本編
安っぽいデザインの棚に設置されたテレビを見ながら、レイルがリモコンをしきりに操作している。
画面には今朝の速報――隣町の学校に潜入したテロリスト達が強制送還されたことと、これまた隣町で大規模な地盤沈下があり、博物館を中心とした、広範囲の家屋が沈んでしまったこと。そして損傷が酷いためか、身元の判別が困難な遺体が数体見つかり、まだまだ犠牲者の数は増えるであろうというニュースが流れていた。
「レイル、どんな様子だ?」
朝食とは言い難い時刻の食事が入った袋を運びながら、ロックが問い掛けた。
彼はスウェットにパーカーを合わせたラフなファッションで、軽快とは言い難いがそれでも確かな足取りで、テーブルに三人分の食事を持って来た。昨日の夜に買っていた食品達が、玄関に袋のままで置きっぱなしにされていたからだ。
外はもうすでに、太陽が絶好調とでも言うように残暑よろしく照り付けている。
「サンキュー」
ふかふかのソファーに腰掛けたレイルに蹴られるようにしながら、ルークは礼を言う。ルークは綺麗な床にそのまま腰を下ろしていた。
三人は昨日、地下から戻ると、ロックの家で荷造りをし、そのまま隣町の宿まで逃げてきていた。ここも今日中には出て、そのまま更に遠くに逃げることになるだろう。
今は寝起きなので、ロックの着替えを皆着用している。三人とも色違いのスウェット姿だ。
「どこも同じニュースばっかりだ。そんなことより、身体の方は順調?」
ハムサンドにかぶりつきながらレイルが聞く。ロックは軽く腕を回す仕種をしながら、ゆっくりとレイルの横に腰を降ろした。
「なかなか神経というか、感覚まではすぐ治らないみたいだな。でも、それも慣れたら完璧に治癒したことになる。薬も飲まずによく寝れたよ」
「そりゃあ、良かった」
レイルが嬉しそうに笑う。彼女の後ろのテレビ画面では、リポーターの女性が事件と事故の悲惨さを順番に述べている。
「事故、ってことになったみたいだな」
「ああ。家の者も死んでたが、あの遺跡に埋めたから問題ない。どちらの入り口も閉じたからな」
「どっちも女神像がつっかえになるなんてな」
ルークがしみじみと言う。言葉とは裏腹に、彼は終始画面に背を向けている。
「……どうして撃った?」
ロックの問い掛けに、カーテンがフワリと舞う。眩しい外の光は暖かく、今日の学校が臨時休校の厳戒体制であることが嘘のようだ。原因の自分達が、一番しっくり来ていない。ルークは立ち上がり、そのままロックの横に座る。
「お前が、大事な親に手を掛けたから」
「大事な親に違いはなかったけど、僕は父さんの言葉に共感したから撃っただけだ」
“自分達の邪魔をする”父さんを、“排除”した。これからの人生について回る犯罪者としての顔を覚えさせない為に、あの場にいた全員を殺した。自分の親友の未来を守る為に、大切ではない人間を切り捨てた。三人で協力して、共犯者になった。
「スポーツに、ゲームに、バンドに……今まで、たくさんのことを共有したけど、今回みたいなのは二度と勘弁だぜ」
レイルがおどけたように言う横で、ルークが初めて画面に向き直って言った。
「あのゲーム、落ちた男の最後の言葉……今なら、意味がわかる気がする」
強く、強く画面を見詰める。あの死体達を運んだのも、自分達だ。
「……『君らの幸せの為に私は堕ちよう。友として、忘れないでくれたまえ』」
ロックが暗唱する。
「友の為に死んだのに、忘れられたら意味がない。でも人間は、忘れちまう生き物なんだ」
ルークが拳を握りながら言った。いつの間にか、カーテンを揺らしていた風は止んでいる。
「僕だって、忘れたくはない。だからこうして共犯者になった。お前らと“対等”に、ずっと一緒に生きていくために」
ゲームの中の彼は、目先の宝に目が眩んだ。それは美しいダイアモンドで、彼の心を負の力で覆い尽くした。宝とヒロインを独り占めしようとした彼は、主人公に倒され、遺跡と共に沈んでいった。
――彼は宝とヒロインを、奪い返された。
ロックは静かに目を閉じる。
加害者は、時と共に記憶が薄れていくものだ。対して被害者は、永遠の苦しみを記憶に残す。
だが僕は、自分達のしたことを絶対に忘れたりはしない。全て無くす為に、僕達は全てを傷つけ、奪った。
ゲームは、正義と悪を描き出した。宝とヒロインと主人公まで求めた自分は、間違いなく地獄に叩き落とされるだろう。
だが、自分の手には宝で手に入れた身体の自由と、ヒロイン、主人公がある。
三人ならば、例えどこまで堕ちようが構わない。エンドロールの最後には、遺跡から脱出していた彼のように、絶望の中でも描かれていないだけで、きっと確かに存在する。そんな未来――希望があっても良いはずだ。
END
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