短編


とあるサタデーの夜。

マジフト部へ遊びに行ったグリムが帰ってこない。あまりにも遅い。何かあったんじゃないかと心配始めたころに、玄関から物音がした。

「グリム!おそっ…い…」

なぜか四足歩行のグリムが口にナニカをくわえていた。薄汚れたナニカを。
え??これは、そのネ……的な?

「ぎゃあああ!?グリムーーー!おま、やっぱ猫だったんか!?その、ネがつく物体!元の場所に戻してきなさい!」
「猫じゃねー!ちげぇーんだゾ!?」
「土に埋めてきなさい!弔いも忘れずに!」
「注文が細けぇ!」

グリムはペッと雑に吐き出し抗議。ぎゃいぎゃいと言い争いになる。物体はポヨンと床を転がり───

「……ぬ」

弱々しい鳴き声が響いた。



できるかぎり泥や汚れを落としてやると、現れたのはかわいらしいお顔のぬいぐるみ(?)。私もついでに入浴を済ませる。気の利いたゴーストたちが魔法で乾かしてくれた。優しい。

ひたすら地響きのような腹の音が聞こえる小さなイキモノに、トレイ先輩からたまたま貰っていたお手製のオヤツをお裾分けする。驚きの速さで、胃袋(?)の中へと消えていった…洗ったときの触感はどう受けとってもぬいぐるみ。この食べ物のはどこへ消化されているのだろう?まぁ〜魔法のある世界なので、深く悩んでもキリがない。そういうイキモノだと思えばいいか。ボッーと考えごとをしていたら、パジャマの裾をちょいちょい引かれる感覚。手元に目をやると、小さなイキモノがじっとこちらを見ている。目と目があい、しばらく見つめあう。

(このぬいぐるみ既視感あるんだよね。この色合い……この姿……)

似ているようで、似ていない一つ年上の先輩がぼんやり思い浮かぼうとしたとき。

グゴオオオオオオオオオ。

「澄まし顔して主張が激しい」

腹の音で追加要求され、悩んだあと残りの全部を上げた。たぶん、コレ。食欲満足させないと、朝までお腹の音が鳴り続けるヤツ。監督生の勘が告げている。グリムが悲鳴と抗議を上げる前にすべて吸い込まれていく。ショックのあまり地に伏していた。立ち直ると私に文句言ってきた。

「なんで!!トレイのオヤツ!!全部あげちゃうんだゾ!!!」
「いいじゃん。それにグリムが連れてきたんだから、責任に持ってお世話しなさいよ」
「連れてきてねぇ!帰る途中にソイツがオレ様に付き纏ってきたんだゾ!」
「そうなの?じゃあ、なんで口にくわえてきたの?」
「そ、それは……シッシッて蹴散らしたのに、ちょろちょろ……うろつくから、落ち着かなくて、気づいたら口に……」
「グリム……それって、猫の本能てヤツだね。よしよし、お食べ」
「生暖かい目で見てくるな!ツナ缶差し出すな!!」

トレイ先輩のオヤツ代わりにツナ缶を差し出すと、口では言うもののちゃっかり受けとっていた。ひとまず、これで手をうってくれたらしい。チョロすぎて心配。

今度こそ。小さなイキモノは満足気にゲプゥとしながらお腹をさすり。自分とグリムのベットへといそいそ滑り込み、スヤァと眠りについた。邪魔にならないよ端っこに居る。気づかってくれてるらしい?そもそも、寝るんだこのイキモノ。

「コイツ、図々しいんだゾ……」
「うーん、飼い主見つかるまで保護かな。休み明けに先生に相談しようかな」
「えぇーーー!?」
「一日くらい我慢しなさい」

小さなイキモノ……呼び名が無いと不便なのでヌイちゃんは、寝顔は天使だった。ちょこんとしている姿は大変愛くるしかった。



「……ぬっ!ぬっ!」
「っん?」

頬をフニフニされる感触。うっすら閉じていた目を開けると、ヌイちゃんのドアップのお顔。起きあがって吹っ飛ばさないように、寝転んだ状態で片手の手の上を差し出すと、理解したのかぴょんと乗っかる。

