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本編


 それからは楽しい食事の時間を共有し、碧は自宅まで優利に送ってもらって帰宅した。
 ちなみに会計は優利の奢りである。さっさと伝票を取り上げられて、そのままするりと会計を済まされてしまい、碧としてはお礼を言うしかないスマートさだった。
 食事中の話題の中心は、やはりお互いに最大の関心事である智夏のことで。優利と智夏の関係はそれなりに長いらしく、性的な関係をもったのも知り合ってからそんなに時間の経たない頃からだったらしい。
 普通だったらこんな話、いくら元カレでないとしても聞きたくもない話題だが、何故か優利と話すことに抵抗は感じなかった。普段の碧は同性同士でも下ネタや下品な話はあまり好まないし、そもそも性的な経験がないこともあって出来るだけ話題自体避けてきた程だったのに。
 もとより優利が話し上手ということもあるだろう。だが、それ以上に年上の彼らしいスマートな気遣いが、赤裸々な話題の良い緩和剤になっているようだった。
 下品な発言をわざと放ったかと思えば、その後すぐにそれを冗談のように茶化して、いやらしい話題を軽い笑い話のように挿げ替えるのだ。こんな話術、少なくとも碧の周りの学生では到底披露できるはずもない。いや、年齢だけの話ではないかもしれない。
 とにかく、今日の短い時間だけでも、優利がとても凄腕の営業マンであり、理想的な年上のお兄さんだということがよくわかった。弟である昌也がクズ兄貴と言いながらも尊敬している理由も。
――すごい、大人だった。
 優利は智夏と同じく、内面だけでなく、その身なりすらも大人であった。
 私服姿の朝の時点で、大学で見る友人たちとは着ている物の素材が違うとは思っていたが、スーツでまさしく“武装”された優利の姿は、男の魅力に満ちていて。
――こう思うってことはやっぱり、私も智夏もバイセクシャルで合ってるんかな……
 恋愛感情、ということではない。それでも優利に対する自分の感情に、『理想の男性像』が混ざっていることを自覚した碧は、自分自身の性的指向がレズビアンではないと再確認する。
 少女漫画のヒーローに淡い恋心を抱くような、そんな『現実的ではない感情』と同レベルの『憧れ』を自分も持ってしまったせいか、碧はもう、智夏と優利の関係性に嫉妬することをやめた。
――素敵な親友が智夏にはいて、その人から私も仲良くしようって言われたんやから。二人を信じて、大丈夫。
 うん、と自分自身の気持ちの切り替えのために頷いて、碧は自室のベッドに横になった。
 帰ってすぐに風呂に入って、あとはもう寝るだけの状態だ。風呂に入る前に智夏には帰ったと連絡をして、その時に優利と会って喫茶店に行ったことも伝えた。風呂上がりにスマホを確認したら、風呂の間に智夏から返事が来ており、『あのアホ結局仕事行ってたんや。仲良ぉやれそう? 襲われそうになったら弟にチクったれ』と冗談交じりの内容に碧も思わず吹き出してしまった。
「そんな心配ないって。良いお兄さんやったよ……っと」
 スマホに打ち込むメッセージを口に出しながら入力、送信。すると開いていたメッセージアプリに着信が入った。一瞬、メッセージの送信相手から返信ではなく通話が来たのかと思ったが、違った。
 ディスプレイに表示された相手の名前は『健斗』だった。
 間違っても通話を開始してしまわないように、碧は慎重にスマホをベッドの上に置いて手から離した。
 優利とは別で、健斗のことは信用出来ない。それは下心とかデートの誘いとかそんな単純な表面的な部分だけでなく、彼の昌也に対する姿勢からくる疑心だった。
 男同士としてゲイという存在を受け入れることは、もしかしたら女である碧よりハードルが高いのかもしれない。生々しい想像を嫌でもしてしまうし、それまで仲が良かったら尚更、騙されたような気持ちになるのかもしれない。でも、それでも……
 同性の恋人がいる同じ立場だからか、昌也を嫌悪する健斗の姿が、自分にも向けられているように感じられていた。昌也に見せたあの勢いで『気持ち悪い』だの否定されたら、碧だったら泣き出してしまうだろう。
 苦手意識、なんて生易しいものではなかった。碧の中に植え付けられた健斗への疑いは。
――大事な友達を嫌う人なんて、私だって話したくないし。
 智夏からも無視したら良いと言われている。昌也にあんな悲しそうな顔をさせる相手と、何を楽しく話せると言うのだ。
 バイブレーションはまだ続いている。相手からの着信が終わらない限り、このメッセージアプリは他の操作を受け付けない。ベッドの弾力に幾分か殺された振動音を気にしないようにしながら、碧はカレンダーに目をやることによって自分自身の気を逸らすことに努める。
 部屋に掛けてあるカレンダーには、来週に約束した智夏とのドライブデートの予定が書かれていて。今日、智夏本人にも再確認したが、体調的にも問題ないのでドライブデートはそのまま決行の予定である。
――さすがに遠出は心配やし、近場で全然かまわんもん。
 智夏は琵琶湖ら辺にでも行くかとか言っていたが、運転手が智夏なのだから、それこそちょっとだけ離れたショッピングモールにでも行って、ウインドウショッピングをしながら疲れたらお茶をして帰ってくるデートでも全然良いと碧は考えている。病人に無理はさせられない。でも、そんな態度を見せると智夏は少し落ち込んでしまうような気もした。プライドもしっかりある人だから。
 そんなことを考えているうちに振動音は止んでいて。
 やっとやり取りの途中の画面に戻ったディスプレイに安堵しつつ、スマホを手に取った碧の目に、今の今まで考えていた相手からの返信が飛び込んできた。
『碧って花とか好き? 植物園でも行くかー?』
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