短編
16歳まで普通の子供として生きていたのに、別の世界で数年間過ごす奇妙な運命を持っていた。
『ツイステッドワンダーランド』という魔法が使える人間、獣人、人魚、妖精などの異種族が共存するファンタジーあふれる世界──物語のような記憶を簡潔に説明すると、仲良くなったヒトビトと協力し最悪の未来を回避してハッピーエンド。役目をはたして元の世界に帰る児童文学のような終わり。
元の世界に戻れば、都合よく時間が止まっていたみたいで安心したのを覚えてる。たしかに、自分が置いてきた存在たちは変わらずそこにいてくれたのだ。
あの世界の記憶は誰にも話さなかった。
元の世界は変わらないまま、自分だけが変質してしまっているのに気づいてた。少しずつズレが生じて馴染めない。元から浮いていたのもあるが、友達は無理に作る必要はないという考えだ。違う。自分があの記憶の存在以上を作ることなんてできなかったから。
何度も巻き込んで利用したりするくせに、本当に困ったときプライド殴り捨ててでも助けに来てくれた同年代の友人たち。腹の底は見えない、本心は話してくれない、すぐには助けてくれないのに、時にそっと力を貸し言い訳つけて誤魔化してなんだかんだ助けてくれた先輩たち。大人の事情でふりまわすくせに最後の最後に命がけで守ってくれた学園長と、厳しいけれど頼もしい先生たち。
あんな濃厚な学園生活を送れるはず、この先ないだろう。きっと誰かと家族になろうとしても、あの世界での家族。オンボロ寮のことを思いだしてしまう。大切な相棒のグリムや、ゴーストのおじさんたちを思いだす。
『一緒に、いてほしいんだゾ』
寝言でグリムが呟いたのを聞いたことがある。起きている時は絶対そんなこと言わないくせに。いうことは聞かなくても、とぼける学園長になにかと元の世界へ帰る方法を聞いてくれたりして、悲しいときそっといつも寄り添ってくれて。色んなことがあった。
彼の本心を聞いてしまいひっそり泣く。自分は別の世界の人間だ。帰らなければならない。元の世界に未練がある──本当に?
この世界とあの世界に通じる道は方法は他にあったんじゃない?
探す努力を放棄したんじゃない?
ほんの少し心のどこかで未練があった。
会いたいと思ったときがある。苦しくて苦しくて、日記にあの世界での出来事を物語のように書き留め、紛らわしたりしたこともある。それでも何事もなく高校生活は過ぎ去り、大学に行きまた学生生活を送り、就職して、過ぎ去る日々。あの異世界生活で金銭には若干がめつくなったから、ガムシャラに働き老後の資金は貯めておいた。その影響はどこぞの鴉や胡散臭い人魚たちの影響もあるけれど。
両親が寿命で亡くなってから、一人で生きていた。他者から見たら孤独のように見えたかもしれないが、充実した人生だったように思う。自分にとって大切な家族や今まで生きてきた世界を捨てることはできなかった。戻ってきた後悔はない。
愛おしい記憶を最期まで忘れず、一人の人間の人生は静かに幕をおろした。
死んだら人はどこにいくのだろう?
