覚えてないから諦めな


 発情する薬をぶっかけられた〝らしい〟不運な私は、その場で運良く居合わせたジェイド・リーチ先輩に助けられ事なきを得た―――わけでもなく、緊急対処法として先輩と性的なアレコレなコトをしなくてはならなかった〝らしい〟



 未遂とはいえ、薬を使われ襲われたというのだから、無防備で能天気でいるのは危険だ。防犯も意識して、寮の魔法セキュリティは格段に上がった。
 学園長から雑用のお礼にと、理由をつけて身につけるタイプの防犯魔道具など貰った。なんでも持ってるだけで持ち主に対して害か無害が判定され、有害と判断されると防御魔法が展開されるのだそう。具体的なその効力を教えてもらえず、気になって購買へ買い物に行った時に、こういった道具や商品に詳しそうなサムさんにこっそり聞いてみた。緊急使用時のその威力のえげつなさを教えてくれた。いざという時が、もう来ないことを祈る。

 そんなショッキングな事件ではあったものの、いつも通りのトラブルのある日常を過ごしていた。この状況を可能にしているのは、とにかくその記憶が、まったく覚えていないのが大きい。いかがわしい行為中の記憶がボワンボワンと思い出してくることもなく、特別な記憶もなく『非処女』となったわけである。緩やかに時が過ぎ、記憶がないからトラウマとして思いだすこともない。後遺症もなく体がムズムズすることもなく、学生としては健全に過ごせているはず。無事に生理も来た。

 実感がない。

 すごい経験をしたというのに、記憶がないとはこうも『なにもない』のだと思わざるえない。別に無理に思い出したいわけでもないけれど。覚えていたなら、それはそれで私はその記憶に対処していたかもしれない。そう思うだけ。

(でも、それって、相手がジェイド先輩だったから?)

 〝関係者〟であるジェイド先輩の態度はというと、スマートに事態を収束し事務的にやりとりを済ませて以来、特に何もない。観察されているような感覚はあるものの、無理な要求をされることもなく、必要以上にそれで絡んでくることもなかった。
 普段から何を考えているのかわからずとも、変わらぬ先輩と後輩の関係でいてくれた。こちらも不審な反応をすることもなく安心できた。それに甘んじている状況。

 なのに、なかなか消えない体に残る『痕』が異質な気分にさせる。

(ついでに、これも治してくれたらよかったのに)

 生々しく残るソレは、着替えやお風呂で目につくたびに色々考えさせる。大事な大事な大人になる全段階をすっ飛ばし、私の精神に特別に影響することなく終わってしまった。こんなものなんだとか、痛かったなとか、初体験には大なり小なり影響が色々あるもの。
 記憶はなくともこちとら年頃の乙女。
 平均的な色事には遅すぎたとしても、強制的な性絡みの思春期の訪れに、どうすればいいのかわからなくて困っていた。







 なんとなくグリムとふたりで、テレビ放送するロードショーを見ていた。
 内容が冒険ものでおもしろそうだったのに、いつの間にか恋愛ものになってる。期待はずれだと、お隣は寝そうになっていた。

(重量が増えたような)

 船をこいているグリムの腹をつつく。親分の肥満値を考え、魔物の健康は気をつけるべきかと意識がそれていく。


『オレはっ!君のことが……っ!』
『×××……さんっ』


 音声から映画は濡れ場シーンに突入したらしい。
 視線を戻すと艶やかな雰囲気になる映像。猛烈にいたたまれなくなり、無言で番組を変えた。以前ならこういった気まずい場面があってもストーリーが気になるから見ていた。

 脳内には今、セクシーなジェイド先輩が降臨してる。それどころじゃない。

(映像の中の二人がしてること。ジェイド先輩としちゃってるらしいんもんね!?)

