第五章 悪意の塔
「ルークと?」
ジョインの言葉は気になるが、ロックは無線を使うことはしなかった。どのみち、目の前の少年が敵であることに変わりはないのだ。
――あのクソ野郎、ガキにまで手ぇ出してるのか?
気を抜けばニヤつく顔に力を入れて、ロックは剣を構え直す。
「あれ? 確認してくれないの?」
首を可愛く傾げながら、無垢な瞳で聞いてくるジョイン。そんな彼にロックはいやらしい笑みを浮かべて返す。
「この戦いを終えてから、じっくり身体に聞いてやるよ」
「それって……どっちの? すっごく気になるよ」
「てめぇじゃねえよ!!」
ロックはそう言いながらジョインに接近し、激しい斬撃を叩き込む。それをジョインはやはり光の槍で全て叩き落とした。
「ロック……君がルークと訓練してるのも見たことある」
「……なるほどね」
だからこんなに読まれてるのか。ロックは納得し、裏をかく方法を考える。
この少年と自分はどうやら知り合いらしい。だが全く覚えていない。覚えていないということは、自分の頭の中では“どうでも良い人間”の分類にこの少年は入っているのだろう。
この分類には街やバーでナンパした男女と店のキャストと被害者達が入っている。自分はこんなガキはナンパしていないので、店の人間か、被害者。やはりこんなガキは好みではないので、消去法で被害者だろう。
被害者を連れ歩く……誘拐か。そんな任務なら確か最後に受けたのは二、三年前だったはずだ。
――それなら……
ロックが行動を起こそうとしたその時、耳元でレイルの声が響いた。
『ロック……援護頼めるか?』
緊迫したその声に、彼女がかなり追い込まれていることが伺える。彼女にしては珍しいが、相手が悪すぎた。早く援護してやらないと本当にマズいだろう。
だが――
「悪い、こっちも交戦中だ! おまけにここからじゃお前の位置を確認出来ない」
そう叫んでから、ロックは唐突に両方を解決する方法を思い付いた。先に考えた策をもう一度考え、やはり今思い付いた策を試すことにする。
自分はおそらくジョインには勝てる。ここはレイルを第一に考えるべきだ。
ロックはすぐさまジョインへの猛攻を再開する。先程よりも勢いもスピードも増したロックの攻撃に、ジョインの額に冷や汗が浮かぶ。
――けっこう本気出して切ってるんだぜ?
ロックも少し息を吐く。剣術の才能も、軍学校ではたくさん褒められた。しかしそちらを主とするクリスやレイルに比べたら、やはりロックは純粋な剣さばきでは見劣りしてしまう。だが、この経験不足の子供には、これくらいでも充分な圧力になる。
ロックが一瞬わざと隙を作ってやると、少年はすぐさまロックから距離を取る。その顔は少年とは思えない歪んだ形相になっている。
「遊びは終わりだよ!! すぐに光で掻き消してやるから!!」
少年はそう叫ぶと、自らの周囲に無数の槍を生み出す。数もそうだが、その大きさもかなりのものだ。一つひとつが今までの槍の二倍はある。圧倒的な強さに怯えを見せた少年に、ロックは満足気に笑う。
「良いぜ!! さっさと来な!! 僕のとっておきも受けてくれよ!?」
ロックはレーザーキャノンを取り出し、廊下のカーペットに片膝をついて構えた。まっすぐにジョインに照準する。
それを見たジョインは自分の前方を守るように、光の盾を生み出す。その瞬間、ジョインが一瞬ふらついたのを、ロックは見逃さなかった。
「そんなもん吹き飛ばしてやるぜ!!」
ロックはそう叫んで手に力を入れる――フリをした。
そんなことに気付かないジョインは、全力の攻撃と防御を噴出し、光の槍と盾は、まばゆい輝きだけを残して消えてしまった。続けて崩れ落ちるようにして倒れたジョインに、ロックは悠然と歩いて近寄る。そしてそのまま、その小さな頭を軽く踏みつける。
「おー、生きてっか?」
「……な、なん……で?」
ジョインの震える声が返って来た。その声は、何が起こったかを理解出来ていない、呆けたような声だった。ロックは肩を竦めながら言った。
「“人間”には魔力の限界があんだよ。これ以上魔力をリンクさせたら、リチャードがぶっ倒れちまうだろ? あっちも限界なんだよ」
「……そっ、か……あの人、バケモ、ノかと思っ……てた」
「僕もそれは同感だ。でもあいつは人間だからな。お前が頭に血を上らせてくれたおかげで助かったぜ。僕もレイルも」
「リチャードさんは、ボクがリン、クしてること……知ら、ないよ」
「そりゃあ、とんだ誤算だろうなぁ」
「ルークに、伝えて……くれ、る?」
「ああ? ……良いぜ」
「えへへ、ありが、と……」
そこまで言ってジョインは小さく息をついた。しばらく苦しそうにしながら呼吸を整える。ロックは静かに見守りながら剣を銃器の中に戻す。
「『大好きだった』って」
しっかりとそう言ったジョインは、弱々しく咳き込んだ。
「りょーかい」
ロックはライフルで少年の頭を撃ち抜きながら返事をした。吹き飛んだ少年の頭の組織を踏み潰しながら、ロックはテラスへと駆け出した。
――早く見てやりてぇ。激しい頭の痛みと身体の芯からの渇きに苦しむアイツの姿を。