「今は、朝の7時くらいかぁ。休日にしては起きるのには早いな……もう、なんの用ですか」
「グゴオオオオオオオオオ」
「……ああ、うん。ご飯ですね」

ちょっと冷や汗が落ちる。常にエンゲル係数と戦いつつ、その原因の同居モンスターが居るのだ。この消費スピードでいくと寮内の食料食い尽くす勢い。朝食を与えながら、うんうん唸っていると。ヌイちゃんがホホをパンパンに膨らませて、どうしたの?というらしき仕草。ううん、なんだかあざとい。

「あの…ですね。もう少し食事量を抑えて欲しいんです……ウチ、ビンボーなんで」

転がりこんできたイキモノに腰を低くするのは、今更どうなんだろうと思いつつも。ちらちら彷彿させる、知り合いの先輩の姿。気のせいだとひたすらモンモンを打ち消す。ヌイちゃんは、詰め込んでいたモノを消化すると、シュバッと姿勢を正す。食事は終わりのよう。納得してくれたらしい。

「ぬぅ……ぬっ!ぬい!」
「一応、意思疎通できるんだな」

喋っている言葉は理解できないがなんとなく伝わる。そういうものだと結論付け、今日は何しようかと考えた。



談話室の片付けをしようと裾を捲りあげ、ダラけているグリムを叱りつけていた。後ろから鳴き声。

「ぬっーー!」
「え?掃除手伝ってくれるの?」

あいかわらず、ぬぬん!と、わからない鳴き声で返事をするヌイちゃん。手には小さなミニホウキが握られている。どこで用意したのかジャストサイズだ。くそぅ……かわいい。

「えっと、ありがとう。でも……ヌ、イちゃんの小ささじゃ掃除しづらいと思うんだ」
「ぬっ!ぬーーー!」

小さなイキモノにその呼び名で呼びかけると、返事をしてくれた。心なしか喜んでるいるようだ。表情はぬいぐるみの澄まし顔なのに、纏う雰囲気と仕草で感情豊かに見える。不思議。気にするなと言うように、たん、たん、たんと軽い身のこなしで家具の上に辿りつき、ファサファサと埃を集めている。その小さな体に似合わず効率よく作業こなす。

「なんと。適材適所を理解してらっしゃる?知能が高い……?」
「にゃっははは!いくら身のこなし良くても、オマエにはオンボロ寮は広いんだゾ!オレ様の方がテギワがいいんだゾ!」

びっくりして固まっているうちに、終わらせたヌイちゃん。くるりと一回転し、どやっと自慢気の雰囲気。それを見ていたグリムは意地悪そうな顔してヌイちゃんを笑った。ダラけ姿で言われても、まったく説得力がない。

「………ぬぅ。ぬぬぬぬぬぬい、ぬぬぬ。ぬふっー」
「ハっ!?キシャアアア、ハラタツウウウウ!〝あなたのいいぶんにはせっとくりょくがない。わらわせてくれますね〟だと!?にゃろう!」
「ぬいー」
「大人しくしてろ!マクラの材料にしてやるんだゾ!この綿野郎!」

怒りだすグリムがヌイちゃんに飛びかかる。ヒラリとヌイちゃんは避けた。見事な躱しみ。感心してる場合ではない。

「ちょっ、ちょい!?待って、グリム!」
「きのうの夜は、オレ様に負けたクセに!」
「ぬぬ、ぬぬぬ!」
「〝たいりょくしょうもうによるはいいんです〟だと!?」
「ヌイちゃんの言葉、理解できてるの!?」

そこだ。グリムとヌイちゃんの会話がポンポン成立している。思い返せば、昨日の夜からこの二人の間スムーズだった。相棒にこんな才能があったなんて。言ってくれればいいのに!

「子分、ウルセーんだゾ!こんなの動物言語の範囲だ」
「動物言語範囲なんだ!?」



私の声を無視してケンカが始まり、最終的に昼間。

「ゼーハー、オマエなかなかやるな」
「……ぬ!」

オスの友情がらしきものが生まれていた。

アレー?
この光景見たことあるぞ。

狼耳の友人と元ヤンの友人たちの姿を思いだした。



夕暮れ時、私に危機が訪れていた。そう、素早いアイツ。人類の敵。その名は。

〝G〟

羽の羽ばたき。空中飛行。

(GYAAAAAA)

こちら、監督生。心の悲鳴が誤作動を起こし動けず。地面でカサついてるのならまだ対応できる。だが、飛行するのはダメだ。だから、駆逐はいつもグリム(食べないように)に任せていたのが仇になった。普通にキモイです!