 あの日を想起させるものに反応してしまうのはしょうがない。健全な精神というやつなのだ。いかがわしい想像を振り払うために、ソファの上でジタバタできずグリムを吸った。



 すべての授業も終わり教室内には、部活に向かうため準備するもの、補習を受けるもの、雑談してるもの、まばらに生徒たちが残っていた。私たちいつもの面子はきびきび動きたくない気分なので、自分たちの机でだらりしながらのんびりしている。
 それぞれ最近あったことを雑談していると、それはふいに聞こえてきた。

『今度の寮の持ち物検査あるんだけどさっっっ、俺の宝が没収されるっ!!』
『お前の宝ってあのヤベー性癖シチュエro』
『ゴラあああブツの名前をだすな!まだ教室に監督生がいんだろ!?ヤメロ!?』
『大丈夫だって、いつもの奴らと喋ってんだから聞こえてねーよ』
『TPOの問題なんだよ!!』

(気は使ってくれるんだけど、ね)

 ちょっと顔が引き攣りそうになる。
 性別を隠しているわけでもないので、クラスの同級生たちはもちろん私の性別を知っている。なにも思春期は私だけじゃない。意識するようになってしまったからか、そこかしこでヒソヒソと話す男子たちの内緒話が聞こえてくるようになった。私の性別やら、ごく普通の猥談やら、性に興味津々な話題が耳に届く。

「あ〜、腹減ったなぁ。ちょっと購買行かね?」
「そいつは、いい提案なんだゾ」
「グリム、まだ食べるのか」
「今月の食費は余裕がないので却下です」
「ふなっ!?」

 これが地味に問題で、変に反応しないようにするのが大変だ。
 でも、そういう変化もあって気付けたこともある。実はこういうとき、だいたいエースとかジャックとかエペルが率先して場所を移したり、話題を変えたりして誘導する雰囲気にしてくれてる。だいぶ前から、気を使われていたらしい。今の今まで、こうやって気を使ってくれていたのかも。
 それ以前に、私がどれだけ異性に興味がなかったのかを痛感する。半分夢だと思っていた騒動は現実で、いつ戻れるかわからないまま必死に異世界に適応するのに精一杯だったんだと、考えるようになった。この世界に来るまでは、人並みの意識はあったはずなのに。

 なにもかも違うあのヒトは、どうして私を。
 浮かんで消える疑問。特別なモノはないとわかっているのに。



 会話中にいきなり無言になり、その綺麗なエメナルドグリーンの瞳がジッとこちらを見下ろしている。
 久しぶりに遊びに来た妖精のユウジンは口元に手を当てて思案顔だ。

「どうしたの?」
「少し見ない間に何か変わったことであったのか?」
「変わったことなら毎日あるよ。この前なんか飛行術の授業でグリムが箒でエースを轢き逃げして」
「いや、そういったものではなく……お前から……………少し海の匂いがする」
「海かぁ……最近は行ってないなぁ」

 曖昧な聞き方は意図がつかめない。この学園で海に身近なのはオクタヴィネル寮。ぼやっとあのヒトが思い浮かぶ。変に意識してしまい。脳内の私が振り払った。重要な用事がある以外は、気持ちが落ち着くまであの寮に近寄るのは避けてる。匂いが染みこむほどじゃないはずだ。

「一方的?しかし同意もある、判断には難しいな……ふむ、心当たりがないのならこの話は終わりしよう。ただ、海関係で困ることがあるなら、僕を頼るといい」
「う、うん?よくわからないけど、何かあったときは頼るよ。ありがとう、ツノ太郎」

 困惑したような独り言に気遣いは含まれていた。その意味がよく理解できずとも、心配してくれてるのは感じたから嬉しく思った。



 ほっこり、入浴中。
 世界ごと違うというより、育った文化が違う。幾多もの困難でボロボロ改善破壊を乗り越えて、訳ありリフォームがもたらしたモノ。馴染みのある『お風呂』に入れるのは良いことだ。染み渡る湯船の熱が全身をじんわりとあたためてくれる。一日の疲れがほぐれていくよう。ぼんやりしながら、まだ治っていない体の痕を見てみる。

(ちょっと、薄れてきてるかも?)

 ホッとした。特に気にしているのは齧られた歯型のあるやつ、人間の回復力は馬鹿にできないものだ。ちゃんと再生してる。あとは傷痕が残らなきゃいい。いざとなれば、寝ぼけたグリムに噛まれたとごまかせないかな。ちょうど歯型が似てるの複雑。

 そんな考えが浮かび、悩むほど気にしていた。

(こういうものて、こんな残るものなのかな?)

 経験がないから誰かの情報でしか知りえないのに、これは経験してしまったという非常に厄介なもの。

(………ん?んんん?あ、れ……あれ!?さっきのって……匂いが残ってるって!?)

