第四章 砂漠の薔薇
ニヤリと笑いながらそう提案するナオに、ルークは引き金を引けなくなる。
――そうだ。あの鏡にコピーする力があるのなら! でも……
「お前のコピーは液体を人型にするだけの模造品だ」
「わかってないな……軍部が欲しいのはヤートじゃなくてコアの情報だよ? 軍部に渡したら殺されるのは明白じゃん! 対象を殺して機能を停止したコアと、ボクのコピーで複製されたコア。どちらも構造自体は同じだと思わない?」
完全に撃ち殺す意味が無くなってしまった。今考えるべきことは、この少年をどうやって自分達の支配下に置くかということだ。
何故なら――
「ほーら、殺せなくなった! さっきのレイルの様子を見る限り、君達はヤートを殺したくないみたいだったからね。でも……ボクは君達を殺したいんだよね」
ナオの周りから黒い液体が湧き出てくる。まるでヘドロのようなその液体は、ナオの周囲に何十もの兵士を生み出した。
全てが先程のルークの分身と同じように、黒く生気の無い瞳をしている。ただ、先程よりも黒みが濃くなった気がする。
「さぁ、どうする? ボクを殺したらヤートは助からないよ?」
勝利を確信した様子のナオ。ルークは無線でクリスに連絡しようとして、耳元に響く雑音に顔をしかめる。
「無線で連絡なんて取らせないよ! 妨害電波が出てるからね」
「くそっ!!」
ルークは床を強く蹴り跳び上がった。拳銃で兵士達の眉間を撃ち抜きながらナオを飛び越える。撃ち倒した兵士の低い断末魔がえらく耳障りだったが、そんなものは無視して走り出す。
今の自分では判断出来ない。とにかく他の敵を全て殺してからナオのことを考えるべきだ。
慌てて逃げ出したルークを、ナオが歓声を上げながら兵士達と共に追い掛けてくる。
廊下の奥の扉を蹴り開けるようにして中に入って――強烈な殺気に銃口を向けた。それと同時に自分の首筋に当てられた剣先に生唾を飲み込む。
目の前には苛立った表情を隠そうともしないレイルがいた。お互い、相手が敵でないことはわかっている。それでも互いが発する殺気はそのままで――
「お前、今……」
レイルがニヤリと笑って言う。その言葉の続きを悟り、ルークもそれに声を合わせた。
「殺そうとしただろ?」
言ってからようやく剣を下ろしたレイルに、ルークも溜め息をつきながら銃を下ろす。
「レイル、お前何人殺った?」
「逃がしちまって、今追っかけてたとこだ。ルークは?」
レイルの問いにルークは部屋を素早く見渡す。エントランスと同じく出口は四つ。自分とレイルが出て来た左右の扉は排除して、クリスが戦っているであろう中庭への扉も排除。残るは奥へと続く扉だけだ。
「俺は逆に逃げてるとこだよ!! レイル、行くぞ!!」
「はぁ!? なんで逃げてんだよ!?」
来た道から騒がしい足音が響いてきた。レイルもさすがに察したのか、奥へと続く扉に走り出す。二人が扉を開けたタイミングで、ナオと兵士達がなだれ込んで来た。
レイルは、その光景を見てすぐさま状況を判断したらしく、さっさと扉の向こうに消えてしまう。ルークも慌てて追い掛けると、そこは長い長い螺旋階段となっていた。
一瞬お互いの顔を見合ってから、弾かれたように駆け上がる。どうやら最上階までは分かれ道はないようだ。手抜きにも程がある。
「欠陥住宅過ぎんだろ!?」
「んなことよりルーク! なんであの黒い集団に追い掛けられてんだよ!? てめぇなら楽勝のハズだろ!?」
「小さな王様が殺せねえんだよ!!」
「あぁ!? あの黒い兵士に肩車されてはしゃいでるガキがか!? てめぇあんなガキでも好みなのかよ!?」
「好みは好みだけど理由はそれじゃない!! でもあいつが、リーダーじゃなくて俺らを追い掛けてくれたのは良かった」
「一人で追い掛けられてろよ」
ルークの弁解に、レイルはそう吐き捨てた。
「……レイル、俺のこと嫌い?」
「たった今嫌いになりそー」
「なんか傷つくんだけど……」
追い掛けられながら涙が出そうになったが、我慢だ。その時階段の途中に蹲る男の姿が目に入った。
並んで走るレイルの纏う空気が一瞬で変わり、彼女は無言で無抵抗の彼を、階段の下に蹴り落とす。螺旋階段の上から真っ逆さまに落ちていくその男の表情は、青白く震えていた。
「今のは?」
あまり気乗りはしなかったが、一応戦況把握の為に質問する。するとなんとも面倒くさそうな声でレイルは答えた。
「つまんねーこと聞くなよ。私らが追いかけっこの鬼じゃなくなっただけで、あの坊ちゃんが鬼なのは変わりねぇ」
長かった階段が終わり、最上階への扉を二人で蹴破る。そこには空中回廊が延びていた。大理石の美しい回廊が向こう側の一室へ繋がっている。位置的に中庭の遥か上に位置しているようだ。
「あそこが、最深部みたいだな」
「そうだよ」
ルークの呟きに、後ろから肯定が返って来た。ルークとレイルは回廊まで飛び退く。一瞬不安に思ったが、回廊はかなり頑丈な造りで出来ており、少々の戦闘なら持ちこたえてくれそうだ。高所特有の風にひやりとする。
「おい、ガキ! なんだか知らねぇが殺せないらしいな!? 大丈夫、お姉さんがぶっ殺してやるから……」
「だから殺すなって言ってんだろ!! あいつの能力は鏡に映った者をコピーする能力で、それを使えばヤートさんは助かるんだよ!」
「……だけどあの様子じゃ、タダではしてくれねーんだろ?」
「ボクの名前はガキじゃなくてナオだよ。うんうん。情報通り、レイルはルークより賢いね」
こくこくと頷きながら笑うナオに、レイルの表情が更に歪んだ。これは本当に苛立っている時の顔だ。
「殺さなかったら殺される……」
レイルはそう呟くと、剣を両手に構えた。その瞳は真っすぐナオを捉えている。
「宝剣リキュアールに破砕刀黒雷……よくまぁ、そんな真逆の剣を両手で扱えるね?」
「私は特別なんでね」
「ふーん。そんな情報はないけど」
「男が女を全て知ろうなんて無茶なんだよ」
「ボクにはまだ早い話だね」
「言ってろ……」
そう言うなりレイルは、一番手前の兵士に向かって飛び掛かった。無駄の無い流れるような剣捌きで数体を瞬殺。そのまま笑みすら見せながらナオに肉薄し剣を振り下ろす。
ナオは、それを左に跳んで避ける。彼の後ろから兵士がレイル目掛けて剣を突き出した。黒さが目立つ剣をレイルは右に避ける。
障害物が無くなった。ルークはこのタイミングを逃さず発砲。
放たれた四発の弾丸はナオに一直線に向かっていき――新たに生まれた黒い兵士の身体に当たって相殺された。玉を掲げて満足そうに笑うナオに、ルークは溜め息。
「けっこう……殺すつもりでやったんだけどなぁ」
「残念だったね。情報通り、正確過ぎる射撃だね。それに、あっちも……」
「あっち……?」
ナオの言葉に、ルークは彼の視線を追った。レイルが赤く光る剣――あれは黒雷の方だ――を兵士の身体に突き立てたところだった。苛立ちを隠さないおっかない顔つきのレイルが言った。
「このクソガキ……私らを嵌める気だぜ?」