そう思っていたら転生した。前世の記憶持って始まる二度目の人生。異世界転移の次は転生。なんでや。
二度目の家庭環境は一言、最悪。
暴力こそ振るわれなかったが、ネグレクトというのだろうか。自分から催促しなければなにもしてくれない。毒親から生まれちまったなぁ。
幼いながら必死に生きていたら、不気味がられさらに悪循環。家にはほとんど人がおらず、もういっそ児相に通報してやろうかと思ったもの。結局、集団生活できるか不安なのでやめた。前世の記憶を持ったままの可愛げない子供は、こどもらしくもできなかったので。
大人になる前に死ぬ可能性が考えて、まわりの大人たちに媚びまくった。子供の皮を被りいい子を演じて、まわりは騙されてくれた。ずる賢い先輩や腹黒い先輩たち、たくましく生きる先輩たちの姿を思いだし必死に生きる。
家庭環境と性格がこれなので、いじめられたりもした。慈悲の精神に基づき、やられたらやり返せ精神をモットーにお礼参りして、クラスの支配者になってしまう裏事情なんてあったり。とんだ慈悲深い魔法使いどもの悪影響。
『個々のSNSの裏アカなどを押さえると、ある程度相手を掌握できますよ』
『そっちの世界でもこういったスキルは役立つでしょ、覚えてて損はないんじゃない?』
物騒なウツボ先輩の裏アカ特定や、イケメン隠キャ先輩のパソコンスキルが役立つなんて。餞別が役に立つ業の深い世界に生まれてしまった。そう思った以上に、あの先輩なりに自分の未来を気にかけてくれ、可愛がってはくれていたんだ。
そうこう過ごしているうちに、《私》は無事16歳まで生き残れた。その頃には、心優しい大人たちが《私》の家の事情を気にかけてくれ、動きだしている時期だった。この生活にもすっかり慣れている。16歳なら一人でなにかとできるよなとNRCの学生たちを思い出しながら、あいつら精神年齢高かったよなと思い出に浸る。
だから、まさか。
またあの時と同じように──グリムと出会うと思わなかった。はじまりのあの場所で。
その甲高い声を聞いた瞬間。
《私》はその存在を勢いよく抱きしめた。
「なにするんだゾ!!」
腕の中で暴れる存在を決して離さないように、今度はこの世界でこの相棒と生きていこう。
一度目を乗り越えている《私》は吹っ切れていた。
人生二回目。家庭環境最悪。異世界転移二度目。蓄えられし経験値、怒涛のオバブロ命懸け。
ゲームのようなライトノベルのような、この数奇な運命。全体的なスペックは前回と変わりなくとも、なんのための記憶と知識。その状態での時間は有効活用しなきゃ、記憶のイデア先輩が煽りに煽ってくるというもの。重要と思えない出来事はスキップしようとサクッと決めた、本音は二週目にもなると色々ダルいのだ。
『重要なポイントをおさえて適度にこなせばいいんですわ。常識ですぞ〜!』
記憶の中でドヤられる。こういう知識はドヤイデ先輩から伝授されている。グリムの生意気な態度を懐かしみながらだいしゅきホールドで式典の騒動は安全にスキップ。ただし、闇の鏡からの公開処刑は回避できなかった。
追いだすかもしれない曖昧な不安で煽ってくる学園長とのグリムつき図書室のイベントでは、眼鏡ををキリリとクイクイする記憶の中のドヤるアズール先輩が登場した。
『何事も交渉はツカミが肝心です』
ドヤアズ先輩の交渉を思い出しながら、率先して出ていこうとする。すんなり外に追い出されても算段はある。前世の知識を生かして、外の世界で生きていけるスキルは身につけている。一度目でスキルを身につけるのに、みんなが手伝ってくれたたまもの。もし戻れなかった場合のために雇用とか頼れる機関とかも調べている。
この学園には思い出はあるし、みんなともう一度会いたい。しかし、ここにいるのは彼らだけど彼らじゃない。それに、初見の態度は最悪でロクな人間がいないのと、あの人数ともう一度最初から人間関係を築くのは面倒くさい。
そもそも、すべて終わったあとに学園長に、異世界人が迷いこんで来たら保護する機関があると教えられて、「このヤロウ!」と思ったもの。最初からこの鴉の掌の上だったんだからさ。
なので、今回はこの人には振り回されない。
一度目の学園長の恨みはこの世界の学園長に関係ないが、振りまわそうとするなら《私》は防衛手段にとらざるおえない。
出て行く気満々の《私》を、焦ったように引き止める学園長。ツカミがバッチリだったらしい。
引き止めるために条件がどんどんパワーアップしていく。最終的にオンボロ寮は学園長の高度掃除魔法で綺麗にしてもらって魔法でセキュリティ厳重してもらい、生活費もふんだくり……十分支給された。
式典で女の子バレしてるからそこらへん不安だし。慈悲深きタコ先輩の弁舌講義術に感謝。
ところが、どっこい。
「私、優しいので!」
いつもの口癖を言うクロウリー学園長から渡される、特別っぽい仕様のスカート!!おい、どういうことだ。男子校になんで女子制服。
「ここは男子校のはずですよね。《自分》は男子の制服でいるべきでは?女子ではありますが、それを象徴するような目立つスカートなんて履きたくありません」
「貴女は〝特別〟です。女の子らしく生活できるように、危なくないよう配慮しましょう」
(話聞いてねぇ!)
