短編
全ての出来事が終わり様々な困難を乗り越え、おとぎ話はハッピーエンド。異世界に迷いこんできた主人公は、そうして物語を見届けたあと元の世界へと戻る。それがハッピーエンドのはずだーーーここまで多くの影響を与えて置いて、帰れるとでも思ってるのでしょうか?
「監督生さん、どうしたんですか?」
オンボロ寮から学園へと向かう通り道、ポロポロと涙をこぼす監督生の姿を見つけた。彼女は明日帰る手筈になっているので、誰かと別れの挨拶をしてきたのだろう。彼女の側には『珍しく』誰もおらず、いつもまわりをちょろちょろしているあの魔獣もいない。
好機だと、思った。
手の甲で目元をきつく拭っていたので『用意』していたハンカチで優しく目元を抑えた。
「その拭き方では目元が腫れてしまいますよ」
「ジェ、ジェイド先輩。いつからいたんですか!?ち、ちちち近いですよ」
優しく聞こえるように耳元で囁けば、顔を真っ赤にする。前から近寄っていたのに気づいていなかったようで混乱していた。やはりどこかボンヤリしている。
彼女の顔は泣いていたせいあり、瞳は潤み頰はさらに赤く染まっていた。
(あぁ、可愛いらしいな)
笑っている顔も可愛いけれど、どちらかと言えば泣いている顔の方が好みだった。前にアズールにそのことを話せば、咎められなかったがため息をつかれた。
(今なら、連れ込めるでしょうか)
帰るとわかった時から、この世界に繋ぎ止める工作はたくさんしてある。それには、アズールやフロイドも協力してくれていて、あとはタイミングを見計らうだけだった。この場合、その一つであるモストロ・ラウンジのVIPルームへと引きづりこむのが確実だ。明日、お別れ会の用意をするということで『偶然』今日は休みだった。
仄暗い感情を決して悟らせないように。
ハイライトの消えた瞳は、緊張している彼女からにこやかに見えるように笑いかける。
「少し落ち着くまで、ラウンジで話をしませんか?」
明日帰るはずの監督生が泣いていたから、好機だと思いラウンジに連れ込んだ。
巣穴に連れ込めばじわじわと誘導して、壁際にまで追い詰め両腕で閉じ込める。体格差は一目瞭然なので、逃げることはできない。抵抗も微々たるもの。
人間を人魚にする薬を口移しで飲ませて、そのまま彼女の口内を味わうとようやっと唇を離した。口を手元で隠し、驚いた表情のままこちらの顔を見た。暗がりの中で見る自身の顔は、さぞ醜悪な表情しているだろう。飲ませた薬のタネ明かして、もう二度帰れないと囁く。
「ずっと一緒ですよ」
うっとりとした声が自身でもわかり、彼女の髪を右手でさらりと撫でる。
彼女はどんな表情で、僕を見るのだろう。
「両思いだったんですね!ジェイド先輩!私と…私と結婚して下さい!」
「ん?」
彼女は顔を赤らめて、言い放った。手元を口から話すと、力一杯というように自身に抱きついてきた。明日帰るはずの監督生からプロポーズされ、ジェイド・リーチは壁ドンしたまま硬直した。
「人魚になる薬ということは、先輩の実家で暮らすことになるんですか?私、海の中の生活初めてなんです。戸籍とかないし、先輩の方に籍を入れてもらいたいんですが…」
「子どもは、魚人式出産方法ですか?そ、それとも人間式…こ、これは早いですね!?」
「ご両親に挨拶…その前に、フロイド先輩とアズール先輩に挨拶…」
声には出していない心の声に応えるように、彼女はどんどん話を進ませた。なぜか明るい未来計画を話されてる。
自分が言うのもなんだが、あの流れでこれはおかしい。
そこは青褪めるところじゃないですか?
そんな流れではなかったはず。
え?どういうことですか?
