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【BL】同時多角関係の浮気彼氏達


 良をつれて自宅に帰ってから、昌也は兄からの連絡に備えてパソコンの電源を入れておいた。
 編集が終わったらその動画を送るとメッセージが入っていたので、送るとなればファイル容量の問題でスマホではなくパソコンでのやり取りになるだろう。それを見越して電源をつけたのだが、それを見て良が、少し……侮っているような表情をしてこう言った。
「お兄さん、動画編集大丈夫そうなの? あんまりパソコンとかゲームとか、得意そうに見えないよね?」
 良と兄は面識はない。たまたま同じタイミングで集まりに顔を出していなかっただけなのだが、そのせいで良は、どうやら兄のことを誤解しているようだった。
 良が知っている兄は、集まりの場で伝えられるエピソードや、昌也からの思い出話。見た目は写真を見せているから知っていて、直接ではないが電話越しならば二回話したこともある。だが、それだけでは兄の全てはわからない。
 兄が、目的をやり遂げるためならばストイックに物事に打ち込むことも、その集中力が尋常ではないことも、良は知らない。
 例えるならば、運動部が部活引退してから受験勉強に集中力を発揮するみたいな感じ、が近いだろうか。とにかく尋常ではないのだ。熱量が。一日中ゲーム機に向き合ってデータ収集と練習に明け暮れるぐらい、兄ならば平気でやるだろう。
 さらに今回はそれが三人なのだから尚更。この前教えてもらった一希のことは知らないが、拓真が兄と同じく『凝りだすと止まらないタイプ』なのは、それこそしっかりと手入れされた自慢の愛車を見れば一目瞭然だった。そしてこの原理で言えば一希も同類だろう。
「得意というか、めっちゃ好き、とかではないと思うけど……いや、動画届いたら一緒に見よや。多分、見た方が早いわ」
 昌也はパソコン画面から目を逸らさずに言った。今だけは良の顔を見たくなかった。兄のことをよく知りもしないくせに、そうやって見下すように笑っている表情なんて。
 良には良なりの……というよりは、オタク故のプライドみたいなものがあるのだろう。良が兄や昌也の友人達に対して苦手意識のようなものがあることは、さすがにもう気付いている。それをわざわざ指摘するのは違うと思って今まで何も言わずにいたが、今回のように見下すことで発散されるのは昌也としては気分が悪かった。
「うん……わかった」
 昌也の態度が気になったのか、それとも自分の中の悪意に思い至ったのか……良はそう小さく返事をすると、ベッドに俯き気味に座り込んだ。
 気まずい沈黙が流れる。
 いつもなら昌也がさっさと折れて、良を抱き締め機嫌を直してもらうのだが、今回はそう、したくなかった。なかったことになんて。何事もなかったかのように流すことなんて、昌也にはできなかったのだ。
 ちらちらと良からの視線を感じても、昌也は敢えて何も言わない。男前だと称される自分の顔が、兄と同じく『黙っている』ことで威圧感を発することを知っている昌也は、静かにただ、パソコン前のイスに腰掛ける。
「昌也……」
 思わず駆け寄って抱き締めたくなるような縋る声が聞こえても、何も言わない。視線だけを向ける。続けられる言葉。
「……他に好きな人、できた?」
 良からの視線の質が変わった。試されるようなその瞳には、迷いと怖れが浮かんでいて。
 わかっている。良が不安がっていることは、ずっと。だが、今はそれは関係ない。
「オレ、今怒ってるんわかるやろ? なんでそこで、そんな話になんの?」
 今だけは甘やかさないと決めて、昌也は視線だけを向けて言った。
 この問題は良の中の劣等感の問題だ。いつまでもこの劣等感に付き合ってもいられない。昌也は良とずっと一緒にいたい。そのためには周囲との円滑なコミュニケーションも必要だ。
