【BL】同時多角関係の浮気彼氏達
初めて投稿した動画は、間違いなく『大成功』と言って良い再生数を叩き出した。計画通りにSNSの投稿がバズり、それを追う形で動画自体も再生回数が伸びたのだが、そこには拓真の考えた悪知恵が効いていた。
「まさかSNSの方に投稿した動画には、音声入れてないとは思わんかったわ」
乾杯、とジョッキを当てながら、一希がそう言って満足そうに笑う。
一希から夕食に誘われた拓真は、仕事帰りにそのまま指定された海鮮居酒屋に向かった。一希の行きつけの店らしく、最近も優利と来ていたという話を本人から聞いて、拓真がこの店をリクエストしたのだ。二人だけの秘密みたいで腹が立つから、という理由は口に出していないが、ふっと小さく笑われたので多分バレている。
拓真が店に着いた時には既に一希も到着していて、通された個室にてまずはビールで乾杯という流れになったのだった。ちなみに今日、優利は来ない。盆明けにアクシデントに見舞われ、今夜も絶賛残業中だ。『日付が変わるまでは帰れんからパス』と連絡があり、動画投稿大成功の打ち上げは、後日に延期になってしまった。
「人間って隠されてた事実を知ると言いふらしたくなっちゃうやん? やからSNSの方から動画に流れてきた視聴者が、そこで初めて『この動画、BLやん!』って気付くように仕向けてん。そうしたら後は勝手に『この人らゲイや!』ってSNSの方にも書き込まれるし、そこで更にバズるからさ」
「今の時代、ホモやーって悪い意味で騒ぎにくくなったからな。公式アカウントも問題なくランキングに入れてくれたやん。絶対あれ、緊急会議あったな。そうじゃなかったら、あんなに連絡来るん遅くならんやろ」
「それはなー。担当者さんには申し訳ないー」
そんなことを言いながらゲラゲラと二人で笑い合う。
本当に、初めての動画投稿は大成功だった。再生回数は拓真の目論見通り今でも上がり続けており、チャンネル登録数も比例して増えている。コメント欄も概ね好意的にとられていて、予想よりも誹謗中傷は少ないくらいだった。もっといろいろと言われるかと思っていたが、やはり男前を並べるのは有効な手段だったようだ。優利と一希の魅力が男女共に非常に有効なのは、拓真が一番よくわかっている。
三人で行ったタイムアタック動画は、最終的にランキング九位という位置に収まった。トップテン入りは嬉しい限りだが、欲を言えばもう一息という気持ちもある。今までワイワイ楽しんでやっていたゲームで初めてタイムを競ったのだからこれくらいだと言われればそうなのだろうが、正直タイムを見ても、まだまだ上位は狙えそうな手応えがあった。
「次はもっと上目指さんとなー」
「拓真は何事にも負けず嫌いやな、昔から」
「まーなー。営業成績もプライベートも負けるよりは勝ちたいやーん。つーかそれは、優利くんもカズもそうやん? 優利くんなんて一番忙しい癖にめっちゃ闘志燃やしてたし」
「編集とかしたんあいつやからな。手間かけた分順位が微妙で苛立っとるんやろ。ま、その代わり再生数稼げたしええやん? 収益化にはまだまだ手が届かん言うても、滑り出しとしては上々やろ? 盆前に撮った動画も近々出すって言っとったし」
「かなりなー。つーか金欲しい言うたん僕やのに、いつの間にか優利くんがイキイキとしてるしー。そんな優利くんもかっこカワイイから大好きやけどー」
「あいつ凝り性やからな。多分そのうち編集技術勉強始めるやろな、本格的に。俺らもちゃんと勉強せんと尻叩かれんぞ」
「やーんえっちー」
注文した料理が届く度に話は中断したが、そんなことで二人の盛り上がりは止まらない。よくよく考えれば車以外で、ここまで三人で熱心に打ち込んだことはない。付き合いの長い一希とも、おそらく初めてのことだろう。それこそ、セックスぐらいしか心当たりがないくらいだ。
「優利も交えての打ち上げは、いつになりそうや?」
「明日明後日と来週末は、みんなミーティングとか走行会とかあるから無理やろ? 来月ちゃーう? 平日はちょっと、僕も今月稼働日少ないから厳しいかもやしー」
「連休明けはどうしてもバタつくからな。俺はべつにいつでもええんやけど、お前、優利に言うことあるんやろ?」
この店自慢の刺身に箸を伸ばしながら、一希が突然、そんなことを言ってきた。視線は相変わらず拓真から一瞬たりとも逸らされず――飯食いながら視線逸らさんとか、ちょっと怖いから――、不意打ちを食らった拓真は思わずむせてしまう。
「っ……なんでカズってそんな僕のことわかんのー? 優利くんと違ってサプライズ効かんねんからー」
「べつに今回の動画も優利へのサプライズやねんから、俺にバレるんはどうでもええやろ」
「いや、ま……そうやけどー?」
敵を騙すにはまず味方からって言うやーん、という言葉は飲み込んで、何故この『計画』がバレたのかを考えながら白状することにした。一希相手にはいつでも素直に接している。悪い意味でも良い意味でも、素直に真実を伝えている。