そもそも、魚人式出産てなんだ。
落ち着けジェイド。
このままこちらが流されてはいけない。
「監督生さん、貴女何をおしゃってるのか理解してらっしゃるんですか?それより、僕のこと好きだったんですか?そんな片鱗すらまったくなかったじゃありませんか」
「それはこっちの台詞です。だいぶ露骨アピールしてましたよ。ジェイド先輩て、鈍感属性の持ち主だったんですか?好きになった理由を話だすとまとまらないので、ユニーク魔法使ってもらえませんか?」
「このユニーク魔法、そんな請われかたされるの初めてです」
「そんな!ジェイド先輩に心の中を暴かれたい人はたくさんいるはず!」
「認知したのは、貴女だけです」
「とにかく、ですね!」
「全部捨てるつもりで、あなたを愛しているんです」
全ての出来事が終わり様々な困難を乗り越え、おとぎ話はハッピーエンド。異世界に迷いこんできた主人公は、そうして物語を見届けたあと元の世界へと戻るーーーそれがハッピーエンドのはずだ。
(いつか帰らないと、家族も心配してるだろうし)
最初の頃は寂しかったし帰りたかった。ただそう思っていたのに、私はこの世界にいすぎたようで、いつからかこの世界で学ぶことが、生きることが楽しくて幸せで愛おしくなっていた。
そして、ある人魚さんに恋をしてしまった。
そんな理由で残る勇気もなく。でも、そう思うのは今まで育ててくれた家族を裏切るようで、親不幸者で、申し訳なくて最低だと思った。それにまわりのみんなは心配してくれて、気遣ってくれて、帰らないなんてこのままここで生きるなんて言えなかった。この世界には、私の居場所なんてない。戸籍もない無一文で、この世界の常識なんてまだまだわからない。傍迷惑な存在だ。なのに、庇護される子供の頃も終わりかけている。誰が、こんな厄介者を受け入れてくれるの?
夕暮れの通り道、夜に差し掛かろうとしている。この景色ももう見れない。ポロポロと涙が溢れる。思えばあっという間だった。目が覚めたら異世界に来て、わけのわからないまま色んな事件に巻き込まれ、色んなことを解決してきた。そうして、恋をしてしまった。それも火傷してしまうくらいの。
そんな時にその相手に逢ってしまうんだから、気持ちを抑えられるはずなんてなかった。
【ベタ惚れしてる相手が登場した監督生の涙】
無事に結婚した。
※※※
話には出てきてないけれど、未来の話も混じる。
【監督生】
ジェイド先輩のことを恋して愛してしまった女の子。好きな人に束縛されたい人。前々からプロポーズしようか悩んでいた。断られたら潔く元の世界に戻るつもりだった。その前に、でぃーぷきすされてずっと一緒とか言われて理性がふっとんだ。家族?つくればいいじゃない!
【ジェイド先輩】
愛情表現が捻くれているタイプのジェイド・リーチ。海の底に無理矢理つれて帰るつもりだった。全部貰ってから余裕ができて、陸で暮らすのもいいなと思ってる。最終的に元監督生・現嫁に頭が上がらなくなる。産卵式をとったら、リーチの遺伝子がハッスルしたのか食物連鎖を潜り抜けて子沢山になってしまう。でも、人間式でも子どもが欲しい。
【フロイド先輩】
「両思いだったんだ!よかったねぇ〜」ふらふら自由気ままに生きてつかず離れずだったけど、久しぶりにジェイドのところへ遊びに来たら稚魚がわらわらいて『うわ、なにこれ、どーなってんの?』状態になった。ジェイドにも似てるし、一部が自分にも似てるような気がするので、構う頻度が多くなっていって、子育て用員として自然に一緒に暮らしてる。
【アズール先輩】
「薬作りましたけど、あれ必要だったんですか?」陸に拠点を置いて商才を爆発させていたら、いき遅れた。別に双子がいるし元監督生さんとも話すから寂しくないもんとかいっていたら、友人が子沢山になっていて子育て用員として巻き込まれる。ジェイドの子どもたちなので、めちゃくちゃアズールに懐く。アズールもギュンてなってめちゃ甘やかす。もうパトロンになるつもり。でも、ひっそりと子どもたちの何匹が黒い馬車が迎えにくるのか気になってる。