学園長はあいかわらず話を聞いてくれない上に押し付けがましかった。
ズボンがもらえなかったので、どこかで入手しなければならない。もろもろ条件は変わったものの雑用からはじめる手筈になった。
まず髪をばっさり切った。ズボラなので切るのめんどくさくて放置していただけだからすっきり。ちょっとアニメっぽい髪型になったがここではそんなに目立たないだろう。個性大爆発自己主張激しいやつらばかり。
「オ、オマエ、女の子なんだろ?そこまでしなくてもいいんじゃないか?」
「グリム、よく聞いて。この学園はロクなやつがいない。自衛しなきゃダメ。大丈夫、グリムは《私》が守ってあげるからね」
「オマエがオレ様守るの!?」
グリムがオバブロしたとき絶望したのだ。ツノ太郎がいなかったらと思う。まぁ、ディアソムニアの時も大変だったけれど。
ゴーストのおっちゃんたちに、再会した時はついに涙腺が崩壊した。二度目の人生で初めて泣いた。
やっぱり《私》は──私はここが好き。仲良くなって学園からでていく時にゴーストたちもついてきてくれるようになんとかしよう。アイノチカラがあれば壁は乗り越えられる。グリムのしつけは確実に優先するし、絶対目は離さないからな。
おまえは私と幸せになるんだよ!
◆
だいしゅきホールドで常にグリムを抱きかかえ。アイノチカラ(グリム曰くゴリラノチカラ)で行動を制限し、石像黒焦げシャンデリア破壊事件は阻止。
だがしかし、エースとデュースが食堂に入ってくるタイミングで、強制的に言うこと聞かせたグリムと窓拭きしていたら、シャンデリアが壊れた。突如着せられる三人の人間と一匹の冤罪。濡衣を晴らすため鉱山へGO。冴え渡る勘。仕組まれた汚名。
真実はいつも一つ!
あの胡散臭い鴉です!!!
私の髪のことで黒幕の学園長はたいそう驚いていたがスルーした。
仲良くなったエーデュースに、土下座で頼み込み予備のズボンを買い取る。これでなんちゃって男装セットは揃ったゾ。胸はまな板だからつぶすほどでもない。ワイシャツ、ベスト、このブレザーぶかぶかだし大丈夫でしょ。
それからは、トントン拍子に事件は起こっていく。回避しようと思ってもオバブロは起こってしまう。これが世界の修正力?と厨二病思考になったが、ヤツが暗躍してるに違いない。スカラビア事件までかれこれ四ヶ月あっという間だった。
どうやら、この世界は〝一度目のツイステッドワンダーランド〟とはまた違うようだ。
生活している内に感じた、いくつもの相違点。
一つ目、私自身グリムのイソギンチャクとか失言とかフォローしまくったり、グリムのオバブロ絶対阻止のため、グリム含み他の奴らに見つかる前にすべての黒い石を回収した。オバブロは私が回避する。
二つ目、前回と同じようにある程度の物事は進んでいるが、どの寮へ行ってもみんな好意的だ。さほど関わってないにも関わらず好感度MAX。目ん玉飛びでそうなくらいプリンセス扱い。
スカートとか勧めてくる。抱きついてくる。スキンシップ激しい。下心堂々としてる。さすがNRC。
ナニコレ、逆ハー?