 ふと、先ほどの問いかけの言葉が駆け巡った。遠回しな指摘。痕さえ見られないよう気をつけておけば大丈夫だと思っていた。よくよく考えてみると、引っ掛かる。あの言い方。周りの人から今の今までそういったことは聞かれたことはない。気づかれて私とあのヒトと何があったか聞かれてもいなかった。はずだった、のだ。魔力が強い種族だとか、勘が鋭い人によりけり、そういう系の匂いを消す対策など考慮しなければならない。

 金銭的な問題に悩み、気恥ずかしと血管が沸騰したように体が熱かった。



 錬金術の授業中。
 以前の様に雑に触れる感覚と変わらない普通の表情から、ジェイド先輩の雰囲気がピリッと変わるのを感じた。突き刺すような苛立ちにビクッとなる。それにショックになりつつも、なにも気づいていない態度を装うのに必死だった。

 色んな積み重ねは、再び意識させる方へ向いていく。

 どう思っているのか真剣にもう一度考えてみる。『関係者』であるジェイド先輩への気持ちとして、そもそも『事故』ではあるとはいえ『合意』の問題とか関わってきたりしないか、あっさりしすぎているとか、思ってきているワケで。
 露骨に先輩へ態度を変えてしまうと、すぐに気づかれそうで嫌だ。気にしないように平然としてみても、とんでもない姿を見られごにょごにょしてしまっているということで、やっぱりちょっと気まずいと思っている。一応ね、肉体関係を持ってしまった相手なのだし。

「ジェイド先輩への嫌悪感がなかったからなぁ……でも、スキなのかというと少々問題が多すぎるし、あのヒトよくわからないんだよな」

 結論は結局出ず、かと言って平常を維持するのも大変。不用意に近づくのは気をつけて最低限の接触に努めることにした。『事故』にまつわるもろもろはあやふやすぎて、先輩との距離は遠すぎて、考え続けるのは難しい。

 でも、あのヒトは私には何の情も持ち合わせてない。

 照れてしまったのは、私だけ。
 気にしているのは、きっと私だけ。







 賢者の島にて社会勉強も兼ねて、時々学園長から雑用を押しつけられる。そんな休日。グリムといっしょにお勤めをはたしたものの、プチハプニングで遅くなる。
 学園長に連絡を入れると、もらったお小遣いで夕食を食べてきてもいいと許可をもらった。なにを食べるかふたりで悩みながら歩いていると、街の中心部にある繁華街に入ってしまった。飲食店も多いゆえに、シーズンによっては観光客であふれると聞く。その奥まったところに、いわゆる夜の店があるにはある。いざとなれば、見た目猫型魔獣のグリムは猫に擬態すればいいけれど、学生である女の私は補導をされかねない。グリムの手を取り、急いで別の道を探す。

 見慣れた人が見えた気がした。
 制服とも寮服とも違う私服。身長の高さに既視感。髪の色が違うのに、全体のシルエットが似ているのだ。あの人魚のきょうだいに。最初フロイド先輩かと思った。奔放で自由な先輩ならどこにいてもしっくり来るし、いそうなイメージを持ってる。偏見だと本人にバレたらシメられるので絶対言わないけど。

 でも、違った。

 すらりとした姿勢の良いそのヒトは、綺麗な女の人と楽しそうに談笑してホテルへ入っていくのを見てしまった。

(大胆だなぁ、学校にバレたら怒られるんじゃ。ま、そこらへんはなんとかしそうな)

「どうしたんだ、お前急に……!?」
「え?」

 グリムの驚いた声が聞こえる。
 視界が滲んでいる、ポロポロと涙がこぼれ落ちていた。

「あ、あれ?」

 悲しい。嫌だ。
 拭っても拭っても止まらない。
 あんな楽しそうな顔を見たことない。向けられたとしても、玩具で遊んでいるようなそんな表情だけ。あのヒトにとって、私なんて本当にどうでもよかったらしい。不安と不信感が募る。

(そーいう仲の人がいるのに!?私と………も、もう知るかーーー!)

