本編
露出した目元から涙を流すエイトに、嘘をついている様子はない。そのことにロックは、自分の頭が急激に冷えていくのを感じていた。
「……あんたの言い分はわかった」
静かに口を開くロックに、全員が目を奪われる。一瞬でこの空間の主役となったロックは、静かにエイトに続きを促す。
「僕は全ての真実を受け入れ、それからしっかりと判断したい」
「……こんなクソみたいな親から、しっかりした判断の出来るガキが生まれるとはな」
「あんたにも、叶えたい願いがあったからここに来た、だろ? 僕の気分を害しても、プラスにはならないぞ?」
あくまで冷たく睨みつけながら、ロックは言った。ロックは主役ではなく、裁く為に話を聞く。
「ふん……なら、全て話そか」
視線を受け止め、エイトは溜め息をついた。追い詰められた表情で抵抗しようとするクロードを、銃で牽制しながら話し始める。
「俺達、ウェスト通りの人間は、生活に困って移住してきた外国人や。発掘の仕事で住む場所も用意するという触れ込みで、俺達はクロードに連れて来られた。男達はみんな、遺跡の発掘に精を出した。丁度閉館した博物館の近くから掘り始めた。そこが一番、目的地に近かったからや」
「目的地……この空間か?」
「そうや。こいつは最初からこのコヅチが目当てで、俺達に長年掛けて掘らせたんや」
「待て、僕の身体が悪くなったのは最近だ。そんな前からなら理由がない」
ロックは、先程から気になっていた矛盾を口にした。
「理由なら、ある……」
その問いに答えたのは、クロードだった。
「私は、“遺跡の発見者”になりたかったんだ……」
搾り出すようにそう言うクロードに、いつもの余裕の笑みはない。あるのはただ、自嘲の笑みのみ。
「昔から、このコヅチの存在は知っていたんだ。その頃は、これが“コヅチ”ということは知らなかったがね」
何かを思い出すかのように、クロードはコヅチがある後方を振り返る。金色に輝くそれが、ただ視界に入るだけで満足そうな顔をする彼に、エイトも邪魔をしようとはしない。
「文献で『願いを叶える黄金の木片』があると知った時、私の心は衝き動かされた。冒険や伝説こそが男のロマンだ! だがこの時は、目先の問題である遺跡の制作に全てを注いでいたので、後回しにした」
「……遺跡の制作?」
クロードの言葉に違和感を覚えたのであろう。レイルが聞き返す。
「結論から言うなら、ここは最初はただの鉱脈やった。コヅチなんて物もなかったんや」
エイトが吐き捨てるように言い、クロードがまたこちらに向き直りながら、その後を引き継いだ。
「その当時の私の願いは『遺跡の発見者』になることだけで、これは胡散臭い伝説に頼らなくても充分達成可能だった。沢山の尊い犠牲の上に、自作の遺跡は完成に近付いた」
「綺麗事ばっか言いやがって……」
「最初に掘り当てた美しい鉱脈の空間からどんどん拡大し、広間が出来た頃だ。ロック、お前が病気になった」
いきなり父親に指を指され、ロックは自分の表情が険しくなっていることを自覚する。クロードが、ロックの病気のことを悪いことのように言うのは初めてだった。
「お前の病気が難病だとわかり、私は遺跡の件はエイトくんに任せ、世界中を飛び回った。単身の時もあれば、家族と共に行く時もあった」
話しながらクロードの顔が歪むのを、ロックは見逃さなかった。
「そこで私は、一度忘れかけていたコヅチの存在を思い出した。世界中の医者に診せても、ロックの身体がよくならない。私はこれに賭けることにした」
ロックは自身の手を強く握り締めた。自分と同じ考えに至った父親を、責めることは出来ない。
「コヅチの力は絶大だが、その力を得るには、特定の鉱脈に囲まれた空間が必要だった。しかし、この問題はあっさり解決することが出来た。妻の文献で最適な地質を探していると、今掘り進めている遺跡の鉱脈こそが、コヅチの力を発揮するためのポイントだとわかった」
そこから沈黙するクロードに、エイトが更に強く銃を突き付ける。
溢れる怒りを隠そうともしない彼の行動よりも、ロックはエイトのちらりと見えた腕が気になった。包帯の巻かれた腕が、自身の暴力によって微かに震えている。
「更に詳しく調べると、コヅチが現存していることがわかった。博物館に展示されていたが、廃館と同時にそのまま置いて行かれたらしい。廃館しているのなら、と私の罪の意識は薄れた……いや、息子を救うためなら、例え営業していても押し入ったな。確か四ヶ月程前だ。ウェスト通りの天使像がある博物館……あそこに盗賊として潜入した」
「訂正、あるで。潜入した実行犯は俺らで、あんたは運転手やっただけや」
口調は軽いが、エイトの表情は氷のように冷たい。
「潜入したのは俺と、お前ら挟んどる二人や。初めてこれ見た時は『パチモン臭いけったいな色やなぁ』思たわ。確かに置いてかれるんもわかるわかる」
溜め息をつきながらそこまで話すと、エイトは自分の上着の袖を捲り始めた。色白だが鍛え上げられた筋肉が露わになる中、彼は冷たく言い放った。
「台座ごとコヅチを奪った俺達を、クロードは発掘用重機で撥ねたんや。自分はちゃっかり、台座とコヅチ奪ってなぁ」
彼の腕に巻かれた包帯が、真実だと物語っている。
「あの壊れた天使の像は、その時のか……」
レイルが誰ともなしに呟いた。クロードからも反論はない。
彼もまた、冷たい死んだような表情をしている。普段はしっかりと手入れされていた茶髪の乱れが、まるで彼の心を表しているかのようだ。死人のような口が動く。
「私は……完成した遺跡の奥、つまりこの空間に台座ごとコヅチを運び込み、広間への道を岩に見せ掛けた扉で塞いだ。最後に広間で宴会をすると言って集めた、エイトくんとそこの二人以外の全員を、生き埋めにしてな」
「俺らの仲間……お前らも見たやろ?」
広間にあった無数の骸骨を思い出したのか、ルークが笑いそうになった自身の膝を掴み、その衝動からなんとか堪えている。ロックも友として、息子として、自分だけが逃げる訳にはいかない。横のレイルも、ルークと同じように強い目線で堪えている。
「エイトくん達も轢き殺したと思った私は、これで秘密を知る人間は誰もいないと安心した。ウェスト通りの女共は、旦那がどこで働いているかも知らなかったからだ。情報管理だけは、私が徹底して行ったからな。だが、それでも嗅ぎ回るような女は、殺さないといけなかった」
自慢するような台詞が、力なく出てくる。
「そして計画は第二段階に入った。ロックにも読めたはずだ。この台座に書かれた文字が」
「『血の贄』のことか?」
「そうだ。台座を一晩置いておいたら、いつの間にか床にまで文字が刻まれていた。おそらくコヅチや台座が、この部屋を儀式の間として認めたんだろう」
そう言われてロックは、改めて床の字を見詰める。確かに、とにかく人の力で力任せに彫ったのではないことがわかる。
「『血の贄』とはすなわち、肉親。コヅチを振るには、その者と血の繋がった人間が二人必要だ。そして、贄となった人間は死ぬ」
恐ろしいことを、まるで授業の説明をするように言う。
「その為にお前はっ!!」
エイトはそう搾り出すように言って、引き金に指を掛ける。彼の震える指に、クロードはそれでも大きな反応は示さない。
「私は、君の奥さんと愛し合っていた」