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第二章


 ガリアノが霊石を見つけたのは、それから数時間後のことだった。まさしく執念の捜索だった。それを彼は強い意志で成し遂げたのだ。
 空には既に夜の帳が下りており、火の手のなくなったこの地を狙うかのように、森から不穏なさざめきが聞こえてくるようだった。
 森の入り口の雨避けはそのままにしているが、既に夫婦はその中に引っ込んでいるのだろう。彼等の元から戻ったレイルが、笑顔でガリアノを称える。
「ほんとにあの中から見つけるなんてな。ガリアノ、あんたすげぇよ! もちろん、リチャードとサクもな。私なんて、全然力になれなかった」
 彼女はそう言って蠱惑的な視線をリチャードとサクにも送った。彼女にしては控えめなその態度に、リチャードは何故だかどぎまぎしてしまった。サクに至っては隣で顔を赤らめてしまっている。
「ガハハ、そうだろうとも! これが霊石だ!」
 当のガリアノも嬉しそうにその雫を掲げる。それはとても人の死から出来たものには見えない美しさだった。夜の帳に支配された闇の中、それでもその朱はまるで燃えるように明るく輝いている。
 ガリアノの大きな指先に、しかし確かな存在感で掲げられた。見た目はそれこそ小さな石ころと変わらないのに、不思議と『壊れそう』とか『繊細な』といった感想は抱かない。そこには力強い脈動を感じた。
「これが……人の――」
 リチャードがそこまで言ったところで、突然レイルの胸元が光り輝いた。
「っ!?」
 レイルが驚いた顔でその光源を掴もうとする。激しい光の根源は、どうやら彼女の服の下にあるらしい。彼女は男性陣の目等気にも止めずに、首元から手を突っ込んでそれを取り出した。
 それを見て今度はリチャードが驚く。
「それって……」
「あんたから貰ったペンダントだな」
 それは、元の世界でリチャードがプレゼントしたペンダントだった。雫の形のそれが、今はまるで大海を思わせるような深い蒼に輝いている。しかしそれ以上に美しい、その光を掲げる彼女の瞳の色に、リチャードは思わず目を奪われる。
「それは……魔法の石だぞ」
 ガリアノに興奮を隠さない声でそう言われ、リチャードの頭も少しずつ運転を再開する。彼の手の中で朱に輝く雫が、途端にその輝きを増す。
「ガリアノ様っ!」
「サクよ、心配するな。これは魔法の石の共鳴反応だ。高すぎる魔力を有する魔法の石は、その高さ故に、同じ性質のものに反応して共鳴する。元からの輝きを更に高めて、その身に込められた想い<魔力>を示すらしい」
「共鳴?」
 視線は雫に向けたまま、レイルが問う。その声音に含まれた疑問に、リチャードは上手く答えられる自信がない。
「リチャードよ……お前さんはこれをどこで手に入れたんだ? お前さん達の世界には、魔法というものはないのだろう?」
 彼女の疑問を引き継ぐように、ガリアノがこちらに向き直る。その手の中の輝きが、まるで責めるように光って見えた。
「いや、俺は……レイルへのプレゼントを選びに店に行って、そこで買った。量販物だから、そんなおかしなものじゃないはずだ」
「店……?」
 リチャードの言葉に顔をしかめたのはレイルだけだった。ガリアノとサクの表情を見るに、『量販』という表現が伝わらなかったのかもしれない。
「おい、リチャード……店ってのはあれか? セイレーンか?」
 彼女が言う『セイレーン』という店は、若者に人気のアクセサリーショップだ。水の流れるようなデザインが特徴の、比較的リーズナブルな値段設定が魅力だった。店のイメージカラーが青ということもあり、店内のラインナップはほとんど寒色系で占められている。
 さすがは女子というべきか、彼女のカンの良さはこんなところにもしっかりと発揮されるらしい。何故かは、あまり深く考えたくない話題でもある。
「あの店……この前クラスの女子が噂してたんだ。『変な感じのするペンダントが置いてある』って。私はオカルトもそうだが、人の噂自体あまり信じないし興味もねぇから詳しくは聞かなかったんだけどよ」
「変な感じというのは、おそらくこれから発せられている魔力だろうな」
 納得したように頷くガリアノの隣で、サクが「魔法の存在がない貴方達の世界では、きっと魔力を持つ者自体がいないのでしょう。魔力を放つものに対して魔力のない者は、無意識に違和感や恐怖心を覚えるそうです」と補足した。
「威圧感とか、そういう感じか」
「そうとも。命の危機を感じるのだろう」
 生き物というのは生き抜くための本能を持っている。野生から遠く離れた人間も、命の危機を感じさせるものは無意識に遠ざけてしまうのだろう。クラスの女子達が正しい。それなら、自分は一体?
