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第三章


 そこは“あの”集落だった。しかし、この湿地帯にて転がっている集落でもあった。二つが歪に混ざり合うのは、その二つを経験したものが術者だからだ。
 白に映し出された集落では、皆が皆、楽しそうに笑っていた。老人も、ガラの悪い男達も、皆が平等に幸せそうに、平等に命を捧げられた。
「……この地に眠る者達は、どうやら盗賊だったようですね……」
 ガラの悪い者達の身形を見ながら、サクはそう言った。村を狙う盗賊がいなかったのは、もしかして……
「っ!!」
 ロロジの顔に恐れがありありと浮かんだ。その足がたじろぐように後退していく。霊石の魔力こそ拮抗していても、それを扱う者の心はこうも違うものなのか。
――目的地は一緒でも、覚悟は違うってことか……
 自身の頭に浮かんだ言葉に、リチャードは目が覚めたような気持ちになる。心が一瞬にして冷えた元凶を目で追い、その形の良い唇が開かれるのを捉える。
「たとえ幻想だとしても、この“光景”を守りたいんだろ!? だったら、逃げてねえで戦えよ!! 幻想に浸った幸せだろうが、てめえの幸せを守るために戦えよ!! てめえの“大好きな主人公”達だって、守るモンの為に努力も苦労もしてるだろうがっ!!」
 後退る足が、止まった。
「俺は……俺は……俺が本当に欲しかったものは……ここに映る“家族”達だ!!」
 その言葉からは、先程までの不満を垂れ流す不甲斐ない気配は消えていた。蒼に照らされたその顔に、レイルの口元が満足そうに笑みの形に変わる。
「それでこそ男の顔だとも! さて、手合わせを願おうか!! オレの名前はガリアノだ! どうかもう、後悔のないように全力で掛かってくるが良い!!」
 全く手元の魔力を緩めることもなくそう言うガリアノに、決意のこもった男が薄く笑った。これまでの脆弱なる男の姿は、ここにはない。もうないのだ。それで良い。
 魔力のぶつかりが更に強まる。あまりの衝撃に、リチャードは両腕で顔を覆って目を閉じた。足に力を入れていないと吹き飛ばされてしまいそうだ。それでも目の前の光を瞼越しにも肌越しにも感じて、強大なる“力”の圧倒的な存在感に、この上なく『生きている』ことを実感させられる。
 生き物は生き残る為に牙を磨く。野生という命のやり取りから遠く離れた人間も然り。社会という戦場を生き残るために、勉学に励み、身体を鍛える。それを怠ったロロジは、最後にそのことに気付かされた。気付いたからこそ、光に包まれる彼からは、たった一言も泣き言が零れることはなかった。
「意地を通して……彼の最期は、尊敬に値します」
 サクが目を伏せて静かに言った。その言葉にリチャードもロロジの最期を悟って、意を決して目を開ける。破壊的な光は既に消え失せており、周囲は陰気臭い湿地帯の景色に戻っていた。
 転がっていた者達や家屋の残骸すらも包み込んで消えてしまったその白を追うかのように、ロロジの身体も、罪なる色にすらも感じる霊石だけを残して消えていた。
 コツリと転がるその二つの輝き――自己への愛を落とし込んだ蒼に、失くした愛を補填しようとした罪なる朱だ――に歩み寄るガリアノの背中に、リチャードは声を掛けようとして、止めた。
 掛ける言葉が見つからない。男二人が全力の魔力をぶつけ合った末の結末だ。そこに文句も、侮蔑もなかった。あるのはただ、労いだけ。それがたとえ最期だけだったとしても、ロロジ<男>は己の願いのために命を懸けたのだ。彼は、“最期まで”夢<男>を貫いたことになる。これまでの脆弱なる男の姿は、ここにはない。もうないのだ。それで良い。
 隣で満足そうに笑みを浮かべた彼女でさえ、彼の健闘を称えていた。その口が「イイ男の顔だったぜ」と、ガリアノが回収してきた霊石――蒼の輝きに向かって言った。ガリアノの大きな手に収められながらも、その大ぶりな雫はどぷりと揺らぎ、存在を確かに主張する。
 その蒼は正しく“愛の形”だった。
 それが己へ向けての歪んだ求愛の形だったとしても、純粋なる幼き愛の形だったとしても、それは愛を雫の形に変えただけの、強大なる魔力の塊だった。
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