第一章
宿の客室についた途端、レイルはベッドにダイブした。買い物によって大量に増えた荷物――店のラベルが入った袋が三つだ――を部屋の隅に置き、リチャードも彼女の隣に腰かける。
買い物により荷物が多くなってしまったので、夕食の前に宿に一度寄ることになったのだ。部屋が空いていたのもあるが、ガリアノが気を利かせてくれたようで、二人部屋を二つ取ってくれた。もちろんリチャードとレイルが同じ部屋だ。
ツインの部屋で、家具はベッドが二つに簡単なテーブルセットのみ。窓からは夜の街の賑わいが感じられるが、こんなに穏やかな気持ちでこの夜を迎えられるとは思わなかった。
「んー、少し固いけどやっぱベッドだなー」
幸せーと声を上げるレイルに思わず笑ってしまいながら、リチャードも寝転がって感触を確かめる。
枠もなく、植物が編まれたクッションだけのこのベッドは、まるで四角く整えられた鳥類の巣のような見た目だ。だがその柔らかさと包み込むような植物の香りは、疲労が重なった二人には充分過ぎる癒しを与えた。
早く眠りたい。だがガリアノがもうすぐ飯だと呼びに来る。なんという贅沢な悩みだろう。
「衣食住、今日で揃えられたな」
「人間にとっての最重要項目……今の私達が人間って言えるのかはわかんねーけど」
「本当に運が良かったよ。俺達は」
寝そべったまま、つい本音が出た。
本当に、本当に運が良かっただけだろう。たまたまガリアノとサクの二人に出会わなければ、自分達はあの店前で何をされていたかわからない。暴力を受けたかもしれないし、街から放り出されていたかもしれない。
丘の上から見た限り、近くに人の気配がある場所は他になかったので、それだけでも飢え死にといった可能性は充分高まっていただろう。おまけに街の外には魔物が彷徨いているとも言っていた。
街の住人とのコミュニケーションもままならない自分達が、旅の準備を整え、今夜の夕食にありつけるのも、彼らの協力があってこそのことだ。
「そうだな……」
隣のレイルが上体を起こしながら相槌を打った。だがその表情には、安堵の気配はない。
「どうしたんだ?」
「いや、どうにもお人好しが過ぎるからさ……私の考え過ぎなら良いんだけどな」
「……」
話が上手くいき過ぎている。そうレイルは言いたいのだろう。
リチャードもそれは考えてはいた。だが、今の自分達にはどうしようもないことだ。だから考えないことにした。返す言葉を考えていると、レイルが抱きついてきた。小さな身体を反射的に抱き締める。
「やっぱり、こんな時に信じられるのは恋人だけだな」
甘い声でそう言われ、思わず彼女の顔を覗き込むと、そのままキスを仕掛けられた。
覆い被さるようにして、レイルはこの時を楽しんでいる。その姿の奥底に不安を見つけたような気がして、リチャードは彼女の身体をいっそう強く抱き締めた。
彼女を守るのは俺の役目だ。絶対に守りきる。