第二章
「でも、どうして溶岩なんか湧き出たんだ?」
手を動かす作業を続けながら、リチャードは疑問に思っていたことをサクに聞いてみることにした。
魔力を霊石に込める途中で暴走するまではなんとなくわかる。実際自身から魔力なんてものは発したことがないので想像しか出来ないが、きっと凄いパワーなのだろう。
コミックやゲームの知識でしかわからないが、現実でもエネルギーの暴発事故なんてのは近代テクノロジーの授業で習っている。多分、合っているだろう。
「おそらく、この地の地層に由縁しているのでしょう」
隣で同じく掘り進める作業をしていたサクが、手についた汚れを振り落としながらこちらに向き直る。今はサクと二人だけだ。ガリアノは少し離れたところで光の攻撃を続けているし、レイルもまた、あの夫婦の元へと足を運んでいる。
ここからでも愛しい彼女の姿は遠目で確認できる。そうでなければおそらくサクが付き添っていただろう。何故だかそう断言出来た。あの夫婦のことを疑っているわけではない。ただ、リチャードは頭の中で、あの夫婦のことを「人を殺すことが出来る人間だ」とカテゴライズしてしまっただけだ。
そんな夫婦の元に話を聞きに――ガリアノが言うには、精神的なフォローをしているということだった――行く彼女のことは、心配と同時に理解も出来なかった。彼女はその役割を、珍しく自分から名乗り出た。
「……レイル殿が心配ですか?」
返答に反応がなかったからか、サクが訝し気な瞳を向けてくる。彼の白はまるで鏡のようにリチャードの心を映しているようだった。
「まあな。レイルが率先して引き受ける内容には思えない」
「それは、自分も同感です。レイル殿はどうも、あの夫婦のことがお嫌いそうですから」
「やっぱり、サクにもわかる?」
思わず薄く笑いながら問い掛けると、サクも同じような反応を返した。苦笑だろうか。
「それはもう。どうやらレイル殿は、わかりやすい性格のようなので……」
「多分本人も自覚しているし、隠す気すらないんだろうな。さすがに目の前で言ったら怒るだろうけど」
「本当に、強い女性ですね」
優しく頷くサクに、リチャードも笑みを返した。今度は苦笑でも失笑でもない、本当の笑みだ。お互いの想いなどわかっている。それでもサクにはここまで穏やかに、愛しい彼女のことを話すことが出来た。卑しい自分の心には、信頼という蓋をする。
「……話の途中だったよな。悪い」
闇に染まる瞳に思わず引き込まれそうになって、リチャードは姿勢と共に話を戻した。視線を手元に戻す。灰色の岩だったもの達は、掘り出しても掘り出しても目的のものは一向に見つかりそうになかった。
「いえ……この地はどういうわけか、溶岩の地層が地下に埋まっているようでして、鍛冶屋の光の魔力にそれが強く反応したようです」
「地層が?」
「ええ、古の時代にどういった経緯でかはわかりませんが、溶岩が堆積したようです」
「火山、って言い方で合ってるのかわからないけど、そういう溶岩が出てくるような山は近くにあるのか?」
細かい言い回しがまた伝わらないかと危惧したが、どうやらサクにはすんなり伝わったらしい。サクは「火山ですね。合っています」と丁寧に肯定してから、話を続ける。
「この地の近くには……というよりも、頂きの街の霊峰以外に山はありません。昔の地形まではわかりませんが」
「……そうなのか」
あまり熱心には理科の授業は聞いていなかったので、リチャードはそれ以上この話を広げることを諦めた。サクも疑問には思ってはいるようだが、答えが出ないためか追及しようとしない。
光に砕かれた岩だったものの欠片が、粉塵のようにして風に乗って運ばれてくる。咳込むリチャードに慌ててサクが手を伸ばす。
「上着を深く引き上げてください。出来るだけ口と鼻をそれで覆うんです。灰と魔法による汚染物質の塵です。なるべく吸い込まない方が良いので」
サクもそう説明しながら、自らの上着を引き上げる。口元が隠れたその姿は、本当に昔アニメで見たアサシンの姿そのものだった。
さすがに目までは覆えないので、少し染みるが我慢するしかなさそうだ。
「もう少しで大きな塊は砕き終わります。もうしばらくご辛抱を」
影が主のために詫びる。その主は舞い散る塵等それこそ微塵も顧みず、雄叫びを上げながら光の魔法を放っていた。無尽蔵に見えるそのスタミナは、きっと普段から人一倍食べることにも起因しているように思えた。