シュバッ。

迫るGに為すすべなく、目の前で別の物体が動く。

パァン。

「ぬっ!」
「ヌ、ヌイちゃん!」

颯爽と現れ対峙してくれたその存在はヌイちゃんだった。小さな背中が男らしい。ヤダ!!カッコイイ!!

安心したのも束の間、虫の羽ばたき聞こえた。第二のGが出現したのである。

「フナァ!」

ブシャアアア。

第二のGを視界に捉える前に、磨かれたG専用のファイアショットで灰へとなる。

「オレ様も負けてはねぇゾ」
「グリムさん!」

かくして───オンボロ寮に平穏が訪れたのである。ここで終われば。数時間後に、これ機にG討伐レイド戦が開幕したが。

「……それ戦果?いらない!いらない!ぎゃああああ」

テンションガン上げのグリムとヌイちゃんから、対峙したGを献上されかけ違う意味で死にかけた。



お休みもあっという間に過ぎ夕食も通り越し、グリムとヌイちゃんと一緒にお風呂の時間。グリムはモンスターで頭の炎のあれこれがあるから、その対策をしてから入浴している。でも、ヌイちゃんはこう何度もお湯や水に触れていいものかと疑問に思う。ヌイちゃんという生命体(?)を知らないので、当人に直接聞いてみた。

グリムに通訳してもらい返ってきた答えは、ぬいぐるみを洗う感じでいいらしい。後は、ヌイちゃんに込められた魔力がいい感じになんとかしてくれるらしい。だいぶ大雑把なお返事だったが、そう言うならそういうことにしておく。でも、ヌイちゃん……自分がぬいぐるみだっていう自覚があるのね。本当この子何者なんだろう?

「ヌイちゃん、きもちいいですか〜」
「ぬーい!」

私自身ぬいぐるみを洗ったことがないので、スマホで調べて我流の手洗いになっている。洗面器の中で優しくモミモミするよう気をつけているけど、ヌイちゃんの反応を見るに苦しそうではなさそう。ちょっとくすぐったそうではある。

「ぬぬい♪」
「洗ってくれてありがとう、だとよ」

すりすり指先を頬擦りされ、私は力んだような変な声がでた。呆れ目のグリムがごく自然に通訳してくれる。頼まなくても進んで協力してくれるので、一日にしてはすごい進歩だ……明日には、先生に相談することにしてるから今後はどうなるかわからないけれど。

「なんかグリム、親分心が芽生えたのね。夕食もお世話してたし」
「ちげぇーし!オレ様の分を取られないようにしてたんだ!」

からかうように言うと、グリムが頬染めてプイと顔を背けてしまう。素直じゃないので、ふふと堪えきれず笑ってしまう。和解してからのグリムとヌイちゃんの様子を思いだす。ヌイちゃんは身体能力は高いが、だいたい10センチくらいのマスコットみたいな感じなので、歩行距離が短い。ちまちま歩く様子もかわいいけど、やっぱりある程度引き離されしまう。私が肩かどこかに乗せる前に、見かねたグリムが耳と耳の間の部分に乗せてやり、ヌイちゃんの定位置が決まった。意外とピッタリおさまってる。なんだか前に、仲の良い猫の頭にハムスターが乗ってる動画みたいだなと思った。

一息つき丁度よい湯船。バスタブの中、身を預ける。喋る人間くさいモンスターと人間くさい人形マスコットと関わっていると。

「……子供がいたらこんな感じなのかなぁ」

オンボロ寮では、ゴーストのおじさんたちとグリムしか居ない。他の寮みたいに、多くの人々と共に暮らすことはないから。この静けさが、たまに寂しさを覚える。約一日。なんやかんやあったものの、朝から晩で賑やかで、楽しかったかもしれない。

なんだか、一時だけ家族が増えたような気がした。



「そいや、オレ様思ってたんだけどよ、こいつジェイドに似てるな〜」
「ブッ」
「ぬい!?」
「自分もなんとなく、似てると思ってたけど……ちょっと待ってよ!それじゃあ、もし第三者に見られたら、ジェイド先輩に似たぬいぐるみ可愛がってたということでは!?ヤダーー!はずかしーーー!」
「急にオトメになるなよ」
「ぬぬぬぬぬい!ぬい!」
「オマエもやけに否定するな」


