、もうすでに嫌な予感がビンビン警告音を鳴らしている。

「先輩、好奇心も大概にしてさっさと戻りましょう…………居ない!?」

時すでに遅し好奇心旺盛モンスターが解き放たれてしまった。





広いと言っても学校の一角にある部屋。

迷子になることはなくて、すんなりその姿を見つける。
〝ここからは厳重注意〟と警告されてる場所に居る。注意書きの札をスルーし、するすると狭い通路を進み、興味深げにあたりを鑑賞していた。

目を惹く豪華に装飾された鏡台があった。
先輩に近寄るついでに、ちらりとソレを見る。ここにあるものは魔道具ばかりだ。これもその一つだろうか。不思議な力を感じとれない私には、高価そうなアンティーク物にしか見えない。

「ジェイド先輩、グリムみたいな行動しないでください」
「申し訳ありません。興味深いモノがそこかしこにあるものですから」
「こんなところに長居するのはやめましょうよ。こういう時てだいたいナニカが起こるのがセオリーなんですよっ」
「それは楽しみですね。一体ナニが起こるのでしょうかワクワク」
「うっ、口でワクワクとか言い始めた」

何かあっても優秀なヒトなのでなんとか対応するだろうけど、自衛手段のない魔力なしの私はヒヤヒヤする。


キラリと、光った気がした。
それを感じとったのはジェイド先輩もだったようで、誘われるように私たちはアンティークな鏡台を覗き込む。
鏡だというのには真っ黒な鏡面から音がする。
音声のない字幕のみの映像が流れる。


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これは、とある世界のアナタたちのオハナシ

世界も種族もなにもかも違う二人の恋

ふたりの間にはいくつもの困難が待ち受けていた──

※年齢指定の描写があり一部省略でお送りします


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「さっそくなんか起きたんですけど!?」

ギョッとするような文言が目に入る。
業務的につらつらと注意事項のようなものがパッと切り替わっていく。

「年齢指定てナニ!?」
「さすが、監督生さんです」
「どこが!?自分たちが見てもいいやつなんですかコレ!?コワイ!!」
「アナタたちとは、僕たちのことをさしているのでしょうか」
「なんで鑑賞スタイルになってる!?」
「楽しい予感がしますね」
「嫌な予感しかしませんが!?」

完璧にこの鏡の中身を見るつもりだ。
これまでの経験から嫌の予感がして、ジェイド先輩を鏡から引き離そうしたがビクともしなかった。

無常にもオハナシは始まった。








異世界ツイステッドワンダーランドへ、棺桶式異世界転移したのも懐かしく思うくらい滞在している。
ごく普通の女の子である私は、オンボロ寮の監督生として異世界スクールライフを今も送っていた。

この世界に来たばかりのあの頃、それからも色んなトラブルがあってそれは大変だった。
乗り越えた後の対人関係は満遍なく築けており、特に魔獣の相棒と仲良しのマブ二人にはお世話したりされながら過ごせている。
日々が経つごとにこの世界に馴染んでいった。

いつか元の世界に戻れる日が来るのか!?

という不安はなくなりはしない。
心の端にとどめておきつつ、異世界ライフはナントカナルという精神で頑張っていた。

自分がいた場所の食事と文化に共通点があり、受け入れやすさがあったのは助かったと思う。好き嫌いや取り扱われていない食材限れど、味覚の違いがそれほどないのも重要な点である。
ごはんは大事です。

自己紹介は終わりにして、色々なことが起こりおさまった。
今日も今日とて、学園長からパシられながら学園を駆け回る。
なりゆきで生徒になれたものの保護されている身の上。なにかと雑用を押し付けられるのは仕方のないこと。
基本的に学園長のお手伝いという名目で報酬やらお小遣いもつけてくれるから、そこまで悪くないと思ってる。前は無茶振りされる案件もあったが今は他愛のないものになってる。

なっては、いるが。

「ねぇ!!これどんな気持ちで眺めればよかったの!?」

一つの悲恋を見終えた、今に至る。


「おや、意思疎通可能になりましたね」
「ハッ!?」

遠くに行っていた、意識が戻ってくる。


「僕のことそんな風に思っていたなんて悲しいです、シクシク」
「すみません!私のようなシックスティーンには少々センシティブで!!」
「ユニーク魔法を使うまでもなくペラペラとお喋りしていましたね。ええ、とても楽しかったですよ?」

「だって……せ、先輩……なんか……その、鏡の中の」
「交尾しましたね」
「ここここ交尾!?……交尾の言い方なら緩和されるかな……」
「監督生さん的には緩和されるんですか?」

ドラマでいう主演俳優女優=自分たち。

鏡に映し出された映像には直接的な描写はなかったが、言及するにはナニカあった男女になってたので非常に気まずい。先輩は一応ぼかしていたのに確定する単語言うし察してくれ。いや、ワザとだな。動物的ということでギリセーフとしよう。

「ジェイド先輩て存在がえっちじゃないですか!?」
「別個体のせいで風評被害が凄まじいので弁明しておきますが、僕は童貞です」
「なんだって!?そんなお色気ムンムンで!?」
「セブンティーンの男子高校生なのですが、僕」


鏡が突然映したらしい並行世界。私がジェイド先輩を好きなパターンで悲恋モノ。
結ばれて欲しかったというわけではないけれど、物語にしては序盤からの駆け足気味で強制バットエンド。後味の悪いものだった。モヤモヤは残る。

