覚えてないから諦めな
一度目の事件が起こった、少し後。
「アレは、アレは、ぼくのものに、するはずだったのにっっっ!」
イモムシになったモノを拘束し、はめていた
咽び泣くソレに人魚の男は冷めた目で眺めた。
あの元廃墟から立ち去ったジェイドは、仕事部屋へと昨日転移させた自寮の生徒を処理するためその場を訪れていた。事が事なだけに速やかに処理しなければならなかったが、想定外にあの雌と〝遊んで〟しまったので、色々としわ寄せてきている。
海の世界ならばこのイモムシの所業に対する〝制裁〟も咎められないのに。残念ながら、現在ここは陸の世界。相手も人間となると大事にはできない。今は共存していると言われていても、かつては種族が違う者同士で長き争いがあったほど。確執がすべてなくなったわけではない。不審がられないように、この学園から退場させなければならない。単独ですますものもあれば、ほぼこういったキナ臭い類いのものはアズールやフロイドも関わってくるので、そこまで煩わせないが……今回は違った。
彼らに手伝わせると、必然的にコレを処理する経緯を説明しないといけなくなる。ごまかしが通用しないのは身をもって知っている。特に察しのいい片割れは、あの雌と自身のアレソレに気づくだろう。なりゆきでニンゲンのメスと交尾しただけだと、秘めなくてもいいのだが―――それを知られずに隠したい気持ちから今回の件は単独で行おうとしていた。めんどくさいと思いながらも、無意識な独占欲が人魚の心に生まれているとは自覚していない。
このイモムシをどう処理しようと、思考は切り替えられていた。
「おまえのせいで、これだけに、どれだけ金と時間が、……くそっ……くそっ、×××野郎が!!」
もぞもぞと動き、恨み言を吐くこの目の前のイモムシは、どうやら自身の種族に嫌悪を持つタイプの人種だったようだ。血走った形相で睨みあげるニンゲンは随分と麻痺している。自分が今どういう立場にいるのか気づいていない。ジェイドは教えてあげるために、しかたなく、ソレの腹を少し強く蹴った。壁に叩きつける勢いで吹っ飛ぶイモムシ。潰れた声と硬いものが折れる音。
いつもの困り顔の表情でジェイドは、しまったと思う。どうして、陸のニンゲンはこんなにも脆い。力加減をしたはずが、一蹴りでこんなにも致命所を与えてしまった。難しいものだ。
NRCに選ばれただけに、それなりに気概はあるらしい。血反吐を撒き散らし死の恐怖を浮かべながらも、暴力を与えたジェイドに抵抗しようとしていた。やろうとしたことは稚魚のような少女に性暴力を働こうとしたことだが。その点については、薬への対応とはいえその稚魚のような少女を食い散らかしたジェイドが、大きな声で言えることでもない。少しだけ感嘆したジェイドだが、すぐに落胆する。
「こんなことして、ぼくの、ぼくのパパが黙ってないぞ!」
なんて、つまらない。
なにもかもめんどくさくなり、一旦片付ける準備をはじめる。親の威光をチラつかせて、結局親がなんとかすると思っている発言は面白みもない。
(この生徒のご両親は、どういった方だったでしょうか?たしか、いくつかの会社を経営する……)
副寮長へと就任したときに、調べた自寮の生徒の情報をあげていく。債務者でもなければ、そこまで関わりもない。またデータを調べ直す必要がある。重要視する家柄ではなかったはず。この学園は一部を除いて、ごまんと裕福な家庭で育つ生徒が多い。それぞれの環境は置いといて。
(まぁ、僕もコドモなので)
念のために、男は自身の〝家〟の力を頼らざるえないことも視野に入れた。その表情は子供というには凶相だったが。
手際よく進める傍ら、もう少しあの雌の反応を楽しんでいた方がマシだったかと、ぼんやりジェイドは考えて瞬時に否定した。〝彼女〟に恋情などない。その反応は楽しいが、責任をとってくれとまとわりつかれるのも少々面倒だった。理由あれど一線を超えてしまった男女の関係など、たくさんあるのだから。種族の考え方としても本意ではない。もちろん、ジェイドはそこらへんヘタを打たないよう対処は考えていた。
それが完璧な杞憂であったと気づくのは、数ヶ月後である。
その考えに至ったのは、授業のペアの関係で密室で二人っきりになったとき。多少はぎこちない態度の後輩から、あの時の〝性〟を微塵も感じない。薬の副作用で記憶が混濁していたとは思う。『時が経てば忘れる』とは聞いたものだが、それにしては………それにしても。
「どうしたんですか?先輩?」
「………監督生さんの頭の上に………いえ」
「その意味深い台詞なんですか!?」
まるで〝二人の間には何もありませんよ〟というその態度。きょとんとした雰囲気で見返してくる姿に無性に苛つき、そう区切って返せば、サッと顔を青くし慌てふためき両手で頭の上をはらう。いつも通りのマヌケな人間の姿。時間が経てば経つほど、ジェイドは監督生のその態度が気に食わなくなりギリっと心臓を握りつぶされる感覚に陥る。
(触れてみてはどうだろうか?)