 良にはいつも『可愛い』と伝えているというのに、どうしてわかってくれないのだろうか。『オレには良が必要だ』と囁き、毎日愛を伝えている。それでもこんなに不安がって、本当に可愛くて最高の恋人。ちょっと頑固なところも大好きなところだから、もっと安心してて欲しいのに。
「……だってこの頃、けっこう通話できない日があるし。昌也、モテるの知ってるし……やっぱり、男の俺なんかより女の方が……っ」
 涙が零れそうになる瞳に敗北。結局ベッドに駆け寄り強く抱き締め、流れる涙ごと口付ける。途端に甘い吐息を漏らす唇から名残惜しいがなんとか離れ、笑顔でその瞳を真正面から見詰めて伝える。
「オレが良しか見てへんの、どうやったら伝わる? スマホの中身全部見る? 出掛ける時もずっと通話繋いでたらええ? どうしたら良の不安はなくなる?」
 抱いた身体から離れるなんてしたくもないのだが、パフォーマンスのためにも片手を伸ばして自分のスマホをテーブルから手に取り、ロック画面を表示する。見せつけるようにロックナンバーである『恋人の誕生日』を入力したところで、良から案の定「いいよ! そこまでしなくても。疑って、ごめん……」と制止が掛かった。
 『見せてもいい部分を大袈裟に見せつけることで、隠さなければならない部分を隠す』のは、パフォーマンスとしてとても有効だ。兄達がよくやる手口。ちなみにスマホ内は見られても問題ないようにはしてある。証拠しかないメッセージアプリの起動には、更に別のパスワードの入力が必要なのだ。浮気をするならバレないように隠しきれと、兄もその友人も力説していた。
「早く一緒に住まなあかんな」
 これは本音だ。だから何も飾らずそのまま伝える。ぎゅっと華奢な身体を抱き締めて、約束した未来を夢想する。
「寝室にはダブルベッド置いて、パソコン二台になるけどどうする? 二人分並べたら事務所みたいになってまうな。キッチンのコーデはオレに任せて欲しいから、良にはリビングのコーデ任せよっかなー?」
「もう、まだ駄目だって言ってるだろ? 俺の受験が終わったら、って約束だろ?」
 良は昌也と違ってフリーターだ。昼間はアルバイトをしながら一人暮らしのための生活費を稼ぎ、夜は予備校に通う生活を送っている。
 高校を卒業してから数年経つのだが、その数年の間に良は『将来の夢』というものを見つけた。それは教師になるというもので、その夢を叶えるにはどうしても大学に入らないといけなかった。
 今から最速で入学しても現役合格組とは歳が離れた同級生となるのだが、それでもまだ自分達は二十歳なのだ。遅すぎるなんてことはない。もし仮に現役合格組から何か言われたとしても、『周囲の目』を跳ね除ける練習台にしてやれと昌也も言ってやった。
 夢の職業というものに“就かなかった”昌也としては、良の夢は自分の夢のように応援している。兄の真似事のように営業職に就こうとして、その才能の差に打ちのめされた昌也には、夢に向かって頑張る良の姿は眩し過ぎて……羨ましい。
「来年には一緒に住めそうか?」
「うーん、追い込みは掛けてるからいけそう……って言ってやる! これでもう、絶対受からないとな」
「あんまり無理せんでええからな。オレとしてはいつ一緒に住むことになっても。良は逃げへんねんし焦らんからさ」
 夢の職業のために努力して、その甲斐あって来年には希望の大学生活が始まって……どれも昌也には手の届かない、『兄のような生活』だった。本当に、眩し過ぎて、羨ましい。
――オレだって、営業向いてるって先輩に褒められたのに……
 営業部の先輩に褒められて、嬉しくなってたくさん懐いて、尊敬がいつしか恋心になって、それで、それで……気持ち悪がられて会社を辞める羽目になった。それが昌也の前の職場の出来事。開かないように蓋をしても、事あるごとに零れ出す悪夢。約束のない繋がりは、いつこれの二の舞になるかもしれないのだ。
「頑張るよ。俺だって昌也とずっと一緒にいたいから」
 照れながらそう笑う恋人は愛おしい。ぎゅっと抱き締めながら、この関係の終わりが来ないことだけを願う。
