第五章 悪意の塔
「……おいおい、こいつはなんだよ?」
「……知ってたらこんなとこで突っ立ってねえよ」
ルークが呆れたように返す。
「突っ立ってっから串刺しにされそうになんだろ?」
「攻撃されたのはこれが初めてだよ。術者のガキもあそこで動かねえし」
ルークが指差す方向を見ると、確かにナオが立っている。微動だにしないその身体は、まるで人形のように感じられる。
クリスは呼吸を整えているようで、こちらのやり取りは耳に入っていない。ルークがレイルから流れ出る血に気付いたのか、表情を険しくする。
「おいレイル! その傷大丈夫……じゃねえよな」
「デザートローズの光将とやり合ってた」
「セックスできた?」
「第二ラウンドは是非そうしたいね」
「それなら平和的交渉だよな。傷、ちょっと見せてみろ。氷で止血だけするから」
ルークがてきぱきとレイルの傷口に氷を纏わせる。レイル自身の血液を凍らせて作られた瘡蓋は、大量の流血を押さえ込んだ。
「助かる」
「後はリーダー落ち着かせて、ロックにこれ破壊させねえとな」
塔を軽く見上げながらルークは呟く。
「あのガキさっさと殺したら良いだろ?」
「いや、おそらくそれは……」
ルークがそう言い淀んだ時、少年が小さく笑った。
――なるほど。リーダーが狂っちまうのか。
レイルもルークの言いたいことを悟り、横に蹲るクリスに目をやった。震える手が彼の精神を物語っている。
「レイル……」
「お前が言いたいことはわかってるよ」
リーダーを頼む、と小さく呟いたルークに、レイルは頷き返す。
「おい! ナオって言ったか? クソガキ!!」
「なーに? ルークお兄さん?」
一歩前に出て話し掛けるルークに、ナオは満面の笑みで答える。
「こんな大層な物造ってどうするつもりだ? 見たところ塔みたいだが、篭城でもするつもりか?」
赤黒く輝く塔は、今では宮殿のもう一本の塔と言っても過言ではない程立派にそびえ立っている。月明かりに照らされた流血の塔。一色しか色味はないのに、豪華なデザインが似合っている。
――あの見た目は……
レイルは唐突に理解した。赤黒い塔は、宮殿と同じデザイン。つまり、鏡映し。
「確かにこれからすることは篭城になるかもね。みんなで永遠のパーティーをするんだ! この塔の中でね!!」
ナオは今はヒビが入り白く濁ってしまった水晶玉を目の前に掲げた。
するとその玉が激しい光を放ち、一瞬全員の視界が埋まる。光が止み、レイルが目を開けると、水晶玉に自分とヤートを襲った人間――老人にエイト、そして女の三人が映り込んでいた。その姿はすぐに赤黒く変色し消え失せる。
「いったい、何をしたんだ?」
ルークが銃を構えながら問う。ナオはクスクス笑いながら、一筋の涙を流した。
そのアンバランスな表情に、レイルは異様な恐怖を覚えた。敵も少年以外は退けた。ここはそろそろ撤退するべきだ。
「この水晶はね……たくさんの悪意を吸い取って力を強めるの。この原料であるヘドロは、ここの地下で集めてる。スラムの人間の悪意たっぷりの水を貯水槽で集めて、たくさんたくさん熟成させる。それを全部使って造ったのがこの塔」
「どうりで悪意しかしねえわけだ。スラムの人間はクソ以下の扱いだな」
レイルは舌打ちしながら吐き捨てた。こいつはスラムの現状を見せて、その水で溺死させても物足りないだろう。
「ルークには言ったけど、この玉には映したものをコピーする能力がある。だからこの塔の見た目はこの宮殿の一部と全く同じ」
「それで? 中でのんびりパーティーをしようってか? さっさと死んでろよ」
「やっぱりレイルって気が短いんだね。今ここでボクを殺せば、この塔は崩れ落ちる。そうすれば今まで固めていた悪意が暴発して、クリスは一気に虐殺者になっちゃうよ?」
勝ち誇った顔でそう言うナオを、レイルは強く睨みつける。それぐらいはわかっている。だから手の打ちようがないのだ。
「レイル……俺が残る。だからヤートさんを連れてこの国から出ろ」
横でクリスが立ち上がりながら言った。辛そうな表情だが、刀をしっかりと構え、その深紅の瞳はナオを鋭い眼差しで捉えている。
「リーダー! でも……っ!!」
「今回の任務はヤートさんを本部へ連れて行くことだ。俺も、確実に死ぬ訳じゃない」
自分を安心させようとするクリスの言葉。しかし、それは間違っている。
「ふざけんな!! リーダーがいることが私らの幸せなんだ!!」
「そうだ! お前が死んじまったら、俺の夢が叶わない!!」
強くそう言うレイルとルークに、クリスは困ったような優しい笑みを見せた。
「足を引っ張るのは俺の方だぞ?」
「上等!! リーダーを守るのはチームメイトの仕事だ!!」
「だからリーダー! ゆっくりしといてくれよ!!」
レイルは前に出ていたルークに並ぶ。そんな二人にナオの表情が変わった。
「ボクは何もかも失ったのに……仲良しこよししないでくれる!?」
ナオの怒りに共鳴するように、塔全体が脈打つ。無機質に近付いていた表面が、液体のように脈動し、無数の針となってこちらに伸びてきた。
「こんな時にロックの野郎は何してんだよ!?」