ふいにわざと空いた片手で頭の上を撫で上げるとビクッとして固まる。幼さを残す顔に赤みがさす、恥じらう姿に不可解な苛立ちが消える。
「フフッ、すみません。からかいすぎましたね、ゴミがついていただけなんです。とれましたよ」
「今のとったというより、練りつけていませんでした?」
ほけっと朗らかに変わる後輩の姿に、理不尽にもまたジェイドは苛立つのだった。
(もしかすると、監督生さんはあの事件の記憶がごっそり抜け落ちている?元々、淡白な面も持ち合わせた人柄だとも思っていたが、いくらなんでもあれだけ交わっていて、この態度は……)
ジェイドは、自身のことをよく〝気がつく〟方だと自負していた。自身の中にいだくその不可解な感情も、それらしい理由をつけ処理したはずなのだ。
幾たびの接触も、変わらぬその様子に苛立ちは募るばかり。
(面白くないですね)
ならば、他の雌とも〝遊んで〟みるかと試そうとした。一度は性交のあれこれを経験している。足のつかない地で、似たような遊び目的の相手を引っ掛けた。だが、他の相手と性交をする直前に脳内で、乱れた彼女が現れた。完全な幻覚。咎めるようにそれは現れ、潤んだ瞳がこちら見上げてくる。邪魔をされそんな気分ではなくなった。
幾度か相手のメスに平手打ちをもらっても気にすることなかったが、ある女がジェイドに言った。
「坊や……忘れられない娘がいるんじゃない?」
「おや、坊やと心外ですね。僕にそんな相手はいませんよ」
美しい肢体の女の体を撫でるが、ぱしりと手を払い除けられる。
「あなた、良いオトコだと思ったのだけれどザンネンだわ。ダレかを忘れようしているうちは、こういうオアソビはやめときなさいな。コウカイするわよ?」
艶やかに揶揄うように笑う雌は、するりと着替えて部屋から出ていった。呆けたままのジェイドはどさりと寝転び舌打ちする。
『ジェ……せんぱっ……もっと』
ああ、幻聴までも聞こえるようになってしまった。
その試みも無駄に終わりやめてしまってから、ジェイドはタイヘンだった。監督生の姿を見るたびに会話するたびに、自分の下で乱れ求める女の姿が幻視と幻聴でひっかきまわすのだから。自身の動揺を気づかせるつもりはないが、何事もなく普通の様子の少女に怒りを募らせる。
そう、そんな状態で。
自身を乱す雌が、同年代の雄と触れあう様子を目撃した。
カッと熱くなる視界。ゆらりとその場を向かおうとしたとき、近くにいたフロイドがジェイドの肩を掴んだ。
「………ジェイド、あのさぁ、小エビちゃんとなんかあったの?」
「何も、ありませんよ?」
その衝撃で今自身は何をしようとしていたのか動揺する。フロイドは意外そうな表情でこちらをガン見し、言いにくそうに言葉は途切れ、その返答に眉をひそめる。
「はぁ〜〜〜あのさぁ、気づかねーの?いや、薄々気づいてんだろ」