◇◇◇


上級生になると、錬金術の授業の一環で〝ぬい〟という人形を作る。人間の食事、意思疎通……ヒトのような生命体を創りだす。マンドラゴラの授業とはまた別で、己の魔力でどれだけ、姿・形・性格を自分に似せられるかで評価が変わる。いかに自分というものを理解しているか反映する、難しい授業だ。

人形を錬成させるのは禁忌の部類に入る。綿を媒体としたこのぬいぐるみには、昔から様々なトラブルがあり禁止されていた。

その一つとしては、ある著名な魔法士が実行したとされる記録がある。最初は人形が、生き物として自立していくうちに、知性がつき徐々に自我が強くなり感情が芽生えていき、その結果。

期限通りの消失を嫌がり、破棄しようとした製作者を殺し、その魔力を奪うという事件が起きたからだ。その後、逃げだしたぬいぐるみは、見た目はどう見てもぬいぐるみなので、そのフリをして一般家庭に潜伏し長期間逃亡し、魔法機動隊により処分される結末となった。

そんなキナ臭いぬいぐるみの錬成を長らく廃止していたのだが、その錬成自体は魔法士の力量を反映させる手段としては良く授業には取り入れやすく、昨今、然るべき場所での錬成ならば許されるようになった。もちろん、その対策必要として注意事項は細く決められていた。保管期限は自我が芽生える数日前、専用の観察ケース、過度の虐待禁止、観察レポートの提出……注意事項の多さに、学生には嫌がれる授業の一つと認識されている。あとは、例外はあるとはいえ成長段階の魔法士は未熟が多いため、件の事件のようにならないだろうという緩さだ。長く時間が経っているためもあるだろう。

常に社会は変化していく。その事件も大半の学生は知らない。錬金術の授業で、最初にこういう事件があったと話されるだけだ。成績優秀者も知識としては知っているが、特に取り扱いに注意を払うだけでそこまで意識はしてない類のものだった。

ある意味その専門分野となった類は───ある男の好奇心を刺激した。



モストロでの仕事を終えた夜。

事件を含むすべての事柄を把握した男。強すぎる好奇心の赴くまま実行したジェイド・リーチは、空になったゲージ見て珍しく困り顔のまま困っていた。ヒトガタと同じように食事がとれるので、せっかく丹精込めて育てたキノコ料理を日々、おしみなく振舞っていたのに。

「困りましたね」
「ただいまーアレ?ジェぬい居ねぇじゃん」

まかないついでに作ったきのこ料理が入っているタッパを机に置く。それと同時に、ゆったり帰ってきたフロイドの声が重なった。同室の兄弟であるフロイドは、ジェイドの一連の実験を黙認しているので、ごまかす必要がない。

「逃げられました」
「はっ?……マジ?……ぎゃははは!ひひひ、ジェぬいスゲェじゃん。さすがジェイド錬成したぬいぐるみ!」
「酷いです。フロイド」

ヒィヒィ笑うフロイドをジト目で見る。フロイドの呼ぶ、ジェぬい。錬金術の実験で制作した『ぬい』が逃げだした。隙をつかれ逃走に、ある程度の『ぬい』対策はしておいたはずだ。そこら辺は抜かりがなかった。

「あ……ここのゲージ少し網目が歪んでんじゃん」
「おや、点検はしていたのですが」
「ここかなり狭ぇけど、あのずんぐりでどう通りぬけたの?『ぬい』て、スゲェね」
「ふむ。あの事件の詳細通り一定期間過ぎて飼育すると、知性が芽生えるというのは本当だったのですね」
「感心してる場合かよ。早くセンセェに見つかる前に捕獲しないとヤベーじゃねぇ?あは、アズールにもバレたらヤバいかもね」

黙認して、ときたま気まぐれにかまっていたフロイドも共犯だが、他人事のようににやにやと笑っている。オクタヴィネルのモットーは自己責任。それを貫くようだ。兄弟の反応はさして気にしていないそれを承知で行ってきた。このままでは、一定期間を過ぎこの日まで『ぬい』の飼育をひそやかに行なっていたことがバレれば、それなりの罰則を受けさせらる。だが、この男の下準備は下準備でおさまらない。

「ぬいぐるみごときが、僕から逃れるなんて笑わせてくれます。ヤツが動く原動力は僕が込めた魔力。自分の魔力を辿るなんて魔法士を目指す者ならできて当然。勝手なことしないよう監視手段で、聴力と視界を共有できるよう繋げてあります」
「ガチかよ、怖ー」

