本編
締めくくりにクロードがお堅い挨拶をして、解散になった。
まだ暖かい夜道を、レイルは父親と共に歩く。先程まではルーク一家と共にバスに揺られていた。
仕事帰りの人影も疎らな大通りを歩くには、父親と二人では勿体ないような感覚に陥る。固いレンガの感触を楽しみながら、レイルは父親の半歩前を歩いていた。
「お前が音楽好きなのは知ってたが、まさか三人で練習してたとはな……ところで、ミリタリーごっこなんて、嘘だろ?」
突然、斜め後ろからトレインがそう言った。レイルには、後半言われたことを理解するのに少し時間がかかった。
「嘘って……なんで?」
シンプルに理由を聞いてみることにする。褒められたことよりも、そちらの方がよっぽど大切だ。
「いつも泥だらけになって帰って来るし、塹壕はあれだけじゃ足りない」
「塹壕に隠れるのは私ばっかりだから……どう?」
父親相手にも、レイルの口調はいつもと変わらない。
「だとしても、不自然な点が多過ぎる」
そう言いながら困ったように笑うトレインに、レイルも同じような表情しか返せない。多分――同じ思いを抱えているから。
「レイル……お前の問いに答えてやるから、お前も問いに答えてくれないか?」
トレインは立ち止まった。いつの間にか自宅の前まで歩いていた。さすがは駅近物件。家には入ろうとせずこちらを見るトレインに、レイルも観念して頷く。
「父さん、これ以上捜査機密をばらしたら、警察官失格じゃない?」
「俺は警察官としてではなく、父親としてお前に聞いてるんだ」
静かな住宅街には、自分達以外の人の気配はない。
「なら、特別に教えるから、父さんも教えてね? 私達は放課後や休みの日に集まって、ロックの体を治す方法を考えてる」
「考えて、泥だらけになるのか? どこかのカルト集団に入ったんじゃないだろうな?」
「違うよ。ジャパニーズの伝統的な医療を実践してるだけ」
後半はかなりぼかしたが、一応は真実だ。トレインは訝しげな目をしていたが、やがて諦めて口を開いた。
「……詳しく話す気がないのはわかった。俺は何を話せば良い?」
彼の憮然とした表情で、今の発言では説明不足だったことを悟る。
「クロードさんを何故疑うのか」
「もう疑った前提なんだな。わかったよ……我々の捜査では、犯人は現場に装飾されたライフルの破片を落として行ったんだ。装飾銃なんて、一般家庭にはないからな」
そう言いながら懐から手帳を取り出し、そこに挟んでいた写真を見せてくれた。それは殺人現場の写真で、死体は写っていなかったが、壁にめり込んだ弾と銀の破片が写っていた。
レイルの頭を電流のようなものが走った。それはもちろん感覚だけの話だが、父親にバレないように細心の注意を払う。
「なるほどね。でも、これだけじゃまだ不十分だ」
自分に言い聞かせるように言う。
「そうだ。単なる俺の勘だ。今日のパーティーでわかったんだが、俺はクロードさんのことが嫌いだ……俺の発言は全部内緒だぞ?」
「わかってるよ……なんで嫌い?」
慌てて取り繕う父親に笑いながら、レイルは先を促す。
「使用人や庭師に対する態度が気に食わなかった。お前達が来るまでに紹介してもらったんだが、正直部下を紹介する時もあそこまでは言わない。まるで、自分と彼らは違うような態度だった」
「実際……違うとは思ってるだろうな」
「そういう考えが気に食わない。犯罪者の考えと似ている気がするよ」
「犯罪者と?」
目を丸くするレイルに、トレインは遠くを見ながら答える。
「ああ。自分達より劣っているから殺すんだと……人間の命は平等だと、なんで気付かないんだ」
「……父さんの考えは、きっと一般論だろうけど」
そこでレイルは言葉を区切る。立ち話のせいで、すっかり身体は冷えていた。
「平等の命なんて、絶対に有り得ない。命の価値は、その命を握った人間によって決められる。だから無くならないんだ――」
――差別も、殺人も。
「昔、私が大事にしてたスパイダーを、父さんが殺しちゃっただろ? 私にとっては宝物だったけど、父さんからしたら害虫だった。父さんは害虫を殺せるから殺した。例えは悪いけど……極端な話、そういうこと」
無感情に続けるレイルに、トレインは口を挟むことはしなかった。目の前の父親も、世界は平等ではないとわかっているからこそ、大多数の言葉を振りかざすのだろう。強者なんてものは、一握りの“異物”でしかない。