「何をです?」
「ごまかすのヘタになったねぇ。カニちゃんたちや他の雄と居るだけで、瞳孔かっぴらいてんの気づいてないわけ?」
「それは」
「それ、ねぇから。ツガイでもねーのに。他の雄にとられんのイヤなら、さっさとケリつけてこいよ………じゃあ、オレ、気分じゃねぇから寝てくるわ」
掴んでいた肩から手を離して、ひらひらと手をふり立ち去っていく。
第三者から見ても、今の自分はおかしいと気づかれている。それは、自身の片割れにそこまで指摘されれば、受け入れざるおえなくなる。
少女の痕を治してやらなかった、その行動を訳を自覚するには数ヶ月の月日が流れている。止むを得ない事情で交尾した後輩の態度、予想だにしていなかった様子に心は躍らない。彼女の日常を眺めるのは日課になり、淡白なその態度に残念だと思ってしまう。男女の関係になった後に、起こるその後の展開を。普段なら想像通りの展開を望まない自身が、その反応こそを求めていた。
もう、ものたりない。
もっと欲しい。もっと味わいたい。
こんなに求めてしまうのは、あの子だけ。
認めてしまった男が、転がり落ちるのは早かった。
◆
それが、今。
「オマエ……もちゃ……普段はなんでも、できるクセに……もちゃ……メスへのアプローチ、サイアクなんだゾ……もちゃ!」
「グリ坊も言うのぉ〜」
「うん、うん、そうだよねぇ〜人魚の坊や、このアプローチはかなり最悪な悪手だよ?」
「図太くて鈍感なあの子に意識させるのには、絶大な効果もしれないけれど、あんな事件があった後に、その手を使うのは考えもんだ!無理矢理はダメ!!」
「ジェイドらしくないんだゾ、オレ様たちに餌付けでとりいる?とか、モストロのメシでつる?とか、もっと良い方法があったはずだろ!ニンゲンよりのオスはなんですぐにコウビしたがるのかわかんねーんだゾ!」
「ジェイドくんは人魚だけどね〜。グリ坊、どさくさに紛れて要求するんじゃないよ」
「この年頃の恋する青少年は暴走しがちじゃからのぅ、ワシも若い時は」
「今の状況で語り出すなよ、じいさん」
「イデアの奴から聞いたことあるぞ、そーいうのキャラほうかいって言うんだぞ!!」
「君ならもっとスマートにアプローチできたのに」
「体から始まった関係の場合どうしても体からになるわけよ」
ジェイド・リーチは、ゲストルームにて看守のごとく囲い込むグリムとゴーストに、なぜかダメだしをされていた。男からすればはるかに小さな存在である獣が、向かいのソファにふんぞりかえりながら足組みして、ツナ缶を貪りながら非難する。なんだ、この状況。軽蔑されていてもいいと考えていたが……なんともいえない空気に飲まれる。ジェイド17歳、公開処刑だと認識しつつあった。
(僕は一体何しにきたのでしょうか?)