「どこまでバレてる? 僕の企み」
「……思い出作りに海外旅行でも行きたいんやろなって思ったんやけど?」
「誰と?」
「優利と……俺とも、か?」
「……正解」
本当は、自分で資金を用意するつもりだった。子どもの頃からの夢だった、ホエールスイムにクルーズ旅行。それらを愛しい彼氏二人と共に、一生忘れない『思い出』として拓真は欲しかった。
だが、現実はあまりに愛しく甘い。愛する優利と繋がり共にいる時間が幸せ過ぎて、ついつい『いつか』の夢のための貯金がおざなりになってしまった。一希ともそうだ。本当に、愛し過ぎて……高価な指輪だったりホイールだったりの出費のせいで、ついつい……その『いつか』なんてまだ来ないと甘えてしまった。
いつか……『いつか』愛する……愛する優利が結婚してしまうその時までに。その時までに、愛し合う恋人同士として、永遠に叶わぬ『新婚旅行』を味わいたかった。一希ともそうだ。今は結婚しないと言っているが、未来がどうなるかはわからない。それに……
――僕自身も優利くんと一緒やし。親には孫見せなあかんって立場は、男好きにはきっついよなー。
優利の考えは理解できるし応援している。お互いにそうなのだ。本命と会っている間は絶対に邪魔はしないし、デートの時間も優先する。いつかは本命と結婚して、この恋人関係は終わり。わかっていた。わかっていたのに……でも……
「まだ優利、結婚するわけちゃうやろ?」
「うん、そう本人も言ってる……でも、優利くんの彼女、SNSで今度婚約指輪貰うって宣言しててん。これ、もう逃げられへん恐喝やん」
「……そんな面倒なことなっとるんかいな。まだ……フるんちゃうか、それやと」
「わからんやんそんなん……優利くん、僕らより三つも上なんやで? 弟くんのこともあるし、そろそろ……とか思ってまうかもしれんやん。だから、一刻も早く金貯めてやりたいこと全部やりたいねんもん」
「……だから動画投稿しようってか。おかしいなって思ったんや……お前がたかだか指輪代だけですっからかんなる訳ないんやし」
「貯金空になったから、一時的にすっからかんになったんは間違いないけどー」
「金ぐらい俺に言えよ。三人で行くなら俺に甘えたらええやんけ」
「たまには僕も頼られたい! 一括バーンって出すん、めっちゃ男前やん!」
両手を振って勢いを見せてそう言うと、ついに一希が笑いだした。その聞き慣れたいつもの大笑いに、拓真の乱された心が少しだけ落ち着きを取り戻す。
口を閉じた拓真の頭に、一希の手が優しく乗せられる。対面で座ったその男の目が、普段見せない光を帯びていて。
「俺らの仲は『永遠』や。それがどんな形でも、恋愛だろうが友愛だろうが、俺らの間にある感情は『愛』ってものやと俺は思ってる」
「僕だって……そう思ってる。優利くんともカズとも、性欲なくしても一緒にいたいって思ってる」
「……なら、不倫になる前にヤりたいこともやりたいことも全部やり尽くさんとあかんな」
「さすがのカズも不倫関係は躊躇するん? 意外やわー」
「アホ。浮気と違おて不倫は法律で罰せられるんやぞ?」
「いやいや、職業職業」
そこでまた大笑い。馬鹿話から真剣な話まで、一希はいつでも聞いてくれる。拓真が安心するまで、ちゃんと最後まで聞いてくれるのだ。
「せっかくやし、旅行の様子も動画にしてまうんアリかもな。旅番組みたいにしてさ。視聴者的にも“プレイ動画観にきてる層”より、“俺らの絡み観にきてる層”の方がこれからも増えるやろし」
「それいいやん。それこそ、ずっと続けられそう。この動画も、関係も」
「……ええんちゃうか。はよ、優利の顔見たいな」
「うん。優利くん、きっと嬉しそうにしてくれると思う」
ふふっと今度は、二人で愛しい人を想って笑みを落とす。悩みや辛さをなかなか外には出さない人だから、だからこそ……その『いつか』が突然やってきそうで、怖い。
「あいつ、今日いつまで事務所残るつもりやって?」
「わからーん。まだ連絡は来てへんけど、多分日付は変わりそうなこと言ってたけどー」
「食い終わったらちょっと顔だけ見に行くか。エエ時間になるやろし」
「うーん? カズってば僕と話してたらムラムラしちゃったー?」
「アホ。お前かて彼氏の顔見たなったんやろ? それと一緒や」
ピタリと心の中を言い当てられて、照れ笑いをしてからもう一度乾杯をする。三人の出会いに乾杯は、来月頭ぐらいになるだろうか。
「そういや、カズから優利くんへの【一問一答】の答え、僕見てへん」
「あー? なんや、まだ優利に見せてもらってへんのか。ま、大したことは書いてへんって。やから気にすんな」
いつものようにくくっと笑い、ビールを飲み干す一希の口元には、いつも以上に楽しそうな笑みが浮かんでいた。
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