第四章
目的地であるシダザクの街は、この世界では珍しい木造の建物が立ち並ぶ街だった。
モンスターの侵入を防ぐ高い壁や門すらも木造で、しかしその表面には蒼の色合いが浮かんでいる。まるで蒼色の塗料にそのまま放り込んだような色合いに、木材自体が染まっているのだ。
どことなく寒々しい印象を与える視界に両手で腕を摩るような仕草を見せるレイル。そんな彼女にそっと身を寄せながら、リチャードは門番と話し込んでいる大きな背中に目をやった。
外からぐるりと街を取り囲む外壁に沿って歩き、反対側にある入り口の門に入った四人は、上方向に全開にされた門を潜った先にある広いスペースにて、通行証を手に入れようとしたのだが、そこで予想外の足止めをくった。
外観からの印象と同じく、門の内部も美しい蒼色だ。まるで水晶や深海――もちろん、厳密には蒼とは違う色合いなのはわかっている。イメージが、という意味だ――の中の世界のような色合いは、何年か前にテレビで観た人魚のアニメ映画を彷彿とさせた。色合いは寒々しいながらも、その木目からは確かに木々の暖かみのようなものも感じる。だが、元の世界で見覚えのある木目とは違い、なんだか妙に不安を煽る歪みがあった。
一言で言うなら、リチャード達はこの街に歓迎されていないようだった。
この街にはどうやらゼートしかいないらしく、中にはアクトの姿を見たこともない者までいるらしい。だが、それはサクから言わせれば「そんなに驚くことでもない」ことのようだった。
一歩街から足を踏み出せば命を落としかねないこの世界では、ガリアノ達のような冒険者の方が珍しく、たまたまアクトの追い出された<いない>街で生まれ育てば、そんな存在なんて自分には関係のないものとして認識してしまうのだろう。
つまり、歓迎されない理由はアクトが同行しているということではない、ということだ。
外からの風を嫌って冒険者を拒んでいるのか? それとも、魔力を感じない自分達のことが異端だと感じたのか? それか、霊石や異世界といった目に見えない異質さを嗅ぎ取ったのか?
疑問の尽きないリチャードだったが、隣に気配なく立っているサクに肘をつつかれ、注いでいた視線を彼に向けた。
「リチャード殿、顔に警戒心が出ていますよ」
ふふっと控えめな笑みを浮かべるサクの顔を見て、リチャードは自分の考えがただの取り越し苦労であることを悟った。
「なんだか、蒼い壁ばかり見ているからか、気持ちが落ち着かなくて……いや、心理学的には青は心を落ち着かせるはずなんだが……」
「シンリガク、ですか?」
「ああ。心がどう感じるか、とかそういうことを研究する勉強、かな。それによると青色は心を穏やかな気持ちにさせる効果があるってことだったんだけどな」
苦笑したリチャードに、サクもなにか思うところがあったようで頷く。
「確かに考えてみればそうかもしれませんね。それに……自分も、この空間にはどこか、不安を感じます」
この世界の建物は、基本的にはゼートの光を利用して建てられた石造りのものがほとんどだ。光の魔力によって燃えてしまう木材の使用は、その魔力を持たないアクトですらも滅多に行わないのだとサクは教えてくれた。
そのためサクは、この空間の壁の模様のことを『木目』と呼ばなかった。おそらくそう呼ぶということすら知らないのだろう。それ程までに彼等にとって木材とは、建築に縁遠い素材なのだ。
そんな木材を、この街は利用している。背の高い建物しか壁の向こうには見えなかったが、そのどれもが蒼い木造であることは明白だった。
「多分……木材から来てるぜ、この不安感はな……」
いつの間にか少し離れたところ――壁に近いところでその木目を睨み付けるようにしていたレイルが、こちらを振り向き言った。
その口元に浮かぶ笑みに、同じくどきりとする気配を感じて、リチャードは隣のサクと目を合わせ、二人揃って溜め息をついた。
そんな三人の元にようやく話しを終えたガリアノが、大きな声で待たせたことを詫びながら歩いてきた。