「グリムゥ!!!メシ食いにいくぞぉ!!!」
「うるせっ!急に何事かと思ったんだゾ!よくわんねーけど、ウマイ飯食いに行くぞ!」

 腹がたってきた。そう自覚すれば、ふつふつと怒りに変わっていく。よくよく考えたら、なんでこんなに振り回されなきゃならない。



 他愛のないキッカケで、気持ちを切り替えれる時は来たらしい。

「モストロでご飯食いに行かね?」

 機嫌のいいフロイド先輩から割引券を貰ったのだと、エースがニンマリした顔で券をヒラヒラさせている。ジャックが大丈夫なのかと苦い顔で聞く姿。肉フェアをやっていると聞き、キラキラ目を輝かせているエペルとグリム。小テストで燃え尽きてるデュース。大声で「くだらん」と言いながら盛大に腹を鳴らすセベク。

「僕は食べる必要がないから、邪魔じゃないかな?」
「食べれてなくても、一緒にワイワイ話しながら過ごすのもいいと思うよ?ちょっと行儀悪いかも、だけど!」
「いいの?」
「オルトくんが気にしないなら一緒に行こう」
「うん!」

 少し気分がブルー。あのラブホ目撃事件もあってか、あんまり関わりたくない。せっかくなのに私一人行かないわけにはいかない。渋るジャックもエースに丸め込まれ、賑やか集団になった一年生メンバーでモストロへ行く。無理強いはするつもりはないけれど、遠慮しているオルトも誘って。


 
 ほどよい客入りらしく、ゆったり喋りながらおいしいご飯を食べる。
 ここ最近、変に緊張しすぎていたのかもしれない。

「……監督生さんは美味しそうにご飯を食べますね」

 不意に給仕の仕事していたジェイド先輩に話しかけられた。仕事中に珍しい。とは言っても、私はそんなにモストロに来店しているわけではない。

「ご飯、とてもおいしいですよ!」
「そうですか、それはよかった」

(普通に会話できてる。ううん、これまで、これからもいつも通りでいいんだよね)


 私のことがどうでもいいのなら、私もあなたなんてどうでもいい。

 意識して特別扱いする必要なんてない。
 私には早すぎた記憶のない『体験』。
 覚えてなくてよかった。起こってしまったことはどうしようないのだから、これから少しずつ自分の中でこうやって、そう思えるまで時間をかけよう。その方がいい。記憶がなくてもあんなに引きずったのだから、記憶があったらどうなってちゃったんだろう。

 覚えてないなら、それで良い。


◆◆◆


 運悪く居合わせたジェイドがしかたなく助けて事なきを得た―――わけでもなく、防いだ純潔はジェイドによって散らされた。



 ならず者に薬を使用され発情した不運な後輩は、なにかと学園の有力者と繋がりのある女。種族としての価値観からも見捨てていいトラブルの範疇を超えていると判断し対処した。

 厄介な人間の相手をするのはめんどくさい……そう思っていたはずなのに、ガッツリやりすぎてしまった。

 普段は同い年の男子生徒に混じり少年のように振る舞う後輩の、艶やかであられもない姿。
 薬の影響も関係してるであろうが、自分に必死に縋りつく小さなニクの感触がたまらない。成長途中の肢体。最中の甲高い声。熱で浮かされ潤んだ瞳。必死に縋りつく華奢な腕と足。甘い声が自分の名を呼ぶ。熱い、熱いーーー人間の熱とは、こんなに気持ちが良いものなのか。人魚にとっては熱すぎるはずの、人間の体温が気持ち良いなんて。

 もっともっと繋がっていたくて、蕩けそうな感覚に理性をとばし明け方まで貪る。相手が一回ほど気絶するも継続し、目を覚まし、二回目の気絶でようやく止まる。
 危ないところだった。おそらく自力で止まれなければ、他の誰かに見つかり止めに入られる失態を犯すところだった。
 人魚の種族を絶やさぬようする慎重な求愛や交尾とは違う。人間が快楽を得るためだけに交尾をする場合があるとは知っていたが、実際に経験してみるとそのワケがわかる。
 これが快楽に溺れる、ということか。
 ハマりすぎるにはかなり危険性があった。

(あの男には過ぎるものですね。今頃は転がったままでしょうが)