欲と熱でのぼせていた思考から、ある種の賢者タイムへと入ろうとしていた。変身薬使用している[[rb:人魚> 雄]]、喋る[[rb:魔獣> オス]]、現在は[[rb:ゴースト> 雄]]なおかしな組み合わせ。繰り広げられる内容は、あっさりとしているが生々しい猥談。もう一人の当事者である少女には、聞かせられない内容に進みゆく。ある程度良識あれど、ここはロクでもない素質も備え持つ輩の巣窟NRC。かつてのOBも、現生徒も、なにかしら悪性的な面を見せていた。
その空気を変えるように近づいてくる小さな足音。
少々慌ててゴーストたちが声のトーンをおとす。
「おっと、お嬢ちゃんが来るね」
「今の話は終了じゃ」
「オレらはこの場から退室するけど、監視はできる範囲にいるから」
「今回はオレ様も空気てやつを読んでやるから、あいつとちゃんと話し合うんだゾ」
好き勝手に言葉を残して、窓から床から壁から去りゆく姿を呆然しながら見送る。
深夜、簡単にオンボロ寮へ侵入できたことから、なにかしら把握していたのかもしれない。そして、そんな不祥事を起こした男と少女を二人っきりするということは、それなりに信用されていなければならない。あの夜からジェイドが自身で自覚する前に、彼らはジェイドのそれを見透かしていたのだとしたら―――
「グリムくんはともかく、ゴーストさんたちには見抜かれていたんですかね」
「……予想外のことばかり起こります」
素性も知らない雌に笑われ、片割れに指摘され、今度はオンボロ寮の彼らにもそれをつきつけられる。
年相応らしい表情で、彼はぼそりと呟く。
ゲストルームの扉から入ってこない少女の元へジェイドは立ち上がった。
◇◇◇
二度目の事件が起こる、少し前。ジェイド・リーチとのワンラブ事件から数ヶ月が経つ。
監督生の中でアレをどう表していいのかわからず、そのように例えていた。相手にそういった情を含んだ意識はしたことはないのでラブもあったもんじゃないのだけど。行為中の記憶はなく、体の倦怠感も数日で治った。残るは〝その行為があった〟とされる情交の痕。自分の体に残るその痕は、記憶がないにしろ、見てはいけないものを見てしまったあの複雑な心境になるのであまり見ないようにしている。自然治癒し消えるまでピッチリと制服を着込むつもりだ。
少女の中で〝事故〟として静かに処理されたあとの日常は、何事もなく穏やかに過ぎていく。
劇的な変化をあげれば……ゴーストともに今回の事件の詳細(ジェイドと媚薬は伏せて)を報告しに行くと、あの学園長も事態を重く受け止めたのかその後の生活の質がぐんと上がった。多方面での変化を上げるとキリがないのでそのへんは省くが、あのヒトにしては破格の対応だったと言っておく。その際、未遂ではあるが自校の生徒が起こした一連の所業は極秘となっている。要は学園の闇に葬りさられた。これに関しては、監督生の立場が極めて複雑であることからも絡んでいるのと、彼女自身がそこまで犯人以外の誰かに責任を追求したいとも思っていなかった。できる限りの処置は施されたものの、オンボロ寮の関係者と学園長が知るところのみである。
件の生徒は自主退学処理され、当の本人には連絡もつかないという。なんでも、親の会社が破産したとかなんとか、ごにょごにょと学園長は濁していた。なんだそのタイムリー……薄笑いのジェイドを思い浮かべて、気になるが藪蛇はつつかないと決めこんだ。
「所属寮がオクタヴィネルですからねぇ」
現時点での表に立つ学園の責任者としての発言はどうなんだと思うものの、なんとなくこの目の前の仮面の男は全貌を把握していると思った。わざわざ掘り起こす必要はない。きっと、今回の件は見逃されている。
ジェイドの言葉をそのまま受け取ると、もう二度現れない。
喜んでいいものか、また複雑な気持ちになる。再度接触の恐怖がないことは安心していいと思っていても、こんな自分でも性の対象として見られると知ってしまった以上、自分自身の今後の意識も変化させる必要があった。
再び彼と顔を合わせたその日。
校舎へと向かうメインストリートで、急に休んだことでエースやデュースに気にかけられていた。その場を横切る、同じく登校するオクタヴィネルの三人組。そのまま通りすぎるかと思われた面々がこちらへ近寄ってくる、アズールに声をかけられたときはビクッとしたものだ。もしかしてあのことを知られていると一瞬緊張したが、いつもの様子でふるまわれ、珍しくモストロの割引チケットをもらったのを記憶している。
その後、どこから聞きつけたのか他の先輩や同級生たちも自身の顔を見にお見舞いもどきに会いにくるので、ちょっと挙動不審になった。やっぱりデリケートなことが絡んでいるので、他者に知られたくない不安があったから。
「一日休んだだけなのに」
「んー、まーね。たぶん、あんだけ事件に巻き込まれてもだいたいぴんぴんしてるお前が、体調不良で休んだの、それなりに衝撃だったんじゃない?」
「事件に巻き込まれていないのに急に休んだからな!」
「自分は一体なんだと思われてるの??」
この世界の常識からしたら、魔法なしの異世界からきたというのは特殊だとしても、正真正銘のごく普通の[[rb:女子高生> 男子校生]]だ。普通に体調不良になるよと、反論すれば笑われるだけだった。いつものような冗談を言いあう応酬に、その空気に強張っていた心が優しく解かれていく。それと同時に、記憶にない恐怖は別の形に変えて監督生の心をじわりと蝕んだ。
もし彼らが、休んだ本当の原因を知ったならどう思う?