「オレかてずっと一緒におりたいって。あーあ、オレあかんなー。こんな可愛い恋人不安にさせてるんやもんな。いくら兄貴が動画編集教えろってうるさいからって、ちょっと甘やかし過ぎたわ。ほんまに。兄貴に時間裂いてもなんもええことないわー」
 兄と会っていることは真実だ。恋人との通話<時間>を放り出して実の兄と愛を交わしたこの口は、いつもこうやって愛<嘘>を吐く。こんなところも、兄と一緒だ。
「昌也がお兄さんのこと大好きなの、みんなわかってるって。お兄さんも昌也のこと大切にしてるの話聞いててもわかるし、俺から見ても羨ましいと思うよ? 俺もあんなお兄さん欲しかったって思うから、そんなこと言わないで」
 身体を離しながら良がくすっと笑いながら言った。どうやら完全に機嫌は直ったようだ。言っている意味合いが違うとわかってはいても、恋人の口から『兄』とか『大好き』とか言われるのは心臓に悪い。
「ほんまかー? 良ってちょっと、オレの兄貴のこと苦手かと思ってたけど?」
 ちょっと意地悪だったかなと思いながらも、そう言わずにはいられなかった。
――兄貴のことは嫌いなんやろ? だったら『欲しい』なんて適当に言うなや。兄貴は……優利はオレのモン<兄>なんやから。
「うん……昌也には悪いけど、やっぱりちょっと怖いなって身体が固まっちゃうことがある……ごめん。集まりの人達だって、悪い人達じゃないってわかってるんだけど……」
「いやいや、それはどう考えてもオレの兄貴側に問題あるから。あんな怖い顔、そりゃ良には酷やって」
 昌也から見ても強面だとは思える兄の顔だが、その表情が和んだ瞬間、周囲の評価が『男前』にがらりと変わるということを、良はまだ知らないのだろう。どうか知らないままでいて欲しい。そうでなければきっと、良も兄から目を離せなくなるから……
「ううん! やっぱり俺が悪いよ! 頑張って直す。大学とか、教師になってからも、その……」
「ヤンキーとは縁があるやろうしって?」
「……うー、うん。ごめん、他に言葉思いつかない……」
「良……オレの顔は怖ないん? オレかて、けっこう『アウトロー全開』とか言われるんやけど?」
「……昌也の顔は、綺麗だから……」
 もうそこまでで限界だった。勢いのままにベッドに良を押し倒し、時間のことなんて忘れる程に、二人きりの時間に夢中になってしまう。



 ひとしきり楽しんだ後時計を見ると、時刻は夕方の十七時を指していた。夕食をどこかで食べるならばそろそろ家を出ないといけないが、昌也的にはあまり空腹を感じていない。こんなに運動したのにー。
「良、腹減ってる? メシ行くならそろそろ出んと」
「うーん、あんまり減ってないかな……昌也は?」
「オレもええかなー。ならもうちょいゆっくりして、駅まで送るわ」
「ありがと……ねえ……パソコン、メールきてない?」
 ベッドの上で抱き合ってから、指摘されたパソコンに目を向ける。画面にメール受信の通知がきていた。確かに何かメールがきているようだ。タイミング的に兄だろう。
 ベッドから立ち上がりパソコンに向かう昌也に倣い、良も一緒にパソコン画面に向かう。二人とも下着姿なので、ついでに腕を伸ばしてカーテンも閉めておいた。まだ閉めるには早い時間だが、どうせこの後家を空けるのだから一緒だろう。
「兄貴からや。動画ファイル、一個だけやな」
 兄からのメールはとてもシンプルで。『動画できた。字幕はまだ入れてない。とりあえずこの動画が俺らの自己紹介的な位置付けで考えてる。良くんによろしくー』と本文には書かれていた。
「動画時間八分ってけっこういいんじゃない? 長すぎず、短すぎずで」
「とりあえず、見よか」
 良と頷き合って添付ファイルの動画をダブルクリック。数秒の読み込み時間を経て、画面いっぱいに兄からの動画が流れる。
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