 だらしなく自分のシャツを羽織ると、シーツと布に埋もれる存在の観察する。
 気絶からすやすやと寝息を立てていた。そのまま放置せずに、湿ったそれらを取り払うと素早く洗浄魔法をかけ、身にまとう液体を拭ってやる。
 興奮してつけすぎた噛み痕。治癒魔法で直せるが、この残った痕を見てこの女はどういう反応をするだろうか。すぐ消してしまうには、おしく感じた。
 肌に残る痕をなぞり、理由をつけてそのままに。

 魔法通販で瞬時に速達され、大量に使用したアレでソレな廃棄物を回収。
 理性はとんでいたものの避妊はしっかり行っている。陸で種を残すというのなら、かなり選別しなければならない。ジェイドはまだ陸を楽しむつもりだ。ひとときの享楽でこの人間との間に、種を残すつもりはなかった。

「しかし、とても良い〝練習台〟にはなりましたね。貴重な体験をしました」

 そう思うくらいには価値のある経験だった。







 性行為して、あえて痕を残したのは事実。
 ジェイドとしては不本意だが、加害しようとした男と同類だと思われる可能性はあった。こちらの不利にはならないよう立ち回ったつもりではあるが。

 目覚めた後輩はその日の記憶が混濁しており、自分の身に何が起こったのかよくわかっていない。

 事情を説明中、何回か意識が遠のいていたようにも見受けられた。後で記憶がはっきりして自覚すれば「責任を取れ」などと、まとわりつかれる想定もしている。それよりも、冷静な受け答えをしている姿に興味がそそられた。さっそくメールで避妊をしたかどうか尋ねてくるあたり、図太いと言われる理由には納得したが。

 翌日後輩は大事をとり休んだらしく、翌々日の朝何事もなく普通に挨拶が交わされた。

 今後この女はどういう態度をとるのか興味がわく。観察した方が良さそうだ。
 予測通りの態度をとるのか、それとも。



 昔から観察には長けている方だと自負していたが、あの事件から要観察対象になったあの人間の動向はわからないことばかり。
 他所の寮へ訪れたり招かれたり、休日にはいつものメンバーと遊び、いつもの通りの日々を過ごす。大小のトラブルには巻き込まれていても、前ほど面白く思えなかった。学校生活を普通に送る姿を飽き飽きしながら眺めた。

 『男と女』となったジェイドと監督生の関係はというと、本当に何事もなかったように以前の関係のまま。こちらも以前と変わらぬまま態度を変えてはいないが、あの女の態度も淡白すぎた。陸の雌のことを勉強したが、その知識では『初めて』やらとは大切なものだとされていた。

(異世界人は感覚が違うのでしょうか?なんらかの反応を期待していましたのに……残念です)

 唯一変化があったのは、錬金術の授業でペア組んだとき。さりげなく触れると照れた様子を見て少しそそられた。すぐにいつものまぬけ顔に戻り妙に苛ついたことくらい。
 それ以来なにも無さすぎて、飽きてきてくる。

(こうして観察していると、本当に面白みのない女ですね)

 飽きているはずのジェイドは、そう思いながらも観察を止めることはなかった。

 それに、他の女を抱いてみようとしたが気が乗らずに、触れ合うのみに留めてしまう。恵まれた肢体の美しい容姿持つ相手に反応しない。そんなはずはないのに。思い浮かぶのは彼女の痴態ばかり、それが邪魔するばかりであった。



 一年生メンバーでモストロラウンジへ食事に来て、楽しそうに食事を楽しんでいる。他の男と一緒にいる頻度が最近多い。危機感を持つのはいいことだ。
 また狙われる危険性を考えて、気をつけているのだとしても。

(それなら、僕とも一緒にいる頻度が多くなりそうなもの)

 むしろ、ジェイドは避けられてる。平然とはしているように見えて、こちらを『男』と意識している……と考えるなら愉快な変化だが、他の男と楽しそうにする姿はいただけない。困ったことに喉から威嚇音が鳴りそうに気づき、ジェイドは自分の変化に少し戸惑っていた。



 話しかけるといつもより機嫌が良さそうで、その柔らかな表情を久しぶりに見た気がする。
 美味しそうに頬張る姿見て、思わずごくりと喉が鳴る。

(体につけた……痕は、もう消えてしまったんでしょうか?)