自分に向けるその目が変わってしまったら?
ジェイド・リーチの変わらない態度は、監督生にとって以前の日常に戻していくものだった。性的めいた接触はあの日限りで、それ以降はメッセージのときのような距離感を保ち、からかいを含み接することなく、そのいつも通りの様子は安心させたのだ。気掛かりだった痕は、時間経過ともに自然治癒で治っていく。もはや日常の一部と化している大小の事件が、イレギュラーなあの日の〝事故〟を幻にさせる。
安心した気持ちと、少しだけ落胆した気持ち。
知ってしまった大きな手でなぞられた感触をわずかに焼きつかせたまま、二人の関係だけが何事もなく先輩と後輩に戻させた―――そう、思いたかった。
意識した異性の視線というのは、思っていた以上に気にしてしまうものだと知る。常に目と目があうといったことはなかったけれど、ジェイドから観察されているような視線を度々感じていた。日々、それは強烈になっていく。それでも、それは気のせいだとごまかす。心の奥底で期待するようなものじゃないと。それを気のせいでごまかせなくなったのは……エースに少し怯えたように小声で話しかられたことがよみがえる。
「監督生、お前さ、ジェイド先輩となんかあった?」
「え!?何が!?」
「心当たりないのかよ……気のせいかもしんねーけど、最近ジェイド先輩の視線がめちゃ怖いというか、眼光で刺してくんだけど」
「は!?まさか、グリムがまた……!?」
「その可能性もありそうで否定できね〜わ、事情聴取しにいくかあの毛玉に」
これ以上怪しまれないよう、申し訳ないが相棒の名をだして隠れ蓑にさせてもらう。バクバクと鳴る心臓のまま取り繕う。一人にならないよう、隙を作らないよう、なるべくマブや同級生たちと一緒に居ることがあたりまえになった頃。
私は―――私を遠くから、こちらを見つめるその瞳に、あの熱を捉えてしまった。
あの事件が起こる前の、私たちの関係はどんなものだった?