にっこりと底知れない表情でエグい対策を言ってのける片割れに、それなりにジェぬいを可愛がっていたフロイドは少し引いた。たぶん、明日久しぶりの休日で山に行くと言っていたから、「手間かけさせやがって」という理不尽な八つ当たりだと予想した。山ときのこに関わったら変貌する。これ以上絡むのは危険だと思い、考え事続行中の兄弟をスルーしてフロイドは風呂へと思考を切り替える。

『ぬい』の居場所は、問題なくリンクが機能。

彼には気づかれず、視界と聴力をリンクさせる。少し驚く、思わぬところに転がりこんでいた。関わりのないはずのオンボロ寮のコンビが、これもまた中々にない『ぬい』の逃走に巻き込まれていた。

(素晴らしいトラブル体質だ)

山への準備断念し、少し不機嫌だったジェイドの機嫌はあっという間に上昇した。『ぬい』が魔力のない人間にどういう反応するのか様子が見れる。それから、自分を模したあの綿の塊が、彼女たちにどういう反応をするのか興味深い。『ぬい』には製作者の感情も反映される場合があり、自分の深層心理を把握できるという記述もあったからだ。

(あの二人には、負の感情はないつもりです。害を成すことはないはず。まぁ、僕に似て燃費が悪いのはご愛嬌ですね)

かの寮の食料を食い尽くす勢いで貪るジェぬいに、オンボロ寮の食料事情になんにも思わないこともないので。今度別の形で食料物資を補填しようと思った。それから、なんの対策もなく正体不明の生命体を世話する警戒心の無さにため息をついた。



そんな……余裕のあった男はなぜかムズムズした感情に苛まれ。実験動物たちを観察する研究者のように構えていたのに、一日の終わりかけには戸惑いが生まれていた。グリムとの謎の友情も、Gとの攻防戦も、ぬいぐるみの豊かな感情変化を感じたり。自身より友好的な関係を築いているのではと思いつつも、問題はそこではない。

『ぬい』の視点で見える。寝起きの姿、彼女から向けられる柔らかな表情や、触感はわからないが柔らかな手で包まれる様子に、心拍が妙に上昇する。それを、全部受けとるヒトガタに腑が落ちない。

(なぜ?あの……ぬいぐるみなんかに?)

大半の女性は、かわいいものが好きだということは知識として知っている。あのヒトガタは見てくれはかわいらしいものなので、ウケるのだということも。意識していなかった異性の一面を見てしまっただけだとふり払いたいところだが、『ぬい』の彼女に対する接触もジェイドを自滅させていた。あまり知りたくなかった深層心理だ。

『ヌイちゃんーグリムーお風呂入るよ〜』

(……は?お風呂?)

少女の声にはっと意識を戻す。慌てて視界リンク閉じた。いくらなんでも、ジェイドもやってはいけないことを弁えている。それに、異性の少女の裸を除く趣味はない。断じて無いのだが……自分似の綿ごときが少女と入浴を共にするのは、現時点で納得がいかない気がした。


視界リンクは閉じても、聴力リンクはそのままだった。
その言葉を拾ってしまった。

『子供がいたらこんな感じなのかなぁ』
「ムグッ」

浴室に反響して聞こえる少女の声に、苦悶の表情を浮かべていたジェイドは飲んでいた紅茶を咽せた。いきなり、何を言いだすのだこの人間は。

彼女からしたら、グリムもジェぬいも手のかかる子供にでも見えるのだろうか。そうなら、この世界に毒されすぎだと思う。一応モンスターと危険な存在にもなりえる人形だ。人間の子供ではない。

それなのに。

ガン。

(おや、おや、監督生さん、それはないですよ。そもそも、その人形、僕に似ていると気づかないんですか?それを子供て……いや、僕が生みだしたものなので、あながち間違ってはいないんですが、聞きようによっては僕との稚魚を育てて……おやおやおやおやおや)

ガンガンガン。

自分に似たぬいぐるみ愛でる監督生に、ジェイドはムズムズした歯痒い感情をわく。それに満更でもないことに気づいて、ふり払うのに必死になった。




その頃、フロイドはジェぬいの逃走に興味を失い、机に額を殴打するジェイドの姿にウルセーなと思いながら自身に防音魔法かけ寝た。寮生から苦情を聞きつけた、アズールが怒鳴りこんでくるまで時間がかからなかった。
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