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第2章 息子達


 気を失った息子を抱いて、ゼトアは彼の自室の扉を開けた。部屋にはさも当然のようにグリアスが待っており、大きめの寝巻を揺らしながらベッドから立ち上がった。
「教会には近づかないんじゃなかったの?」
 普段と変わらぬ上目遣いのなかに、こちらを嘲る光がある。小さな口が言葉を紡ぐ度に、部屋に漂う甘い香りが増すような気がした。
「天使はもう降りてきている。お前も感じているだろう」
 ときおり教会から強い聖の波長を感じた。あれは天使の降臨が順調に進んでいるということだ。奴の精神はもうこの地表に顔を出している。降りてくるのが奴ならば、多少の接近は気にしないはずだ。
「ゼトアさんといい天使といい、ほんとでたらめな魔力だよね」
「お前が言うな」
 ケラケラと笑う小悪魔に短くそう返しながら、息子の身体をベッドに横たえる。小さな呻きに二人して意識を一瞬持っていかれる。
「ほんと、いやらしい声。可愛い」
「お前のおかげで魔力を感じることが出来るようになったらしい」
「けっこう魔力を流し込んだからね。おかげでボクの方はいつもお腹ペコペコになっちゃうよ」
 敢えて息子の隣に座る。ギィっと頼りない音を立ててベッドが鳴いた。少年の目が細められる。
「ねぇ、ボクはゼトアさんのこと大っ嫌いなんだけど?」
 首輪をつつきながらそう言う顔も悪くない。
「もう反発することもないな」
「あれだけ魔力を混ぜ込んだらね。ほんとボク、あの夜はどうにかなっちゃいそうだったんだから」
「お前の魔力がそれだけ高いということだ。軍にもなかなかいない逸材だぞ」
「それはどーも。この首輪が魔力をブレンドするための蓋だったなんてね」
「息子にはさっきかなりの量を流し込んだ。少し強引だったが」
「グロッザからゼトアさんの香りがするよ」
 ベッドに両腕をつきながらグリアスが息子の首筋に鼻を近づける。魔力の波長を読み取っているのだろう。
「じきに馴染むさ。そんなに嫌がるなよ」
「んー……」
 少年が神妙な顔をしてこちらを向く。その瞳に言いたいことを理解して、その小さな身体を抱き上げる。
 膝の上に座らせて、鈴の『歯止め』を舌先でつつきながら、その表情が朱に染まるさまを見詰める。少し古いベッドがギシリと鳴いた。
「その眼、反則……」
「お前の香りの方が反則だ」
 甘い香りは魔力が合う証拠だ。お互いに求め合う、誘惑の香り。
「グロッザ、良い匂いだった」
「素直じゃないな、クソガキが」
 そう口では言いながら、優しくあやすように緑髪に指を通す。柔らかい感触を楽しみ微笑みを落とすと、少年も溜め息をつく。
「せめてこういうことするなら少しは息子から離れたりしない?」
「嫌ならもう少し嫌がれ」
「サイテー」
 ニヤニヤしながら吐かれた言葉を、軽いキスで塞いでやる。
「親子を味わう、どんな気分だ?」
「それ、ボクに聞くの? 自分が一番わかってるくせに」







 色とりどりのケーキを前にして、グリアスは目を輝かせた。
 天使の降臨を明日に控え、グロッザとグリアスは二人で昼食をとりに街に繰り出していた。
 昨夜の晩御飯を食べた――予めルツィアが店主に頼んでいたようで、子供向けのそれでも豪勢な料理だった――店で昼食をとり、その帰り道にたまたま見かけたケーキ屋に入ったのだ。
 昨日は夜も遅かったこともあり、昼間しか開いていないこのケーキ屋にグリアスは気付かなかったようだ。イベント事でしか注文したことがないその店は、確かに子供の夢が詰まった楽園のような場所に感じる。
「この紫色ってなんの味なんだろ? あー、これも小さくて可愛い! でもやっぱり真ん丸も……」
 ショーケースに並んだ可愛らしいケーキ達の前でグリアスは歓声をあげている。こんな子供らしい言動を見ると本当に微笑ましい。自分にだけ見せるあの表情もゾクリとする程刺激的だけど。
「今夜はこのチキンを食べるんだから、あんまり食べれないだろ?」
 先程の店で貰った加工済みのチキンのセット。これで昨日の夜から四食全てあの店の料理だ。もちろん今日の朝食も、昨日帰りに持たされた店の余った食材で作られたサンドイッチだった。
「んー、でもー食べたいよー」
 上目遣いにねだられて、そんな声に、表情についつい我儘を聞いてやりたくなる。まわりからは親子や兄弟みたいに見えるだろうけど、オレ達の間には確かに恋人という愛情関係がある。甘い愛しい護るべき存在。
「小さいホールのやつ一個だけな」
「真ん丸のにするんだ? 小さいやついっぱいでもボクは嬉しいよ」
 子供ってホールの方が喜ぶと勝手に思っていた。欲張りなところがまた可愛らしいか。
「ホールの方が、なんだか記念日っぽくない?」
 誕生日に感謝祭、神の生誕を喜ぶ行事の時も我が家ではケーキを食べていた。だから記念日って言ったのだけど……
「うん、そうだね。そうする! これください!」
 隣の小さな恋人は、どうやら違う意味に捉えたらしく、少し顔を赤らめながらチョコレートのケーキを注文した。先程指さしていた小さな砂糖で作られた人形と蝋燭もつけていた。
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