 普段は同い年の男子生徒に混じり、少年のように振る舞う後輩。色事などとは程遠いような顔しているが、数ヶ月前にジェイドと交わり女になった。

「副支配人っ!少し問題事が」
「……どうしました?」

 業務中に思いだすことのなかった、情事の姿が浮かんだところへ。寮生の声にハッとする。くだらないことで、疎かにするわけにはいかなかった。
 
 ここで呑気に食事している男たちは、この少年のような少女の『女』の一面を知らない。なのに、それを知ってる自分より、その男たちと親密にしている。今この場で確認してやりたい衝動に駆られそうになり、他に意識を紛らわせた。



 ずっと、不快だ。

 ジェイドの心を乱すのに、あの女は他の男の隣で楽しそうにしている。単独でいるならば、そこまで苛立つこともない。一人でいるのは危険だというなら、代わりに自分が寄り添ってやればいい。そう、軽く考えていたのに。

「監督生てさぁ、最近すげぇ女っぽく見えねぇ?」
「ぎゃははは、そも、あいつ女だろ!?」
「そーだけどさぁ。前より可愛く見えるんだよなぁ」
「えー、マジ?スキになった??」
「スキってよりヤリテェ」
「はっ?ロリコンかよ!?あいつ、俺の妹よりちぃせぇしアレが入んの?」
「ロリっぽくても同い年じゃん」

 契約を守らない取り立て候補へ一度目の忠告をしに、偶然に聞こえてきた言葉。
 〝女〟としている見ている輩がいる事実に、たちまち不快感に包まれる。

 貪っても、貪っても、腹が満たされない。
 ずっと、空腹を訴えている。
 代わりのものを代用してみても満足感は得られない。

 ならば、どうする?
 もう一度、いえ、ずっと………あの子が欲しい。

 ちゃんと、僕のモノにしておくべきだった。

(アレは僕の〝モノ〟なのに)



 どこかの校内、暗闇の中。指定範囲に侵入しない限りその音は聞こえず、角度的に顔に陰がさしてその表情はうかがえない。

「ジェイドォ、それ、さすがにヤバくね?」

 違反契約者に忠告しに行ったきょうだいの帰りが遅く気まぐれに様子を見に行けば、猛烈に違反者に暴力を振るっていた。ブチ殺す勢いに止めるタイミングを少し見失う。

「……なにがでしょうか?」
「無自覚?自分の足元見てみろよ」
「…………あぁ、やりすぎてしまいました」
「やりすぎじゃねーよ。死にかけてるし……オレのきょうだい、サツジンハンになっちゃう。オラッ死ぬんじゃーねぇぞ」

 人口の明かりの代わりに満月が照らす。地面に倒れている物体はありとあらゆる方に折れ曲がり人体を破壊されていた。取り立て相手でもない輩も巻き込んでいた。ぶつくさ文句を言うきょうだいが、それらの応急処置するのを眺める。体の中で熱が沸騰している。

(ちょっと記憶抹消しないといけないかも、アズールに任せよ)

 学期末事件後に学園長にお灸を据えられ。密かに続くお悩み相談事は万が一のため、違反者への対応を改善されてる。それはそれで、悪童が集うNRC生を従わせるには暴力が手っ取り早い。改善された契約を破るレベルによって、取り立て相手の処遇も決められる。
 やりすぎた後のアズールの反応の方がめんどくさいので、フロイドはそこそこそれに従っていた。そんな自分と違い、ジェイドのこの様子はかなり異常に見えた。基本的に普段は穏便に進めていくのに。

 確実に今回のことはアズールの逆鱗にふれるが、このきょうだいはたいしてダメージを受けないだろう。

「すみません、フロイド」
「あやまっても、もう遅ぇから」

 今も様子はおかしい。
 地味に焦るフロイドをよそに、惨劇を引き起こした血まみれ男が虚空を見つめ棒立ちだ。

「やるべきことができました」
「あぁ!?後始末してから行けや」
「監督生さんとケリをつけてきます」
「……は?なんで、今小エビちゃん」
「ちゃんと〝所有者〟として主張しておくべきだったんです。交尾した時点で自覚すべきでした」
「コココココ、コウビィ!?」
「ちょっとオンボロ寮の訪問してきますね。ちょうど良いタイミング。明日から休日なので、月曜日の明け方には戻ってきます」