「とんでもない事故に遭遇したということにしましょう……ジェイド先輩……」
「不思議な体験でしたね。あまりおもしろみありませんでした」

そんなのお構いなしで、ジェイド先輩は退屈そうだ。ナニを期待してたんだ。

「見たところ、影響は見受けられないので無害かと」
「自分の精神的ダメージは深刻ですけどね。今後、影響出てきたらどうしよう」
「学園長にでも確認しましょうか」
「……あんまり真相を知りたくないような気がする。真実はボヤボヤにしておいた方がいい気がする」
「そんなに嫌がらなくても」
「思春期にはどキツイんですよ!?」



かくして二人の間で今回の詳細は内密にするのだが、少しだけ二人の関係は少し変化の兆しを与えた。

劇的ではないが緩やかに。

違う世界線の〝彼〟と〝彼女〟の関係性は違っていた。

あんな激情は抱けるかはともかく、ジェイドは好奇心旺盛だ。
その種を安易に咲かせるのはやめた方がいいとわかっていても、並行世界の彼らの結末には興味深いと思っていた。

この世界の自分たちなら───どんな結末を迎えるのかと。
それを受け入れた並行世界の彼女と、この世界の彼女はそれ受け入れるかどうかはまた違ってくる。もし、この世界のジェイド・リーチとオンボロ寮の監督生にも適応されるのなら。

トラブルに巻き込まれたばかりに、お互いに強く刻まれたモノがどう影響を与えるのか。
この世界の火種は芽吹くのも、時間の問題だ。

【その火種を咲かせるには】

「監督生さんのリアクションが唯一の見所でしたね」
「どういうこと!??」


end.






ぼんやり鏡が光り始めた。

「まだ続くの!?」
「おやおや、どうやら今度は僕のターンが始まりましたね」
「あんなモノ見たあとでもワクワクしてる!?」
「あの別個体がどんな末路を迎えるのか楽しみですね」
「この人魚、別個体だからって割り切りすぎでは?」

第二クールも見るつもりのようだ。
貫禄と余裕が違いすぎる。


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帰して、なるものか。

観察していた男は学園長室へ向かう少女を捕まえた。
呆然したままの少女を素早く空き教室へ連れ込む。

「どこへ帰ると、言うんですか……?」

感情というのはままらないものだと知ったのも、すべて終わる直前。
遅すぎる狩りだ。


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少女の密やかな好意には気づいていた。
それを素知らぬふりしていながら、欲望の部屋へと誘われ高揚した気分のまま抱いた。

少女の淡い想いは押し付けるものではなく不快ではない。それなりにおもしろい後輩だったのもある。まだどういった人間性か把握していない。戯れのような接触が楽しくて、色を含まない距離が居心地よくて、このままでもいいとまで思っていた。

未経験の少女の後始末はめんどくさいことになるだろうが、それくらいはしてもいいと期待していた。

しかし『例の部屋』を出てから、いつも通りの関係に戻った。
告白されるわけでもない。それで距離を置かれるわけでもない。関係は以前と変わらないまま、そうだというのに少女は少しずつ変化していく。

引き続き観察している内に気づいた。

この雌は、思い出にしようとしている。

それに気づいてからは、焦燥感のようなものに苛まれた。
他の男と仲良くしてる姿も、他の男に告白されたと知って血管ブチ切れそうになった。

昔馴染みときょうだいの二人には、自身の変化がわかっていたようだ。

「脈はあったのに、健全なお付き合いを申し込めばよかったものの」
「ジェイドてさぁ頑固だからね。ウケる」
「根に持ってるんでしょうね」
「小エビちゃんをナメすぎたんじゃね?」
「彼女はボロ雑巾のようにジェイドに捨てられると、わかっていたのでしょう」
「……僕が捨てる前提で話が進むのは不服です」
「好奇心でやらかす日頃の行ないの賜物ですよ、まったく」
「信頼なさすぎではありませんか?」
「自分が面倒くさい雄だと自覚した方がいいんじゃね?」
「……善処します」
「もう手遅れかもね」

咎められたはものの、止めることはもうできない。
不自然にならない程度に遭遇するように合わせていたら、ある日言われてしまった。

「偶然じゃないですよね?」
「大丈夫ですよ〝リーチ先輩〟あのコト誰にも言ってませんから、安心してください」

あの日、自分が言った言葉が返ってきた。


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少女は涙を流しながら、怒りが宿る表情で叫ぶ。

「食物連鎖の下位の下位です。狩りなんて絶対できません。踊り食いはちょっと。海藻類を食べるしかできないんです。先輩ならもっと素敵なヒトを捕まえられますよ」

「冴えない人間だったんでしょ!!」

「ねぇ、どうして」

「帰る間際に、そんなことするの……?」


この花を咲かせるには、自分にはたりないものが多すぎた。


【その火種を咲かせるには】


「わたしは、あなたの事がそれでも好きなのに!!」


思い出にしようとした異世界の少女は、盛大に咲かせた。



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暗転する目の前の光景、一つの世界の終わりの続き。

惚けた監督生の背中をよしよしさするジェイドの姿。


「タイトルコールでごまかすな!正気に戻りれえええ!そんな対応する男なんてやめちまいな!健気に想ってても望みがねぇよ!マジやめときな!!」

エンドレスになろうとしていた。

「まったく同感です。あの個体、逃げそうになった獲物を慌てて捕まえようとするなんて滑稽です」
「なんだコイツは!?」
「同じにしないで下さい、別個体です」

「尺が足りなさすぎる!!この続きはどうなるんです!?」
「少し表紙抜けでしたね。ご都合主義のハッピーエンドで残念です」
「ハッピーエンドなのアレ!?」
「両思いだったではありませんか」
「両……想い?」


魔法のある世界には不思議なモノやコトがある。
人智を超えたソレは普通では起こりえない現象に遭遇させることがあった。
突飛で不思議な出来事さえもそんな理由で済ませてしまう。

その日もたらされたモノは、お互いに衝撃を与えることになった。


end.
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