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第一章


 武器屋は大通り沿いにあった。
 やや広めの店内はまわりの店と同じく石造りで、訪れた者に無骨な印象を与える。漫画やゲームで見たことのある鍛冶屋といった店構えで、店の奥で大きな炎が揺らめいていた。ごうごうと力強く揺れるその熱源が、灰色の店内を暖かい橙色に染め上げる。じんわりと手に汗が滲むのは、決して視覚からの効果だけではないだろう。
 ガリアノが言うには、店の規模は中規模といったところらしい。店内には所狭しと棚が設置され、その上にたくさんの刃物が並べられている。そのどれもがリチャードが思い浮かべていた“武器”という形をしていなかった。
 それは巨大なカギ爪だった。五本の指に合わせた長さの異なる細長い刃が、まるでメリケンサックのような金属部分から伸びている。おそらくこの部分に指を通すのだろう。刃は目測でも指先から肘ぐらいまではありそうだ。これを指先に装着し、相手を引き裂くのだろう。
 ナイフや鈍器といった、手に持つ用途のものは全くない。よく考えれば理由はわかる。この獣のような手では、強く物を握りしめたら持っている対象か、下手をすれば自分自身の手を傷つけかねない。
 そのためのカギ爪なのだろう。先端の鋭利な部分は、見ただけでは材質がわからない。刃物と同じ冷たい輝きを放つ刃の根本の金属は、指への衝撃を吸収するためか柔らかい材質で包まれている。
「これを両手に装着するんだ。指を痛めないために、初心者は五本結合のものを使う」
「お二人はご自身の身を守れれば充分ですので、あまり刃渡りの長いものは選ばなくて良いですよ」
 ガリアノが店の奥に向かって歩き出す。片手で手招きされたので、リチャードもその後を追った。服と同じように、レイルにはサクがついてくれるようだ。
 体格の違い過ぎる二人なので、きっと武器の選び方も違うから適材適所なのだろう。そう自分の心に言い聞かせながら、リチャードはガリアノに追いつく。
 ガリアノは店の奥に置かれていた、やや輝きの鈍いカギ爪を手に取った。少し言い方は悪いが、新品というよりは年期の入ったもののように感じる。
「あったあった。お前さんにはこれが良いと思ってな」
「えらく迷いがなかったな?」
「実はオレ用に狙っていたものなんだが、少し貧弱そうで悩んでいたんだ。だがお前さんには寧ろこういった線の方が似合いそうでな」
 彼はそうガハハと笑って、そのカギ爪を手渡してくる。それをどう受け取れば良いのか一瞬考えた後、輪になった金属部分を指先に引っ掛けるようにして受け取った。
 刃渡りの長い刃が五本――両手で合わせて十本もついているカギ爪は、それ相応に重い。先程のサクの助言等、完全に無視したその刃の長さに苦笑する。
「貧弱そうとか、似合うとかじゃないだろ」
「褒めとるというのに。これに慣れたらお前さんも、自分で選べば良いさ」
 ガリアノの言葉にそれもそうかと納得する。とにかく武器というものを初めて扱うのだ。長所や短所なんてものもわからずとにかく全てが未経験の自分には、まずは宛がわれたものに順応してから、自分の意見を固めるべきだろう。
「初心者用ってことだな。ありがとう」
「ふむ。素直でよろしい」
 やはりガハハと笑うガリアノに、リチャードも安心感から笑みを返していた。これで彼女を守ることが出来る。
「マーレで造られた爪は、安価なのもポイントでな」
「マーレ? この爪の部分のことか?」
「ああ。普通の金属と違って魔力が混合されていて耐久性が落ちるんだ。その分軽量で扱いやすい。それに……」
 そこで言葉を区切ったガリアノは、少しバツが悪そうだ。値段の話をしたのだから、今更なにもないだろう。視線を投げて続きを促す。
「だいたいが魔力の反発を起こして手放される」
「つまり中古品ってわけだ。元からこの世界の住人じゃない俺なら、そんな反発はないだろうな」
「そういうことだ。お前さんは適任だな」







「レイル殿にはこちらが良いと思います」
 ガリアノがリチャードを連れて店の奥に向かった。理由はわかっている。数日前にこの店を覘いた時に見つけた、マーレの爪を合わせるためだろう。
 ゼートの魔力の強いガリアノに、あの魔力が混合された爪は使用出来ない。数多の戦闘により少しばかり汚れてはいるが、その刃に宿る輝きは本物だった。魔力が混ぜ込まれたとは思えない、不純物のかけらも見えぬ美しい刃。せっかくの代物がもったいないと嘆いていたが、どうやら大義名分を得て手に入れることが出来そうだ。
 先程は「刃渡りの長いものは選ばなくて良い」と言ったが、長身のリチャードならばマーレの爪に振り回されることもないだろう。長さに比べて軽量なので、彼の鍛えられた身体なら問題はない。
 リチャードの武器がマーレ製なら、その恋人であるレイルも合わせたほうが良いだろう。サクは店内をざっと見回し、同じ材質の数種類を見つける。そしてその中から一番見栄えも良く、刃渡りも長過ぎないカギ爪を選んでレイルに手渡した。
「私は全くの素人だから、選ぶのはサクに任せるよ」
 そう言って彼女は、素直にそれを手に取った。指先に輪を引っ掛け、刃物と認識しているのか怪しい程の気軽さでぶら下げる。彼女は本当に、サクに一任しているようだった。これならばもう一つの方――見栄えが劣る分少し値段が安い――にしても良かったかもしれない。
 なんとなく、彼女には見栄えの良いものを手にして欲しい。何故か彼女を見ているとそういう感情が沸き起こってくる。
「サク?」
 値段を見比べるサクを不審に思ったのか、レイルが愛らしく首を傾げる。その口から悪態や皮肉は何度も飛び出しているというのに、まるで汚いものなど何も知らないような、見る者を魅了する甘い笑顔が飾られる。
「いえ、なんでもありません。気に入りましたか?」
 首を横に振りながら、返事と一緒に自分の気の緩みも振り払う。すると彼女はサクの目線を追って、悩んでいたもう一方のカギ爪に手を伸ばす。
「こっちの方が良いんじゃないの? 私、サクが言うならこっちにするよ?」
「いえ……値段だけの問題なので……」
 観念して白状すると、彼女は愛らしく笑った。くすくすと本当に楽しそうに、そしてサクにだけ聞こえるように笑うのだ。蠱惑的な瞳がこちらを見上げる。
「サクはどっちが良い? サクに選んで欲しい」
 鈍く光る刃を片手でぶら下げて、もう片方の手がサクの頬に触れた。まるで別のナニカをねだるようなその仕草に、身体も思考も停止してしまう。武器が並ぶ棚同士の間隔は狭く、元から二人の距離が近かったのが、更に縮まる。柔らかい髪の毛がふわりと揺れる。
「サク、選んで……」
 彼女がもう一度、そうねだる。誘惑のように甘く囁き、ねだるのだ。そのあまりの妖艶さに、息を呑む。
「……こちらにしましょう」
 なんとか絞り出すようにそれだけ告げて、彼女の手にぶら下がったままのカギ爪を持ってやる。彼女に良く似合う、見栄えの良い高級品だ。黒の金属部分と鈍く光る刃のコントラストが美しい。
 受け取る時に軽く手と手が触れ合う。柔らかい毛並みの感触が、名残惜しい。そんなサクの心を見透かしたように、彼女の手が空いている片方の手に絡んできた。
 会計のために店主の元へと向かうそんな僅かな間、彼女の体温にサクは眩暈を覚える程だった。
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