 のそりと動き、早口で喋るその顔は恍惚としている。
 唐突にぶち撒けられた告白にフロイドはギョとする。

 止める暇もなく早足に去っていくきょうだいを追いかけたくても、この場を放置したままはかなりまずい。これをなんとかしないと、自分たちまで不祥事の巻き添えになってしまう。



 唐突に過ぎ去る、過去の回想。

 とある部活の日、限界を感じている後輩がピィピィ泣きついてきた。

「フロイドせんぱーい、おたくのご兄弟が怖いんですけど!?オレ、なんかしましたか!?」

 何も聞いていないが、きょうだいであるジェイドと小エビの間にナニカあったらしい。最初は気のせいだと知らんぷりしようと思っていたが、きょうだいの小エビへ向ける視線が、だんだんねっとり舐めるように変わっていってる。

 視線の粘度が強くて後輩のカニも気づくレベルだ。ちなみにこのカニは一緒にいる頻度が高いので完全に目をつけらていた。サバも同じだが、こちらは鈍感なので気づいていない。気づけばガンをつけられていると別の意味で勘違いしそう。

「カニちゃんカワイソ〜完全にとばっちりだよねぇ、助けねぇけど」
「ハクジョウモノ!」
「ぶっちゃけカニちゃんがどうなろうとは知らねぇけど、度の超えた一方的なのはちょっとキモくね?」
「えぇ……自分の兄弟キモいって」
「たしかにキモいな」
「ジャミル先輩!??」

 拗れつつある執着を向けるきょうだいの姿。人間でいうコイビトドウシ、人魚でいるツガイドウシなら、まだほんのちょっと納得するもの。

「でも、まぁ。予想外ですけどね……ジェイド先輩が監督生を好きなんて」
「……エース、あれがそんなもので済むと思ってるのか?」
「え!?視線はやべーけど、それってどういう!?」
「コイてやつだったら、かわいかったのにねぇ」

 近い内に身内がヤバそうなことしでかしそうなため、軌道修正する方向へは考えている。なん良い感じのアドバイス的に助言はしといてやろう。



「………えーーー!?オレ、もしかしてアトオシしたーーー??」

 しかし、きょうだいもあのオンボロ寮の少女もほっておくわけにもいかない。
 血を浴びて気が昂っているだろうし、瞳孔が大きく、激しく喉が鳴っていた。深夜でも昼間でも、あんな状態のヤツが襲いかかってきたらトラウマモノだろう。

(はぁ……あーあ、カワイソウナ小エビちゃん)







 ベルを鳴らす。
 セキュリティの上がった寮に、無理に侵入すれば作動する仕組みになってるなんて知ってる。非常識な時間帯過ぎるが、理由付けならいくらでもできる。寝ぼけたまま出迎えた姿に苛立ちはわくが、その方がスムーズに進んだ。
 ついてしまった返り血を怪我だと思ったらしい。人の良いあの子は急いで手当しようと駆け寄ってくる。都合がいい。怯えさせないように弱ったふりをして、少し休みたいと乞うとゲストルームへ案内される。

 寮内へ〝正式〟に招かれた。

 

「うっ!おもっ!ジェイド先輩!先輩!?」

 大きなソファの上に、あの子を押し倒す。目を瞬かせながら、混乱する姿は一層そそられ刺激された。両腕を拘束し、その細さに改めて驚く。この小さなイキモノを自分は抱いたのか。張り裂けそうな歓喜に気づく。

 かわいい!
 かわいい!
 これは、僕のモノ!

「ひっ!」

 恐怖心からの涙。生理的な涙。溢れでる涙を味わうように舌で舐めれば、しょっぱい味がする。興奮して急かしすぎた。怯えて錯乱状態に陥っている相手へ囁きかける。

「あの日のことを覚えていますか?」
「い、え、いきなりどうしたんですか!?ひゃっ」

 顔染めることもない様子に確かめるように触れてみる。服の隙間からなぞるハラ。このナカに自分のモノが何度も入ったーーー記憶を覚えていないなら、覚えてなくとも。

 もう一度、同じことをし直せばいい。

「大丈夫ですよ、ユウ、さん」
「一度目を、もう一度やり直しましょうね」


◆◆◆


ハッピーエンドで終わったはずの世界、それがもう少し捻れていたのなら。
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