第二章
四人での初めての野宿は、予想以上に賑やかなものになった。
普段、二人きりの夕食でガリアノは、あまり鍋といった手間のかかる料理をしたがらない。面倒くさいという気持ちもあるが、匂いを嗅ぎつけられないようにという配慮からだ。
二人での野宿の際は、身を守らなければならない存在等いない。お互いの戦闘能力を信用しているからこそ、わざわざ毒を撒くために魔力を消費する等といった手間を省略しているのだ。
それが悪いことだとは思わない。むしろ無駄を省いた、冒険者としては理想的な考えである。だからこそ、今日という賑やかな野宿に笑みを零した自分自身に、サクは心から驚いていた。
四人でつつく暖かい鍋は、いつも以上に身体に染み渡る感覚がある。普段は小さく笑う程度で済まされる談笑が、そこに笑い声が加わり、歌が加わった。
もう聞き慣れた大きな太陽のような笑い声はともかく、その新たに加わった歌は、サクの心を大きく揺さぶった。
鍋を片付けながらリチャードが、まるで鼻歌でも歌うように旋律を奏でた。彼の低い聞き心地の良い声は、普段音楽といった娯楽に関心のなかったサクにすら、相当な才能を感じさせた。最初は聞こうとしてもいなかったのに、知らず知らずのうちに耳に入り込んでくる。
それは聞き慣れない調子の歌だった。鼻歌は暫くするうちに詩に変わり、すこししっとりとした空気を孕みながら、静かに愛しい人への愛情を歌っていく。彼等の世界の音楽は、相当に心に訴えかけてくるものだった。
サクの知る限り、この世界の音楽とは根本から違う。何かを鼓舞する芸の一種とも、祈願のための祈りともまた違う、大衆的という言葉が一番適切か。
見事なリチャードの歌声に、もう一人。まるで人を惑わす妖精のような歌声が混ざり合う。
レイルだった。見事な混ざり具合に、雨避けの調整をしていたガリアノも思わず手を止め、目まで閉じて聞き入っている。
わざわざ自分から混ざり込んだだけあり、彼女の歌声も素晴らしいものだった。先程までは一人が極上だと感じられたリチャードのその歌が、まるで最初から二人で歌うべき歌であるかのように、自然とその極上を押し上げている。
歌声が止み、そこにそっと目を向けると、静かに微笑み合う二人の姿がそこにあった。正真正銘、恋人同士。お互いがお互いを想い合う。その気持ちがまるで滲み出るかのような光景に、サクは思わず目を逸らしていた。
確かな恋人達の時間。だが、そんな空気等気にもかけない人物が一人。
「今夜から暫く野宿が続くぞ。お前さん達を危険に晒すつもりはないが、少しは慣れてもらいたい。特に夜のこの暗闇にだ。街の外において一番の危険は、昼間ではなく夜にやってくる」
ガリアノがそう言うと、空気がピンと張り詰めた。それはそうだ。命のやり取りの話をしているのだから。二人は静かに、ガリアノの言葉の続きを待っている。
「そこで俺達が寝ずの見張りをする間、そうだな……一時間で良い。その時間はどちらかが隣について、戦い方のおさらいやこの世界のこと、食事のこと……なんでも良い。とにかく暗闇と共に、この世界に慣れる時間を作る」
続けられたガリアノの言葉に、一番大きく反応したのはサクだった。
――さすがは、ガリアノ様です。
彼は全てを見抜いていたのだ。真面目に全てを素直に吸収しようとするリチャードも、皮肉を口にするレイルも、二人とも……この世界にまだ慣れていないのだ。だからこそ恐怖し、その恐れから、そういった態度になってしまう。
今まで血なまぐさい戦闘も、漆黒の暗闇のなかその身を晒して眠ることも、見るもの聞くものも初めての、この世界を歩くことはきっと、サクの想像以上に彼等の精神を疲弊させている。
だがそれを改善するにはどうすれば良いのか。それはもう、慣れるしかないのだ。生物というのは複雑で、そして学習する。学び、慣れることが出来るのだ。それはきっと、どんな進化よりも心強い成長である。
「今夜はオレが寝ずの番だ。共にしてくれるなら、寝る前にこの世界について話をしてやろう。オレの話は面白いぞ」
そう言ってまたガハハと笑い出したところで、リチャードが立候補の挙手をしていた。
「それなら俺が今夜はお供しよう。水神のことをもっと教えて欲しい。レイル……ゆっくり寝てくれたら良い」
「わかったよ。あまり、夜更かしはすんなよ」
にやりと笑ったレイルは、そのまま二人を置いて雨避けの下に引っ込む。葉の束で囲ったその空間は、一際大きな葉を前に垂らすことで完全に外からは死角になってしまう。
「だそうだ。サクよ、お嬢さんのお守りを頼む。なーに、一応死角にはしてやったが隙間だらけの欠陥品だ。お前さんは何も心配せんでも良いとも」
いったいどちらに対して言ったのか。ガハハと能天気に笑うガリアノを見詰める男二人は、同時に溜め息をついた。