思いだすは昔嗜んだ少女漫画の内容。あれは架空の世界の話だったからよかったのだ。実際、大勢の野郎どものチヤホヤ怖い。それも一度目と違いすぎてビビる。前回は年数が経ってそこそこ仲良くなったけれど、いつだってギブアンドテイクだった。要は距離感が違いすぎる。ゲロ甘なのツノ太郎くらいなものだったのにゲロ甘が増殖した。
特に衝撃だったのが、期末テスト事件後のオクタ悪徳三人衆の変貌ぶり。白目向きそうになった。
好感度MAXで迫りくる1m90cm以上の巨人ならぬ人魚ウツボブラザーズとか、優しすぎるアズール先輩とか前回との差で脳が追いつかない。普通に優しすぎるオクタ。絶賛私の中で解釈違い発生中。
前の世界では話すときは話すし絡む時は絡むけど、基本的にタダで情けはかけてくれない人魚たちだった。シビアでドライ。予定調和を嫌い、束縛を嫌い、運だのみをきらい、自分たちの実力で成り立ち。時に学園長すら脅すそこら辺の大人より大人らしい一つ上の先輩。フロイド先輩は機嫌がいいとき絡みにきたけどさ。
自分たちで商売してる忙しい人たちで他の先輩たちとは一線違ったはずなのに、気づけば色んな場所で縁ができていた。元の世界に帰る間際くらいには、すっかり無駄話に付き合ってくれるくらいの関係にはなっていた。記憶では濃厚にガッツリ絡んだのスカラビア事件くらい。すごく感謝してるし尊敬してる。色々なスキルが役立ったから。
比較して、この世界。
フロイド先輩はどこでもギュと抱きついてきて、ジェイド先輩はなにかと部活とかラウンジに誘ってくる、アズール先輩はテンプレツンデレかましてくるし。距離感バグってる。おまえら誰だ。ツノ太郎か。そして、この三人が近づいてくるたびに同年代が逃げる。さらに浮くからやめてほしい。グリムは常にだいしゅきホールドして、ジャックは同情からか一緒にいてくれるけど。
たびたび登場するそのツノ太郎とは、エンカウントしていない。マジフト事件のときに出会わないし。エキシビションの円盤直撃回避したから、マジフト大会普通に楽しんで試合も見た。凄かったな。ツノ太郎選手のプレイ。
期末テスト事件の時も出会わなかったから、今回は仲良くはなれないかもしれない。後からホリデーカードくれたの知ったとき嬉しかったのにな。
ツノ太郎との思い出がありすぎるから、かえってよかったのかもね。と思うことにする。ドラゴン姿見せて乗せてくれるくらいの仲だったので、この世界で仲良くなってもしあのツノ太郎と違っていたら落ち込むかもしれない。今回は遠い人なのでツノ太郎て呼ばないように気をつけてる。
そして、一番の相違点。
どうやらこの世界には私と同じ存在の子がいるらしいと、期末テスト事件のとき学園長から聞いた。その情報に食いついた。詳しい事情を聞いたら、一年前に同じ感じで来たらしい。一度目の時にはいなかった存在。彼女はオクタヴィネル寮の二年生で魔法が使える。うらやま。学園長曰くみんなから愛されている子なんだそうだ。男装させずにオンボロ寮に住まわせてあげようとしたら、断られて自ら男装してひっそり暮らす奥ゆかしい子なんだと。大袈裟に泣き真似していた。
それなら、私も奥ゆかしい子なんですけど?
異世界で健気に頑張るオンナノコですけど?
「貴女、図太すぎるんですよね」
アズール先輩とジャミル先輩と仲良くなれたら学園長の弱味バラそっ。
でもね、ちょっと違和感。
わざわざ男子の中に混ざるもんなの?
オンボロ寮はたしかにボロいけど、いるのはゴーストのみだ。トイレとかお風呂で性別の差を気にしなくてもいいはず。話を聞いて聞けばその子人あたり良さそうだし、すぐに和解できそう。わざわざ苦労しそうな茨の道を選ぶんだろう、謎!
後日、学園長の弱味をうっかり装い、二人の先輩にバラしたら好感度が上った。イヤな好感度の上がり方です。NRCらしくて懐かしんでいいのか悲しんでいいのか複雑な乙女心。
◆
もう一人の異世界の来訪者。
他の先輩やオクタ三人衆からその存在を聞いたことがない。
ちょいと気になりオクタで比較的安全そうなアズール先輩をおだてて、それとなく聞いてみたら実情が語られた。この世界のこの人ちょ、ゲフンゲフン。
ものすごく努力家で一生懸命で……ベラベラと1時間以上語ってくれた。得られた情報では、彼女は僕たちに隠れて泣いている。無理矢理男装してるとか髪は切りたくなかったとか、悲痛そうな表情で語られる内容に学園長との話の差異に不思議に思う。自ら茨の道を選んだのになんだそりゃ。かろうじてある女の勘が、ビンビン地雷要素を察知してるが実物を拝まないかぎりなんとも言えない。百聞は一見に如かずと言う。
その姿を確認できたのは、スカラビア事件のときにプリズンブレイクして魔法の絨毯でラウンジにスタイリッシュ訪問したときだった。ジャミル先輩の好感度はあがったものの、それとこれは別らしい。いつも通りのオバブロ直行。世は無情。大人の事情で先輩のハートを踏み躙った鴉を恨むしかない。
ジェイド先輩いがいの反応は前回とよく似ていたと思う。フロイド先輩は知らない先輩を庇っていたし、アズール先輩はツンデレ成分多めの同じ台詞だったけれど。とにかく、彼らがいないとスカラビア攻略は積む。私たち助けを求めた、また監禁されたくないからね。ツケは学園長に払わせるとして、さりげなくオンボロ寮に帰ろうとしたら捕獲された。やっぱりダメか。スカラビア事件はヤバイので誰かが止めなきゃいけないのはわかってはいるんだけどね。
「俺はここに残っているよ」
「え〜」
「足手まといになるし、ここにいるよ」
「一人は危なくねぇ?」
話し合いを黙って聞いていたその人は、フロイド先輩はサンゴちゃんと言っていた。食い下がるフロイド先輩と残るというサンゴちゃん先輩。初めて見る優しい顔に驚く。
(おお、これはこれは?)