今では淡く思い出せない。
それまで築いていた関係を、あの事件は大きく変えてしまった。
◆
真面目に浸る思考、束の間の記憶を思いだして。記憶がないことを喜んでいた少女は、今は泣きたい気分だった。
ポリスマンことグリムとゴーストたちに夜這いは未遂として阻止され、ジェイド先輩は学園長への元へと連行されそうになったが、私はそれを止めた。今回の行いについては考えものだが、訳の分からないまま状況整理できず、先輩が謹慎もしくは退学になるような大事にはしたくなかった。
そんな私を、ゴーストたちは困ったように顔を見合わせて、寝室からゲストルームへ場所の移動を提案した。その際に私は寝間着から制服に着替えるよう促される。このおかしな空気を切り替えるためも兼ねて。その提案に私は素直に頷き、みんなが寝室から退室後になるべく素早く着替えた。
本来なら[[rb:学園長> おとな]]に報告し相談すべきだ。それはわかってるのに、それで終わらせたくはないと思ってしまった。混乱していた心は落ち着かせ冷静に考えられつつある。
ジェイド先輩の変化に私は気づいていた。だけど、気のせいだと知らないフリをしていた。
そして今、突きつけられた明確な好意に、向き合わなければならない。きっと、これは。あの[[rb:人魚> ヒト]]と今後の自分自身の未来が変わってしまう、人生の分岐点に立たされている。
ホワンホワンと、浮かび上がるジェイドのあられもない姿。神妙な心持ちを台無しにさせるスーパーお色気回想。
(違う!違う!違う!?違いますって!!先輩はすごくえっちだけど!!思い浮かべるのはそれじゃなくて!!……でも、私……あの人と……)
「ほぉわあああああ!!」
つい先ほど、強烈に焼き付けられたセシンティブな記憶を思い出し、一人百面相する少女も思春期を刺激されていた。『記憶なくてもヤってることは、ヤっているんですよ!』脳内でビシッと人差し指を突きつけるもう一人の自分の姿。その言葉はエコーしていた。
まんざらでもなかった。嫌悪感はなかった。恥ずかしかっただけで。
ごろんごろんといつの日にかのように転がる奇行に走る娘。パニックていたが実のところまんざらではなかったと気づき、羞恥や普通の欲求、恋情、ぼろぼろと自覚していき、現在様々な感情にふりまわされていた。
幸いなことに、別室のいる男どもには知られてはいなかった。
ゲストルーム扉の前で深呼吸をする。
(失礼します、なんて言ったほうがいいのかな?)
自寮なのにそれはおかしいかと、どうでもいいことで悩む。いつまでもココで尻込みしているわけにはいかないのに。一枚の板を隔てて賑やかな気配はない。シンとした静寂。この扉の向こうにはグリムもゴーストもいないのがわかった。正確には、どこかで見守っていてはいてくれてるのだと思うけれど。
ジェイドだけがいる、と考えたらもだもだしてしまう。相手も自分を異性と意識している。先程しっかり自覚して意識している相手と対面するには、やっぱり今の自分には時間がかかるのだ。
その時、扉は開け放たれた。
◇◇◇
部屋の中と廊下の外と境界線で対面する形となった、ジェイドと監督生の間には沈黙が続く。しばらくして話を切り出したのはジェイド。
「………いまさら何を言っても、きっと疑われてしまうのでしょう。左目に誓って、僕の本心を包み隠さず素直に自白します」
「じ、自白!?なになになに!?怖いです!?」
唐突に始まろうとする独白劇。本音を言わない男の本心、それはそれで怖かった。それでも、それを聞かないかぎり何も進まないと、バクバクと鳴る心臓を落ち着かせるよう手を置いた。いつか見た熱が篭ったヘテロクロミアを確認して、目が逸らせない。どちらからか、ごくりと喉が鳴る。
聞く姿勢をとる監督生を見てジェイドは。
「交尾は毎日したいです」
「毎日!?」
「僕の稚魚三桁は産んで欲しいです」
「100匹以上!?」
「他の雄と仲良くしてる姿はとても腹ただしく噛みちぎってやりたくなります」
「重い!!」
ガチンと彼独自のギザ歯が接触した音が鳴った。
正直重い。激重い。もっと、スタンダードな告白をしてくれ。その欲望はもう少し心にしまっておいて欲しかったと、何度目かの刺激にすでに意識が飛びかけそうになっている。白目になりかけながら気力で踏んばる。
「僕はあなただけに触れたい」
さきほどまでの勢いはなく、吐息のようなこぼれた言葉に全身が熱くなる。雰囲気に飲まれてはいけないのに、無意識にそれに答えるように囁き返した。
「……私も、あなた以外に、触れられたくないです」
最初からぶっ飛ばしてきやがる男にドン引きはしても、もう決まっていた。
廊下の外から部屋の中へ一歩踏み出し、ジェイドに近づこうとして。ものすごい力で抱きしめられた。加減はされていて痛みはないが、ゼロ距離密着はまだ慣れない。でも、嫌じゃない。
「き、すしてみても?」
性急すぎるその問いかけは、熱に浮かされ甘く響く。
「は、い」
「っ!」
了承を得たとたん、ガッとジェイドは理性のネジを数本飛ばし、強引に小さな唇に喰らいついた。フレンチキスの触れあうだけのものを想像していた少女は「!?」の状態になる。人魚独自の長い舌は口内を蹂躙していた。
(ディープキッッッス!?)
