第六章 過去
「ちなみに、ロックの案って何だったんだ?」
ルークが楽しそうにロックに振った。ロックは、レイルの髪を手で弄びながら答える。
「あの塔は悪意の塊なんだろ? なら悪意を全て光で浄化しちまえば良いんじゃないかと思っただけ」
最後はちょっと舌を出して話すロックに、クリスの瞳に鋭さが戻る。
「光……あの光将に頼むのか?」
そう言って考え込むクリスに、ルークは慌てて反論する。
「おいおい! もし仮に、頼めたとしてもだ! 仮にだぞ!? あの塔を消したらヤートさんも――」
「――消えねえよ」
ロックに抱かれたまま、レイルは言った。そんなレイルに、ロックは優しい笑みを落とす。クリスも「そうだろうな」と呟いた。
「どういうことだよ?」
「あのガキが言ってただろ? この塔は悪意の塊で、言うなれば正の感情に飢えてるって。光の魔法は天が授けし破邪の力。つまり正の部類の魔法だ」
「だから浄化か……光将、頼んだらやってくれるのか?」
ルークがなんとなく納得したような顔で、頼りない視線をクリスに向けた。
「それは、頼んでみないとわからないだろうな」
クリスはそう言うと、外に出る扉に向かって歩きだす。
「俺が行ってくる。本部への連絡もあるからな」
「リーダー! 一人で大丈夫かよ?」
付いていこうとするレイルに、彼は振り返って止めた。
「頼みに行くのに大所帯はマズイだろ。俺一人で頼んでくるよ」
「僕らはどうしてたら良い?」
「おそらく空軍はこの事態を『陸軍の軍事演習』としてしばらくは誤魔化すだろう。戦力の三分の一以上を失いましたとは、国外に出したくはないだろうからな。だから三人で軍事演習らしいことしておいてくれ」
「軍事演習らしいことって!? リーダー! それはちょっと大雑把過ぎる!!」
「任せた」
慌てる仲間達を置いて出ていくリーダーに、三人は溜め息をついた。
「あーあー、ヤートさん……さっさと目ぇ、覚ましてくれよ」
隠すには無理がある大きさの塔を見上げて、レイルは悪態をついた。
ロックの脳内に複雑な数式が展開されると同時に、身体がふわりと宙に浮く。
紫の重力場に任せてそのまま上昇を続け暫く経つと、目の前に少年の上半身が現れる。塔の中腹よりはやや低い位置。
「気をつけろよー」
下ではレイルがそう言いながら手を振っている。塔に接近したこの位置で、あの針状の攻撃を食らえばひとたまりもない。
細心の注意を払いながら少年の身体を観察するロックの目に、予想外の光景が飛び込んできた。真っ白になりかける数式に慌てて集中を戻す。
少年の目は開いていた。最初から開いていたのではない。ロックが目を向けた瞬間に見開かれたのだ。
おまけに――
「――僕らがいる……」
脈動する塔の中に、自分達の姿が透けて見えていた。少年の顔が目の前でニヤリと歪んだ。
光の奔流の中でヤートは目覚めた。眩し過ぎる光の中にいるのには、そろそろ慣れてきた気がする。
『さぁ、次は誰だろうね?』
ナオの声が響き、ヤートは彼女の光景が終わったことを理解した。
断片的にだが、彼女のことがわかって、安心した自分がいる。彼女は真っ直ぐな、生まれながらに歪んだ人間ではなかった。
「誰でも良い。連れていけ」
『えらく力強い言葉だね?』
「レイルの精神が終わったということは、彼女は助かったんだろう? 俺は全員を助けたい」
ヤートがそう言うと、何故かナオは笑い出した。気分を害するその笑い方は、子供のそれ。柔らかい笑い声は、天使のように清らかだ。
『そうだね。さっき目が覚めたみたいだよ』
「何故笑っている?」
『……さぁ、次に行こうか』
問い掛けるヤートを無視して、世界はまた光に包まれた。