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第五章 悪意の塔


 上空からの光を確認したクリスは、足元に転がっていた兵士の骸からメットを奪い取った。
 血生臭いそれを被ると抑えがたい殺人衝動が加速する。衝動により震える手で、視覚保護用のグラスを掛ける。これで一応の変装は出来る。
 刀を強く握り締め衝動になんとか堪えると、耳にロックの声が飛び込んできた。薄く開けた目で後の二人を確認すると、無事に着地出来たようだ。
「無線が繋がったようだな!? 全員、急いで顔を隠せ!!」
 まだ抑え切れない欲求を怒声に変える。広い中庭なので無線を通さないとロックはおろか、レイルやルークにも声は届かない。彼らが落ちて来たのはクリスとは真逆、入ってきたエントランスに近い位置だったからだ。
 少し遅れて光が落ちて来たのを視界の端で確認すると、クリスは液体の兵士を身体で突き飛ばしてエドワードに接近する。
 予想外の事態が続き反応が遅れたエドワードは、苦し紛れに後退しながらマシンガンを乱射する。流れ弾に仲間が当たらないか心配だったが、クリスは仲間を信じてその弾を飛び越える。
 追い縋る兵士を無視してエドワードの胸に鋭い斬撃を放った。大量の血が噴き出す中、それでもエドワードは兵士達に命令を送る。
 幾多の兵士が切り掛かってきて、さすがのクリスもトドメを刺しに行けない。出来る限り兵士を斬らないように、回避に専念するしか出来ない。
 ほとんど虫の息のエドワードが苦しそうに笑った。苛立ちが殺意の暴走を加速させる。
――殺したい。目の前の相手を。殺したい。誰でも良いから殺したい。
 その時、クリスの耳元を一発の銃弾が掠めた。一瞬にしてクリスの頭を占めていた感情が霧散する。
 空を切るその銃弾は、狙い違わずエドワードの眉間に吸い込まれた。エドワードから噴き出す大量の血液が、彼が即死したことを示していた。がっくりと膝を折って倒れたエドワードに、兵士達もすぐさま形を失って崩れ落ちる。
「大丈夫か!? リーダー!!」
 精神的な疲労で倒れ込んだクリスの身体を、駆け寄ってきたルークが優しく抱き留める。
 身長差があるにも関わらずしっかりと抱き留められる彼の筋力に、クリスは大きな安心感を感じた。もう少しで自分は、こんな大事な人達すらも斬り殺すところだった。
 小さな嗚咽を上げるクリスを、ルークは優しく抱きしめた。大好きな爽やかな笑顔は、頭に被ったメットとグラスで隠しても充分に魅力的だ。暖かく分厚い胸板にしがみつくようにして震える。ルークの心臓の鼓動がメットから出た耳に伝わってきて、安心感から震えが止まらなくなる。
「クリス……」
 二人の時にしか呼ばれない名前を聞いて、クリスはルークを見上げた。涙で揺れる瞳のせいで、彼の姿が少しぼやけてしまっていた。
「ちょっと悪いけど、お客さんが来たみたいだ。落ち着くまではお利口でいてくれよ」
 男にしては長い睫毛に付いた水滴を指で優しく拭き取ると、ルークは拳銃を抜いてクリスから離れる。
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