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第四章


 サクは目の前で揺れる爪先に、思わず出そうになった溜め息を飲み込んだ。
 周囲の建物と同じく蒼一色の木造二階建ての宿に入ったところ、サク達は武装した男達に取り囲まれたのだ。オーソドックスな造りの宿は、一階に三部屋、二階に二部屋分の扉があり、二階に続く階段の下はカウンターになっている。
 門番にお勧めされた宿に着いた四人を出迎えたのは、宿の主人ではなく、この街の長とその側近の女だった。そもそもこの宿は現在閉鎖されているらしい。
「突然申し訳ない。旅の方よ。私はこの街の代表を務めさせてもらっている『エド』だ」
 そう言って街の長――エドがすっと前に出る。
 頭の回りそうな顔つきの中年の男だった。身長こそ標準的だが、やや腹回りの肉が気になる。あの食堂で出て来たような木片を食べていてはこうはならないだろう。ゼートらしい金色の毛並みはやや悪いが、これは不摂生からくるもののように見える。
 一歩控えた位置で側近らしき女が付き従い、その部分だけの包囲が解かれる。包囲は男が六人。倒せない数ではないが、さすがに街中での乱闘はサクでも避けたいのが本音だ。相手の力量も読めぬ内に下手に動きたくはなかった。
「これはこれは、随分なお出迎えなこって。この街ではこれが普通……という訳ではないのであろう?」
 あくまで余裕を崩さない態度でガリアノが答える。いつも通りの言動ながら、今この状況では挑発以外の何物でもない。だが、それも敢えてガリアノは行っている。従うべき主はどんな時でも、他者に屈する存在ではないのだ。
「そなたが旅のリーダー、ということでかまわないかな? 良い顔をしておる。ふむ……“普通”ならば旅の者には文字通りの門前払いを決めているのだが、どうやらそなた達は“違う”らしい。奥の部屋へ案内しよう。そこでこのシダザクの街のことを話そう」
 エドは一人納得したようで、顎で男達に合図をする。男達は武装した腕を下し、一礼して包囲を解いた。そしてエドは「もちろん、この場の謝罪もさせてもらおう」と付け加えて、正面の大きな扉に手を掛ける。おそらくその部屋が一番広い部屋なのだろう。
 どうにも彼等はこれから話す事柄を外部には漏らしたくないようだった。そうでなければ――
――あの食堂から尾行する意味がないですからね。
 尾行は最初は二人だけだった。隠密活動において少人数で挑むのは当然であり、それでもその微かな気配に気付かないサクではない。もちろんそれはガリアノもだ。一瞬ガリアノと視線を交わして、そのまま気付かないフリをしてこの宿までやってきたのだ。
 四人共、初めて入った街だ。尾行される理由が読めない。そのため後手になるのは承知でここまで騙されてやったのだ。そして彼等は、サク達が宿に入った途端、その人数を増して気配を現した。隠密行動の終了は、即ち実力行使の時だ。
「仕方あるまい。行くぞ」
 まだ警戒心は拭うことは出来ない。そう言うガリアノに促され、彼を先頭にリチャードとレイルを先に歩かせ、サクは周囲への警戒は続けたまま、開かれた部屋へと入った。




 予想通りその部屋は、広いスペースが取られた客室だった。大人数用の部屋なのだろう。一つに何人も寝れそうなベッドが四つも置かれている。その緑のせいか、未だ見慣れない木々の壁も相まって大木の中に部屋があるような錯覚を覚えた。
「どうぞこちらへお座り願いたい。そうだ、何か飲み物も必要でしょう? なにせ、あの食堂では何も口にされていないようだ」
 にっと笑って席を勧めるエドの態度に、隣から不機嫌そうな舌打ちが聞こえる。見なくてもわかる。レイルだ。噛みつきたくて仕方がないだろうに、ちゃんと空気を読んで我慢している。先程の舌打ちも小さかったので彼等には聞こえていないだろう。ふと表情を見たら舌打ちなんて嘘だったような涼しい顔をしていた。ここまでくるとさすがだと呆れるしかない。
「それは助かる。だが、あの食堂で出たようなものでは、オレ達は飲むことが出来ん」
「いやいや、もちろん。ベニよ、旅の方に『清水』をお出ししろ」
 エドからベニと呼ばれた側近らしき女が頷き、部屋から出て行く。彼女はエドと異なり若いゼートだった。青の毛並みから覗く美貌が、まるで棘で武装した花弁のように思えた。
 彼女を見送りつつもう一度エドは、サク達に席を勧めた。さすがにここからの不意打ちは考えにくい。相手の出方を窺っていたサクだったが、ガリアノが頷き勧められた席に座ったので、その後ろに立った。リチャードとレイルも無言でそれに倣う。
 エドもガリアノの対面に座る。部屋の中央の長テーブルでの、頭同士の話し合いの図だ。木製の家具の座り具合にふむと小さく唸ったガリアノに、エドはすっと目を細めた。
「そなた、相当に勘が良いようだ。もう、この街の“真実”はわかっているのだろう?」
 エドの挑発的な笑みを真っ向から受け止めて、ガリアノは低い声で――ピクリとも笑わずに答えた。
「それはこの街ではなく、お前さんの“嘘”――、いや、“幻覚”の間違いだろうて」
 静かな怒りを湛える主の背中は、サクですらも初めて見る程に冷え切っていた。
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