どうやら、こちらの世界のフロイド先輩は真っ当なアオハルをしているらしい。よし、謎の逆ハー路線を打破するために、このサンゴちゃんとやらにこの恐ろしいウツボを一匹押し付けゲフンゲフン、善良な後輩としてくっつけてあげようじゃありませんか!!
こちらを辛そうに見たからバッチリ目を合わせた。どっからどう見えても女の子だった。サラシで胸潰しいるのであろうが、たわわなお胸であることはわかった。おっぱいデカいぞあのねーちゃん。こちら見るその視線にどんな人物かを見定める。二度目の人生が散々だったから、人間性を見る癖がついてしまった。
「先輩も力を貸していただけないでしょうか?」
サンゴちゃん先輩は驚いた表情をする。まさかそう言われると思っていないかのような。
「俺はこの三人みたいにすごい力なんてないからね。キミみたいに〝特別〟な〝魅力〟も持っていない。足を引っ張るよ」
(魔法使える人間がそれを言いますか)
辛そうな表情。実にわざとらしい。
どっかで見たことあるぞこの演技……あーーー!ジャミル先輩だ!
あの人の演技、本性知ってると何回か吹きそうになったものだ。わかりやすいのになんで前回騙されちゃったんだろう。もちろん今回もユニーク魔法はしっかり使用された。回避しようと思えばできるけど、あらかじめユニーク魔法知ってることがバレるとあの先輩がどう動くのか怖いから。
それはこの場でひたすら無言のまま真顔で凝視してくるジェイド先輩もだけど。いや、あの普通に怖いです。心を読まれているじゃないかと思うくらいブキミです。
サンゴちゃん先輩がいるのに、フロイド先輩は絡んでくる。
態度を見るに妹分として可愛がっていた感じのようだが、サンゴちゃん先輩の視線の中に嫉妬を感じた。オンナのジュラシー。この人フロイド先輩にホの字。ため息つきそうになる。この反応だと仲良くできなさそうだな。色恋で男が関わる女と女は色々あるもんだ。
問答無用で出来事は繰り返す。
起こるエピソードが違ったりしたが、だいたい前回と同じで。関わる関係はやっぱり違うのだった。例えばベタなラッキースケベ展開でアズール先輩とジェイド先輩にノーブラがバレたりとか。
「あの、その、まさか。貴女サラシか下着を身につけていないんですか……?」
「必要ないんでつけてないです。ブレザーごついし」
「問題大有りですね」
動揺するアズール先輩に、しれっと答える通算精神年齢三桁以上の私、笑顔のままダメだしするジェイド先輩。茹でタコのように真っ赤に染まるアズール先輩。
膨らむ両頬。イヤな予感。回避する前に放たれるハイドロポンプスミ。
ブシャアアア。
我が顔面へ噴射された。
「ぎゃあああああ」
目に刺激物が入り断末魔の悲鳴。
「な、ま、さ、さ、触ってしまっ」
「アズール落ちついて下さい。監督生さんの顔が墨塗れです」
「目が目がああああ」
「おや、目に入ってしまいましたね。我が寮の寮長の無礼をお許しくださいね。対処は僕が致しましょう」
「え、ちょ……拭くフリして、触ってません?」
「気のせいじゃないですか?」
穏やかな声音のわりに、さすさすとムネに大きな手の感触がする。流れるように行われる強制ラッキースケベ。ガッとジェイド先輩の手を掴むも、とんでもねぇ力で続行されるモミモミ。まな板だが許されざる行為。私は身の危険を感じ精一杯叫んだ。
「リドルせーーーんぱい!!この人チチを弄ってきますうううう!!」
ハートの国の裁判長へ通報した。
無事オフられた。言葉選びに品がないと私も怒られた。
さらに数ヶ月経ったある日。
成り行きでフロイド先輩の恋バナ相談にのる機会があった。アオハルなフロイド・リーチの17歳部分を目撃して、キュンとしたので赤飯炊きたい気分。あのフロイド先輩が好きな女の子の話をして顔を赤らめているのである。サンゴちゃんとのラブぜひ応援したい。あわよくばワタシライバルジャナイヨと意思表示したい。
そういうわけで、しばらくサンゴちゃん先輩周辺を見ていたが、なんとサンゴちゃん人気あるんだなコレが。おそらくラブ抱いているの知ってる二年生全員だ。ヤベェ。そんで謎なのが、私への好感度も同時進行上昇。節操ないな、というのが感想。
神様は女同士のデスゲームでもさせたいの?降伏していいですか?
