本編
案の定、コヅチへの最後の扉は開ききっていた。青い光が坑道まで漏れており、先頭のルークの顔を青白く染める。
「さっきの銃声は届いてるはずだ。バレてるぞ?」
ロックがつまらなそうに言う。そんな彼に、ルークはガッツポーズをして答える。
「なら、正々堂々正面突破だ」
銃を片手に飛び込むルークに、三人はやれやれと呆れながらも後に続いた。
最初はクロードだけがいるのかと思った。
コヅチの前に跪いた彼の横に、大柄な男が立っている。男はクロードに拳銃を突き付けたまま、こちらを静かに睨みつけていた。
「ロック、それに君達も……どうして来たんだ!?」
クロードが焦ったように叫んだ。ルーク達はすぐに状況を飲み込み、動けなくなる。
いくらコヅチがあるといっても、確実に生き返る保証はない。ましてや親友の父親の頭に、一度風穴を開けようとは思わない。先程までの“知らない人間”とは違うのだ。
すぐ真横に人の気配を感じ、ルークは視線だけで左右を見渡す。坑道から出たところで一塊になっている自分達の左右に、大型のタンクのようなものを背負った二人の男がいた。
目の前と左右、三人とも黒い上下の服装で、黒いマスクまで着けているため、全員が同じに見える。全員、体格が良い。入り口からは丁度、死角になっていて気付かなかった。
ルークがどう考えても友好的ではないタンクを見ていると、ロックが驚いたようにその名称を口にした。
「火炎放射器……ハンドメイド臭いが」
最後はそう吐き捨てるように言った。確かに言われてみれば、スクラップ品を繋ぎ合わせたようにも見える。
「クリーナーの中身でもいじくったのか?」
極端な話、ライターと可燃性の物質を組み合わせれば、それは立派な火炎放射器だ。よく見れば男達の持つその武器には、先端にバーナーのようなものがついている。事態が片付いた後には、家を焼き払うつもりだったのだろうか。
「こんな地下で、火なんか起こしてみろ! 全員酸欠で死んじまうぞ!! ルークがどんな気持ちでライター使ってないと思ってんだ!?」
「いや、俺はそこまでライターに思い入れないから!」
叫んだレイルに冷静にツッコミを入れながら、ルークは前に視線を戻す。
「そういうことだけど、どうするんだ? 見た感じ、あんたがリーダーみたいだが?」
ルークがそう問い掛けると、リーダーらしき男はすっと右手を上げた。それを合図に、ルーク達を挟む左右の男達は、タンクの先端を上に向けた。その行動がやけに儀式じみていて、ルークは不快感と共に恐怖を感じた。
「こっちとしては、君達に全てを知って貰った上で、この男への処刑を見届けて貰いたいんや」
言葉こそ親しげだが、節々に威圧感が滲み出ている。ウェスト通り特有の訛りが、独特の凄みを出しているようだ。
その男はマスクだけでなく、バンダナで髪まで隠している。レイルが銃を持つ手に力を込めたのが、隣のルークにもわかった。
「君達はコヅチの重大な欠陥を知らへんやろ。死んだら二度と、生き返らへんで?」
男の言葉にレイルは舌打ちをしながら、それでも視線は自分の隣にいる男を油断無く見ている。
「血気盛んなお嬢さんやな。ジョイン、お前に似てるわ」
いきなり話を振られて、ジョインは握り絞めた手に力を込めた。まるで、圧倒されていた自分に気合いを入れ直すように。彼女は深く深呼吸をした後、強く男を睨みつける。
「ええ、そうね。だから今は一緒にいるのよ。エイト」
エイトと呼ばれた男は小さく笑うと、拳銃をクロードの頭に押し当てる。無機質の硬さに痛がる彼の反応をひとしきり楽しんだ後、冷たい視線でルーク達を見据える。
「知り合いか?」
ルークは顔の向きは変えずに、隣のジョインに問う。
「ええ、エイトって名前の強行派のリーダーよ。ファミリーネームまでは知らないけど……彼の奥さん、例の“カルメンの恋人”に殺されてるわ。子供も、何人かいたらしいけど」
「“カルメンの恋人”に、嫁さんごとパーやわ」
「よく言うわね」
唸るようにしてジョインは続ける。
「子供達が産まれた頃から、虐待が酷いって噂だったわよ? 聞くところによると、浮気されたらしいじゃない。貴方が殺したんじゃないの?」
「みんなそう言うけどな。残念ながら事実はそうやないねん」
ジョインの挑発とも取れる台詞を受け流し、エイトは呼吸を整えるように言葉を区切る。その目には深い憎しみの色が宿っている。たっぷりの沈黙の後、彼はさも楽しそうにこう言った。
「俺の家族を……俺らの仲間の大切な人達を殺したんは、クロードや」
誰一人、言葉を発しようとしない。ロックが目を見開き、しかしそれでも冷静に、状況を整理しようと震える横で、ルークはただ硬直し、レイルはロックの肩を強く持つことしか出来ていない。
誰のものともわからない、荒い息遣いが響く。
「何言ったか、わからんかったか? わかるまで何回も言ったるで? お前の父親は人殺しや」
「貴様……それ以上でたらめなことを……っ!!」
思わず反論するクロードだが、エイトに銃を容赦なく押し付けられ、黙るしかなくなる。
「ちょっと待って!! 坑道では女は働いていないはずよ!?」
ジョインが訳がわからないと言いたげに、そう声を上げた。彼女は彼女で、自分の知らないことが出てきて混乱しているようだ。
「坑道で死んだんは、確かに男ばっかりや……クロードはな、自分の息子のために俺の家族を射殺したんや!!」