「お前さん達は選ばれたのかもな」
 ガリアノが誰ともなしに呟く。その言葉はリチャードの心にすとんと収まった。まるで冷えた心に温かい熱が注がれるように。心臓がどくんと一際熱く跳ねた気がした。
「俺達が……選ばれた?」
 まるで確認するように、自分の言葉に自信を見つけ出したくて。その言葉に決して、不安を見つけてしまわないように。そこに、あろうことか愛しい彼女が横やりを入れた。
「おい、光ってるのは私のだけだ。なんでリチャードのは霊石じゃねぇんだよ」
 レイルの言葉にリチャードも、服の下に隠していたお揃いのそれを取り出して確認する。同じく蒼のそのペンダントは、いつもと何も変わらず穏やかな色合いを湛えるのみ。
「それは、お前さんのその魔法の石を造った者が、そこで魔力を使い果たしたからじゃないのか?」
 ガリアノが何を当然のことを、と言いたげな顔でそう言った。やはり彼等には量販という言葉が伝わらなかったらしい。
「えっとな、ガリアノ。私らの世界では、こういう簡単な形のアクセサリーとかは、工場で大量生産するんだ。機械で……えーと、魔力は使わねぇが魔法みたいに、一気に何千、何万個と一日に造られるんだ」
「い、一日にですか?」
 レイルの拙い説明に、それでも目を丸くするサク。レイルの説明は多分いろいろと情報不足だが、リチャードも工場の工程を詳しく説明出来るわけではないし、そこは今は関係ないので無視して話を進める。
「つまり魔力も、なんだったら『職人の気持ち』なんてものも詰まってない。簡単に言えば、安物の模造品だ」
 自分で言っていて嫌になるが、リチャードはそう説明した。なんだかな。
「そんな物に魔力なんて、普通はこもってねぇんだよ。それがなんで私のだけ反応するんだって話だ」
 愛しい彼女にまで『そんな物』と言われた。もうどうでも良い。好きに言え好きに。
「全てのものが同じ工程で造られているのか?」
「完全オートメーションならそうだろうし、手作業が入っていても、きっと流れ作業って言うくらいだから、そうだろうな」
「ふむ……」
 もはや適当さまで伝わるレイルの説明に、ガリアノは頷き腕を組んだ。彼の考える時の癖らしい。岩のような身体が黙って目を瞑ることにより、更に無骨さを強調させる。
「もしかしたら、リチャードのそれもこれから魔法の石になるかもしれんぞ?」
 ガリアノが目を閉じたまま唸るように言った。その言葉にリチャードとレイルは勢いよくガリアノに顔を向ける。しかしサクは、訝し気な表情を崩さない。
「ガリアノ様……お言葉ですが、今の今まで沈黙しているということは、リチャード殿の石には魔力は込められていないのではないでしょうか?」
「それもそうなのだがな。しかしどちらも確証がない。それならば、未来に希望を持った方がオレは良いと思うぞ」
 最初こそ弱気になってしまったが、最後にはまたいつものようにガハハと大きな声で笑ったガリアノに、リチャードも小さく笑ってしまった。
 苦言を呈したサクにも、リチャードを攻撃する意図はない。感情の乏しいその表情に、薄っすらと笑みを浮かべながら「そうですね」と肯定した。
「そりゃ、リチャードのも霊石なら願ったり叶ったりだよな」
 レイルも伸びをしながら笑う。そうだ。これが霊石であってもなくても、自分達にとってデメリットはないのだ。これが違えば、他のを探すだけだ。マイナスにならないならば、今ここで確証のない話を続ける理由もなくなる。
「お前さんの魔法の石は、どうやら自然の魔力によって造られたようだな」
 改めてまじまじと、レイルの光を見詰めながらガリアノが言った。彼の鮮やかなオレンジの瞳に、相反する蒼が映り込む。
「人為的と自然だと、何か違いがあるのか?」
「一般的には魔力は、自然的なものの方が強い傾向があります。霊石にもそれが当て嵌まるのかはわかりませんが」
 レイルの現実的な疑問に、サクがいつものように丁寧に答える。それにレイルの口元が皮肉な笑みで歪む。
「どこの世界でも人間は一緒だな。科学に頼っても魔法に頼っても、自然の力には敵わない」
「魔法の力も結局のところは、自然の力に直結しています。自分達の産まれる遥か以前から存在する力に、我々が挑もうとすることがまず間違いかと」
「だが、汚染問題はオレ達が引き起こした問題だ。オレ達の力で敵わないなら神に願ってでも勝つ! それが人に許された『知恵』であり『信じる』という力だ」
「……そうですね。魔法により自分達の生活は格段に便利になりましたが、その反動すら我々は制御出来ておりません。いつかはその清算をしなければならないのでしょうが、それを回避する方法を自分達は求めています」
 ガリアノとサクが頷き合う後ろで、レイルはそれを冷ややかに見詰めていた。その瞳のあまりの冷たさに、リチャードは慌てて前を向いて気付かないふりをした。未だ煙の臭いのする風が、一段と冷えているように思える。
 思わぬ収獲と決意も新たに明るい表情のガリアノを先頭に、サクがそれに続こうとしてこちらに声を掛けてくる。それにリチャードも返事をして、彼女には振り返らずに続くように促した。
「清算はきっと、いつかはしなきゃならねぇだろ。人の裁きに情はあるかもしれねぇが、神の裁きに代償がないなんて有り得ねぇ」
 背後で聞こえたその言葉に、リチャードは蓋をする。前を歩く二人には、聞こえていないであろう声量だった。
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