第五章 悪意の塔
肩を貫かれ倒れたクリスに、ヤートは駆け寄る。
彼の肩に広がる傷口からは、毒々しい色の槍が飛び出ている。思わず目眩がするような強烈な悪意に、近寄ったヤートの手が震える。
どうすることも出来なくて、とにかくクリスの体を抱き起こした。起こすと液状に戻った悪意の液体が、彼の体から流れ落ちる。役目を終えたその液体を睨みつけながら、触れないように気をつける。
「大丈夫かっ!? クリス!!」
虚空を見つめる開きっぱなしのクリスの瞳を覗き込むと、彼の瞳が僅かに揺れた。
「……っ」
何かを言いたげな色素の薄い唇が、小さく痙攣している。
「もうクリスも駄目だよ」
「貴様っ!!」
感情のこもらない声でそう言うナオに、ヤートは怒鳴り声で返した。溢れる感情に任せて少年の元まで走り抜け、彼の小さな身体を殴りつける。
少年はヤートに危険すら感じていないようで、薄く笑いながら平然と立ち上がった。
「君にはもう何も出来ないよ。この世界にいる間はね……」
「……この世界、だと?」
服装を正しながら言うナオの言葉。それは異様な恐怖と、誘惑に満ちていた。
「今フェンリルの四人は精神世界に飛ばされてる。君のゼウスを起動させれば、その世界に繋がることが出来る」
「ネットワーク……か」
「そう。四人は倒れてるけど、精神が飛ばされているだけで肉体は死んだ訳じゃない。つまり精神を戻してやれば目が覚める」
「どうしてそんなことを教える?」
ヤートの冷静な問いに、ナオは微笑んだ。
「ボクも君と一緒でフェンリルの本音を知りたくなった。君が行くというのなら、ボクも一緒に真実を目撃しよう。もちろん、彼らや君にも絶対にこれ以上の危害は与えないと約束するよ。でも……」
「……何かあるのか?」
「数日もすれば精神は悪意に全て塗り潰されて崩壊してしまう。彼らもボクらも。だからタイムリミットを超えても君が精神世界から戻れないとしたら、ボクだけ戻って君達のお墓を作ってあげるね」
「一種の賭け……だな」
「さぁ、どうする?」
ヤートに迷いはなかった。
どちらにしても目の前の少年が圧倒的に優位である。これが少年の気まぐれで、単なるお遊びだとしても、フェンリルを救うチャンスがあるのなら、ヤートには命を懸ける決意がある。
「わかった。行ってやろう!」
ヤートがそう断言すると、ナオは満面の笑みを浮かべて片手を上げた。
それを合図に、塔から二本の太い枝が伸びてきて、そのうちの一本がヤートの腹に突き刺さった。あまりのスピードに、ヤートは刺さってからその事態に気付いた程だった。
見開いた目でナオを見ると、少年がもう一本の枝に貫かれているところだった。
「ばーか」
血まみれの姿で、少年が小さく呟いた。