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第一章


 部屋に戻ると、既に明かりは消されていた。手前のベッドに膨らみがあることが確認出来たのも、きっと身体の変化のおかげだろう。窓の向こうの光だけでは、本来ならこんなにはっきりは見えないはずだ。
「レイル……おやすみ」
 ベッドの膨らみに小さく声を落とし、リチャードもそのまま隣のベッドに潜り込もうとしたら、膨らみがゴソゴソと動いた。
「まだ寝てねーよ。待ってた」
 被っていた大きな葉っぱのようなものから、愛しい彼女が顔だけ出した。その言葉通り彼女の瞳は、しっかりと開かれている。
「悪い。ガリアノと話していたら話し込んじゃってな」
「へー? どんな話?」
 好奇心を刺激したのだろう。彼女は寝ていた場所を半分譲ってきたので、リチャードも彼女のベッドに腰を下ろしながら続ける。
「軽い身の上話さ。サクの妹さんと結婚していたらしいよ。だからサクはいつもあんな態度なんだな」
「ふーん」
 あまり興味のなさそうな返事が返ってきたので、やはり本当は眠いのかなと声をかけようとすると、そのまま彼女に引き込まれた。
 仰向けの彼女の上に覆い被さるような体勢になってしまい、慌てて身体を起こそうとする。
「あの二人のことより、リチャードのこと……知りたい」
 頬を彼女の手が撫でる。甘く、蠱惑的な瞳に誘われるようにしてキスを落とす。
 優しい笑みを形作る唇から小さな吐息が漏れたところで、なんとか理性というものが戻ってきた。顔を少し離し、彼女の表情を覗き込む。相変わらずの微笑みは、余裕か、それとも興奮か。
「私達、全然お互いのことまでわかってないだろ? だから……たくさん、教えて?」
 彼女の手が腰に降りてくる。夢のような、でも……
「……無理、してない? 俺が妬いてるとか……そんなんでするぐらいなら、俺はしない。俺は……レイルが大切だから」
 大事な彼女の罪悪感に付け入るようなことはしたくなかった。
「……違うよ。私にとって……大切なのはリチャードだから」
 美しい瞳を潤ませながら、彼女は小さくそう言った。彼女の小さな身体を優しく抱きしめる。微かに震えていた身体から、すっと安心したように力が抜けた気がした。
 不安を包み込む優しさを、俺達は分かち合うことが出来た気がした。






「ようお二人さん。もう起きてるかー?」
「ガ、ガリアノ様! せめてノックを」
 突然扉がなかなかな勢いで開けられて、ガリアノがズカズカと入ってきた。サクも後ろから申し訳なさそうについてくる。
「おはよう。もう起きてるよ。服、こんな感じで着たら良いのかな?」
 既に起きて朝の準備を済ましていたリチャードは、昨日買った服に早速袖を通していた。毛皮を主とした服装なんて、今までしたこともなかったので新鮮だ。なんだかワイルドな気分。
「おうおう。よく似合っているな」
 ガハハと笑ったガリアノの後ろで、サクが部屋を見渡していた。
「レイル殿は?」
 姿の見えないレイルのことを心配したのだろう。サクがそう口にしたと同時に、部屋に備えつけられていたタオル――光の魔力により程よく暖まっていた植物の葉だ――で身体を拭いていたレイルが、洗面所から出てきた。
 この世界では水が苦手な者が大半なので、そういったもので身体や顔を拭くようだ。ちなみに犬歯が目立つためか、歯ブラシは見つからなかった。
「おう、サク、ガリアノもおはよう」
 本人は明るく挨拶しているが、その格好はまずかった。大きめの葉一枚で身体を隠しただけの彼女の姿に、ガリアノは笑い、サクは赤面して身体ごと顔を背けてしまった。
「おはよう。大胆なこった。身支度が出来たら宿の前に集合だ。朝飯に行くぞ」
「わかった」
 レイルに服を投げ渡しながら返事をするリチャードに、ガリアノはもう一度大笑いし、サクを伴って部屋の外に出た。
「ガリアノってさ、飯の話しかしねーよなー」
 レイルのどうでもいい呟きには、溜め息しか出ない。
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