第二章
凶器を装着した腕を力いっぱい横に振るう。急所を的確に狙うその攻撃は、風切り音と相まって心に幾許かの高揚感を与えてくれる。だが……
「リチャードよ。お前さんは身長が高いことを自覚しろ。それじゃ相手の頭の上だ」
早速装備した武器の訓練に挑んだリチャードとレイル。まずは動かない標的を相手に、どこをどのように、どれくらいの力加減で狙うのかという練習のために、ガリアノが魔力で生み出した光を宿した水泡のようなものに向かって連撃を放っているのだ。
その水泡の大きさは、せいぜいリチャードの胸にも届かない程。そのサイズが一般的に広く分布する野生モンスターの体格らしく、モデルとなっている獣型のモンスター『ファング』は、素早い動きで群れを成して襲い掛かってくるらしい。四つ足のわりになかなかデカい。
「攻撃の手を止めるなよ。マーレ製のカギ爪は殺傷力があまり高くない。その分軽量で扱いやすく、己のケガも防げるからな。使いこなせ!」
確かにガリアノの言う通りだ。訓練を開始して何分経っただろうか?
身体が慣れたせいか、長いリーチを誇る刃の部分に重さを感じることはほとんどなくなり、まるで自身の身体の一部のように馴染んできた。スポーツでは長所だったこの身長が、まさかこんなところで邪魔になるとは思わなかったが。
カギ爪はその形状故に、対象を両断したり刺し貫くことが難しい。本来切り裂く動作のためのこの武器は、刃の細さも相まって、刺してしまうと根本から折れることも多々あるという。
古の時代からの由緒ある武器だが、牙と爪という武器を失わなかったこの世界の獣人達には、真の意味での手先の器用さという武器を身に着けることが出来なかったのだろう。
ガリアノに教わった通りに、敵の胴を狙い、そして急所である頭を狙う。とにかく敵に当てれば隙が出来る。大きな的の部分を狙え。そんな大雑把な説明が、なんとも彼らしかった。
「お前さん、やはり身体を動かすことに関しては素晴らしいな。少々、まだ“武器”というものに抵抗はあるようだが」
「命を奪うものってのに慣れてないだけだ。持ち歩く不安に慣れるまで勘弁してくれ」
「子供がそう育つ環境ってのは良いことだ。お前さんが本当に慣れちまわないように、オレ達が守ってやらねばな」
ガハハとまるで気にしていないように笑う。彼には、本当に守りきる自信があるのだろう。そして、その言葉に嘘はない。
彼はずっと観察していた。水泡が破れそうになれば魔力を注入し、それ以外はずっと、リチャードの一挙手一投足をただ静観する。その目には歴戦の猛者の光が燈り、筋肉の動きから呼吸までをも知られているような感覚に陥る。
「お嬢さんもどうやら、只者じゃないようだな」
ガリアノの視線を追って、リチャードもそちらに目を向ける。
少し離れたスペースで、レイルも同じように訓練をしていた。ガリアノの造り出した水泡を、彼女は華麗な連撃で破り捨てる。小柄な体格を存分に活かし、なんの躊躇もなくいろいろな角度から爪を振るう彼女には、これといった表情は浮かんでいない。
ただ、訓練だから、言われたことをやっている。そんな表情だった。あまり気乗りしていないのかもしれない。
「あのお嬢さんも“部活”ってやつを?」
「いや、彼女は何もしていないはずだ。でも体育の授業ではどんな種目……走ることでも飛び跳ねることでも目立ってたよ」
「ああ、そうだろうな。とんでもない運動神経だ。それに反射も良さそうだ」
「むしろ頭を使うよりも身体を動かす方が得意だって言ってたな」
あれは確か数日前だっただろうか。休み時間に彼女の机に向かうと、彼女はいつものように教科書も筆記用具も何もかも出しっぱなしにして寝ていた。それをいつものように起こしてやった時に言っていたことだった。二人とも商業科のコースだったが、その運動神経はスポーツ特待コースと比べても遜色がない程だと教員が言っていたことも思い出す。
視線の向こうで彼女が一段と跳ねた。破けて修復に入った水泡に見事な飛び蹴りが決まる。水泡が弾け飛び、光輝く水しぶきが彼女の身体を濡らす。
彼女の訓練を見ていたサクが慌てて駆け寄る。だが水に濡れた当の本人は、特に気にした様子も見せない。旅用の上着が、しっかりとその効果を発揮しているからだろう。上着から露出した美しい赤髪は、艶やかに濡れそぼる。
「ここまで急所を完全に打ち抜くとはな……」
ガリアノが隣で呟いたが、リチャードの意識は目の前の出来事でいっぱいになった。彼女が、慌てて駆け寄って来たサクに微笑んでいる。
ただ、それだけだ。だが、彼女の濡れそぼったその表情には、男にしかわからない色香があった。いや、違う。“恋人”にしかわからない色香があった。
歩み寄ってその濡れた恋人を抱き締めてやれば良い。たったそれだけのことなのに、足が言うことを聞かない。それは、恋人に見せる表情ではないのか?
やがて二人は訓練に戻った。リチャードも訓練に戻れば良い。だが、その目が二人から離れるまで、少しばかり時間が掛かってしまった。意識がこちらに戻らないリチャードに、ガリアノが小さく呟いた。
「……危険だな」