ジェイド先輩だけはちょっと謎。思わせぶりは健在。
一年は関わりあんまないっぽいし、三年は見守っているような感じだ。ツノ太郎はサンゴちゃん先輩にも関わっていない。この世界のツノ太郎ぼっちなのかな……?
淡々と問題起こる前に鎮圧しつつ暮らす日々の中、ジェイド先輩が奇妙なことを言っていた。
「貴女は〝彼〟に嫉妬しないんですね」
楽しそうな歪んだ表情。その表情に懐かしさを覚える。
「ジェイド先輩は楽しんでますよね」
「なんのことでしょう?」
「フロイド先輩のアオハル、大切にして下さいね」
「はい?」
「大事な片割れの初恋くらい応援してあげて下さい。先輩ひっかき回しそうだから」
「貴女はフロイドに好意を抱いているんじゃないんですか?」
「先輩としては好きですが恋愛したいわけじゃないですよ?」
なぜ、そう思う。全力であの二人をくっつけようと奔走してるのに。
「……ほう、そうですか」
スッと細められる吊り目にヒュッとなる喉の音。蛇に睨まれた蛙の気分。はたしてその愉悦に歪む彼の表情は、わざと私に見せつけているのか。
盛大に選択技を間違えてしまったような気がした。
◆
私の努力もあってか、アオハル相談委員としてフロイド先輩と新たな関係を築きあげる。今回の相談は、最近サンゴちゃんの反応冷たくて、フロイド先輩はサンゴちゃんのことになると胸が苦しくなるらしい。
「いいですか!!先輩!!こういうのは強引ウェーーーイなくらいがクラっと来ちゃうんです。ちょいと深海に引きづりこむんです!両思いなんだからハッピーエンド!」
「ヤだよ!告白もしてねぇのに引かれるじゃん!」
ビシッと人差し指をフロイド先輩に指摘する。サンゴちゃんが冷たいのは、他のメス(私)へのスキンシップのせいだと主張する。陸でも海でも女はめんどくさいんですのよ!?とは言っても、私の恋愛の知識は少女漫画の知識くらいのもの。
これがフロイド先輩から聞くに、意外とベタなやつが効果がでてるらしい。陸の乙女との恋愛としてフロイド先輩に教えているが少女漫画の知識もバカにできないの。
「ふむ、ふむ。陸の女性はちょっと強引なくらいがちょうどいいんですね?すごく参考になります」
「え、いや……ジェイド先輩は参考にしないほうが……」
あれ以来、ちょっかいをかけてくるようになったジェイド先輩との心の距離は絶賛遠くなっている。今日もフロイド先輩との恋バナに紛れ込む。こいつが実行したらエゲツそうだし確実にトラウマもの。
「今度試してみますね」
「ジェイドはやめとけよ」
それを聞いたフロイド先輩が私を見ながら止めるので、やはり複雑な乙女心。マジな反応やめて。どこまで本気かわからないのに、誘惑してくるウツボに困ってます。
………ん?
その流れでいくと私が深海行きじゃねぇか!?
この世界の男はロクでもない!
ヤバイイケメンしかいないのか!?