口を塞がれ叫び声が上げられず、ジェイドが満足するまで堪能される。男の腕の中でどろどろに溶かされた思考は警鐘を鳴らしている。幾分か経験値を得ている少女もこの後の展開を容易に想像できた。
きゅーくるるるるる。くるっ。
ジェイドの喉奥から動物の鳴き声が聞こえる。
「……ユウさん、僕、ユウさんとえっちしたいです」
さっきまで交尾や稚魚だとかのたまっていた男が、あざとらしくおねだりしてくる。細身であるが大男が可愛っこぶっている。確信犯である。そうわかっていても、可愛く見え絆されそうになっているのだから、自分もだいぶ恋愛脳とやらにおかされている。ラブとは恐ろしいもの。
このまま流されて身を捧げたい気持ちもあるが、僅かに溶かされていない理性が、少女を監督生へと戻す。
「ダメです!今はダメです!こ、こどもだから!!」
「こども同士でも、できたでしょ?」
「(それはそうだけど)記憶がないのでカウントしません!」
「この際言っておきますが、貴女の処女は僕が散ら」
「ちょっと、ちょっと!!それは否定してませんから!!そういうのやめて!!」
「では、いつ頃?」
「え?えっと、大人になったら」
「曖昧すぎます、貴女の言う〝大人〟とはいつ?」
「学校を卒業したら」
「……」
彼女の世界では20が成人だった。学校を卒業したとしても未成年の枠組みだが。
それが少女の譲歩だった。寮生活でしかも在学中。脳内にチラつく「えっちなことはダメですよ!!」と裏声を使う仮面の男。一応学園の敷地内に入る場所で性行為なんぞもってのほか。前回のアレは不可抗力だと考えでいるのだから。たとえヤルことヤッテいたとしても、アウトなやばい薬が関係が絡んだゆえに、対処せざるおえなくなった〝事故〟という認識のままだった。
ただし、思春期NRC生がそれで納得するわけがない。瞳からハイライトを消し、ニッコリと笑う美麗な男。
「なら、大丈夫です。海の世界では、僕はもう成魚の分類です」
「私人間なんで!!ここは陸の世界なんで!!」
「避妊具と、[[rb:避妊魔法> バフ]]でもかけましょう。ほら、大丈夫。二重ロックのセキュリティです」
「なにが??意味わかって言ってます!?先輩キャラ変わりすぎでは!??」
「稚魚は欲しいですが、二人の時間は大事にしたいので子づくりは気をつけましょうね」
「会話が成りたたない!」
かくして、再びえっちなおねぇさん化としたジェイドに猛攻をしかけられるが、やれやれと雰囲気をまとったゴーストたちの登場により、未遂第二グラウンドは終了した。捕食モード全開のジェイドは、いつか必ずわからセをすると、必ずするのだと、心に誓いを立てて幕は閉じた。
◇◇◇
「僕たち結婚しました」
吹っ切れかっ飛んだ浮かれ人魚の宣言で、また新たな騒動が起こることになる。
未来の義理のお兄さん曰く。
「アレ、宣言つーか牽制だから。小エビちゃんも周りの雄との距離考え直した方がいいよ?ヘタすりゃ死人でるから」
「死人でるの!?」
始まりはなりゆきだとしても、覚えていようが無かろうが、どう転んでも諦められたりしない。
普通の恋も愛も難しい、二人の関係はまだまだ始まったばかり。
end