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第六章 過去


「てめぇ! 生きてやがったな!?」
 突然目を開いた少年の眉間にライフルを照準しながら、ロックは叫んだ。下ではロックの声に気付いたレイルとルークが、緊迫した表情でこちらを見上げている。
「えへへ、びっくりした?」
「びっくりし過ぎて撃っちまいそうだよ」
「それは怖いや。説明、して欲しくないの?」
 少年の言葉に、ロックの手が逡巡のために止まる。
 一瞬そのまま撃ち殺してやろうかとも思ったが、塔の中のヤートの姿に目がいき躊躇ってしまう。仕方なく下の二人に助けを求める視線を向けると、二人も諦めたように頷いた。
「……どうせ時間もあるからな。良いぜ。聞いてやる」
「わかった。塔の中身、見えたよね?」
 クスクス笑いながらナオは言った。一言一言が本当に腹が立つガキだ。
「ヤートさんが埋まってる。それに……」
 水面に映るような頼りない揺らぎを纏って、自分達と昨夜戦っていたこの少年を含む敵の四人の姿もあった。
「ルークには話したと思うけど、この液体を使ってボクは、映した対象をコピーすることが出来る。今ここに映っているのは、君達の“外見から内面まで精密に複写”したコピーだ。ボクの全ての魔力を使ったコピーだから、劣化品じゃない」
 塔の外には出せないから戦力にはならないけどね、と舌を出して笑うナオ。何故か楽しそうに見える。
「ヤートさんもか?」
 にわかには信じがたい話だが、ロックは信じることにし質問した。下に控えるルークの表情から、はったりではないと確信したからだ。
「彼だけは本物。コピー達の精神に、ゼウスを起動させて入ってるよ」
「何のメリットがある?」
「……強いて言うなら、君達の本心を見せる、のがメリットかな。君達の“作戦”の中身が知りたい」
 言い終わったナオの眉間を、ライフル弾が貫通した。粘り気のある液体を抜けるようにして通過したライフル弾は、少年の後ろの塔に吸収されて消える。
 眉間に穴が開いたままの少年の顔が、笑った。空洞は時間と共に元通りに復元されていく。ロックが驚きを隠せずにいると、ナオの小さな唇が動いた。
「さっき魔力を全て使ったって言ったでしょ? ボクはもう塔と同化してしまった。人間的にはもう死んでるんだよ」
「ヤートさんは生きてんのかよ!?」
 下でレイルの怒鳴り声が聞こえた。彼女も彼の話題に対しては一々噛みついてくる。
「彼は生きてるよ。精神世界を全て抜けたら目を覚ます」
「それにはどれくらいかかる?」
 珍しく冷静なルークの問い。いや、違う。
――あの野郎……こんな状況で朝飯の準備してやがる!
 ロックの表情で悟ったのか、ルークが慌てたように弁解を始める。
「だってそいつ死んでるんだろ? 俺らに何も出来ないなら、今の俺らにとっての最大の敵は空ふ――」
「――空軍だろうが!!」
 わざわざ降りてつっこむまでもなく、レイルに蹴り倒されているルークに溜め息をついて、ロックはナオに視線を戻した。
「……で、どうなんだ?」
「数日は掛かるよ。それで帰れなかったら、精神は悪意に食われる。ちなみに――」
 そこまで言って言葉を切ったナオに、ロックは顔をしかめた。
「塔の中のコピーを生み出すので魔力は無くなったから、ボクに君達を攻撃する手段はないよ。ルークの正解。だからボクの塔の横でご飯を食べるのも許可してあげるね。ボクはもうお腹は空かない。だから特別だよ!」
「どうでも良いんだよ、んなことは!」
 呆れたロックは、重力場を解除する。地上まではかなりの高さがあったが、ロックは危なげなく着地すると、朝食に入ったルークを無視してレイルに駆け寄る。
「リーダー、どれくらい掛かるって?」
「相手はあの光将だ。数日以内に動いてくれたらまだ良心的だな」
「チッ、どっちにしろ待つしか僕らには出来ないな」
「……リーダーならしっかりやってくれんだろ」
 楽天的とも取れるレイルの発言に、ロックもルークも自然に笑ってしまった。
 彼の仲間を想う気持ちの強さを知っている三人は、特にそれ以上議論することもなく、ルークが準備した朝飯を食べ出した。
 塔の真下で食べる携帯食料は、いつものようにまずい。それを無理矢理水で流し込みながら、ロックは塔のヤートを見上げた。
 あのガキの言葉は本当だろう。悪意を垂れ流す塔からは、もう殺意は感じられなかった。そして少年は魔力を使い果たしたから、肉体を無くして液体と同化してしまった。そこまでして見せたかった自分達の本心……
「どこまで見せる気だ?」
 呟かれたロックの言葉に、レイルとルークはただ黙って食事を続けている。
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