短編
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「あの、僕と付き合ってくれませんか」
なるべく笑顔で、平静を装ったものの、こんなに緊張することはめったにないだろう。
唇は俺の意志と反して震え、先ほど決起のために飲み干したドリンクはどこへいったんか、喉はカラカラに乾燥している。
目の前の彼女はびっくりして目を丸くしている。
「急にこんなこと言われたら驚きますよね。すいません。でもあなたのことを好きになってしまいました。」
『え、待って…私あなたのこと知らない…』
「僕、伊沢拓司と言います。」
自己紹介をすれば、彼女は『あ、はい』と律儀に返事をしてくれたが、『いや、そうじゃない』という顔をした。きっと知りたいのは俺の名前ではないとわかっていて名乗った。
彼女が今知りたいのは、何故今自分が知らない男に話しかけられているのか、いきなり告白されたのは何故なのか、あとはそもそも俺の素性もだろう。
「よくこの店来てますよね」
『ええ…。会社が近くて…。』
「僕もなんです。この近くがオフィスで。」
『あの…、さっき…付き合うって聞こえた気がしたんですが…』
「ええ。確かに言いました。」
『い、伊沢さん…?はどうしてそんなことを…?』
「あなたを好きなったからです」
歯の浮くようなセリフに背筋がぞわっとする。
本心ではあるが、今は余裕のある男を演じていたいのだ。
『どうして…?』
「ずっと見ていました。あなたがここでコーヒーを飲むのを。僕はあそこの席によく座っているんです。」
自分の中での定位置となっている場所を指さす。彼女の視線がそちらの方向にうつった。
『へえ…』
「あなたもここが定位置ですか?」
『んー、定位置というわけでもないけれど、いつも同じ場所に座る習性はあります。』
「僕もです。一緒ですね。」
一瞬彼女の顔が曇った。同調は、好きな人同士では多大にその関係性を高め合えるが、そうでなければ逆効果だ。
まさに、彼女にとっては不信感を募らせたのだろう。
『……あの、あなたが好きになってくれた気持ちは嬉しいです。だけど知らない人とは付き合うつもりはないです。』
彼女はきっぱりとそう言った。これでこの話を打ち切ろうとしたのだろう。しかしこう返答されるだろうことは容易に想像がついていた俺は、
「じゃあ、僕の事を知ったら付き合ってくれると?」
と、シミュレーション通り返した。
「僕に3回チャンスをくれませんか?」
『3回?』
「はい。3回、僕と食事に行ってください。僕は3回目の食事でまたあなたに告白をします。その時に改めて返事をもらいます。
僕がその3回であなたの不信感をぬぐえなかったら、潔く諦めます。どうですか?」
『どうって…』
「あなたを精一杯楽しませます。」
ああ言えばこう言う。
食い下がる俺に圧倒されたのか、はたまた対応が面倒くさくなったのか、彼女は『じゃあ…3回だけ…』と了承した。連絡先を交換し、まず1回目の食事の約束をした。
「もし約束の3回が終わってしまってもこのカフェに僕は来ます。でもあなたのことは見ないし、話しかけたりもしません。だから、あなたも来てくださいね。ここのマスターが寂しがりますから。」
俺はそれだけ言って、店を後にした。
緊張で心臓は口から飛び出そうだったが、余裕のある男でいられただろうか。彼女を最低限気遣えただろうか。
決して多くはない俺の恋愛経験値。彼女に好きになってもらう時間を作る手立てを一生懸命に考えながら歩いた。
「約束の1回目まで、あと3日…」
春先とはいえまだ夜は冷える。
俺のつぶやきとともに白い息が夜の街に溶けて行った。
なるべく笑顔で、平静を装ったものの、こんなに緊張することはめったにないだろう。
唇は俺の意志と反して震え、先ほど決起のために飲み干したドリンクはどこへいったんか、喉はカラカラに乾燥している。
目の前の彼女はびっくりして目を丸くしている。
「急にこんなこと言われたら驚きますよね。すいません。でもあなたのことを好きになってしまいました。」
『え、待って…私あなたのこと知らない…』
「僕、伊沢拓司と言います。」
自己紹介をすれば、彼女は『あ、はい』と律儀に返事をしてくれたが、『いや、そうじゃない』という顔をした。きっと知りたいのは俺の名前ではないとわかっていて名乗った。
彼女が今知りたいのは、何故今自分が知らない男に話しかけられているのか、いきなり告白されたのは何故なのか、あとはそもそも俺の素性もだろう。
「よくこの店来てますよね」
『ええ…。会社が近くて…。』
「僕もなんです。この近くがオフィスで。」
『あの…、さっき…付き合うって聞こえた気がしたんですが…』
「ええ。確かに言いました。」
『い、伊沢さん…?はどうしてそんなことを…?』
「あなたを好きなったからです」
歯の浮くようなセリフに背筋がぞわっとする。
本心ではあるが、今は余裕のある男を演じていたいのだ。
『どうして…?』
「ずっと見ていました。あなたがここでコーヒーを飲むのを。僕はあそこの席によく座っているんです。」
自分の中での定位置となっている場所を指さす。彼女の視線がそちらの方向にうつった。
『へえ…』
「あなたもここが定位置ですか?」
『んー、定位置というわけでもないけれど、いつも同じ場所に座る習性はあります。』
「僕もです。一緒ですね。」
一瞬彼女の顔が曇った。同調は、好きな人同士では多大にその関係性を高め合えるが、そうでなければ逆効果だ。
まさに、彼女にとっては不信感を募らせたのだろう。
『……あの、あなたが好きになってくれた気持ちは嬉しいです。だけど知らない人とは付き合うつもりはないです。』
彼女はきっぱりとそう言った。これでこの話を打ち切ろうとしたのだろう。しかしこう返答されるだろうことは容易に想像がついていた俺は、
「じゃあ、僕の事を知ったら付き合ってくれると?」
と、シミュレーション通り返した。
「僕に3回チャンスをくれませんか?」
『3回?』
「はい。3回、僕と食事に行ってください。僕は3回目の食事でまたあなたに告白をします。その時に改めて返事をもらいます。
僕がその3回であなたの不信感をぬぐえなかったら、潔く諦めます。どうですか?」
『どうって…』
「あなたを精一杯楽しませます。」
ああ言えばこう言う。
食い下がる俺に圧倒されたのか、はたまた対応が面倒くさくなったのか、彼女は『じゃあ…3回だけ…』と了承した。連絡先を交換し、まず1回目の食事の約束をした。
「もし約束の3回が終わってしまってもこのカフェに僕は来ます。でもあなたのことは見ないし、話しかけたりもしません。だから、あなたも来てくださいね。ここのマスターが寂しがりますから。」
俺はそれだけ言って、店を後にした。
緊張で心臓は口から飛び出そうだったが、余裕のある男でいられただろうか。彼女を最低限気遣えただろうか。
決して多くはない俺の恋愛経験値。彼女に好きになってもらう時間を作る手立てを一生懸命に考えながら歩いた。
「約束の1回目まで、あと3日…」
春先とはいえまだ夜は冷える。
俺のつぶやきとともに白い息が夜の街に溶けて行った。