第二章 脱出、船
話し終えたヤートは、水分を求めてテーブルに目をやった。優雅にティータイムを楽しむ話題ではなかったが、先程から少し喉が渇いていた。
「悪い、飲み物後で持って来るわ。今すぐって言うなら僕が搾り出すしかねーけど」
股間を触る動作をして笑うロックに、ヤートは半分呆れながら溜め息をついた。
「君達は……本当にいつもそんな感じなんだな」
負けた自分に腹が立った。
「……僕らは欲望のままに仕事を楽しんでる」
「確かに、性欲は人間の三大欲求だが……」
「僕は殺しよりも性的なことの方が好きだから」
ロックはそう言いながらベッドに近付いてきた。ヤートが顔をしかめた次の瞬間には、男にしては細いロックの腕がヤートを押し倒していた。顔の位置が一気に近付いて、暖かい息が掛かる。
体格ではヤートの方が明らかに良いが、ロックの細い腕が気になって何故か突き放せない。褐色の腕には独特の色気があり、目の前の美しい金色の瞳には見る者を魅了する光がある。
ヤートの上で上手くバランスを取りながら抵抗する力を奪い、ロックの野生的な口が開いた。
「あんたマジで綺麗な顔してっから、すげービチャビチャに汚してーんだけど」
「……さっきの話、か?」
「うん。マジでぶちまけてーよ。全部飲んでくれない?」
「……断る」
ヤートが困惑した表情で、それでもしっかり拒否すると、ロックは満足したのか笑いながら離れてくれた。完全に離れる前にヤートの額に軽いキスをして、頭も一瞬撫でていったが、この際反論はしない方が良いだろう。
動作のどれをとっても――殺し屋のそれ。計算された、偽りの好意。テーブルまで戻った彼の振り向いた時の笑顔は、同性のヤートでも溜め息が出る男らしさだ。
「あんた、女性経験あるのかよ?」
野生的な笑みが、好奇心のそれに変わる。
「……まだ配属されて間もない頃、先輩に連れられて店に」
「それ……確かに経験だけど、恋愛感情あった?」
「恋愛には興味がなかったな。まず、周りに女がいなかった」
「男なら、選り取り見取りだろ?」
「俺にそんな趣味はない」
「周りにはいたんだ?」
ニヤつくロックに、ヤートは何度目かわからない溜め息をついた。
「……確かに、少なからずはいたが」
「あんた絶対狙われてたぜ。男好みの良い顔だからな」
「それは褒めてるのか?」
「少なくともレイルも好みだ。あんたを気に入ってる」
いきなりレイルの名前が出て、ヤートは慌てた。ベッドが軋む音が静かな空間に響く。その反応に満足したのか、ロックは更に話題を続ける。
「女遊びも全くしてないお堅い軍人さんには、あいつのフェロモンはヤバいよなー。うんうん」
「そ、そういう訳ではない!!」
「じゃあ、どういう訳だよ? あいつをめちゃくちゃに犯してやりてーんじゃねーの? 少なくともあいつは、そういうのが好みのプレイだぜ?」
「そうじゃないって言っているだろ!?」
思わず大きな声が出て、ヤートは深呼吸する。ロックもポケットからタバコを取り出して、一瞬考えた後に元の位置に戻した。
「……ただ、彼女を守りたいだけだ」
ヤートは俯きながらも、強い口調で言った。そんなヤートにロックは、舌打ちしながら扉に向かう。
「わかったわかった。とにかくこれだけは言っとくぜ。あんたのそれは恋愛感情だ。男ってのはな、自分の好きな女に好意がある男は嗅ぎ分けられるんだよ」
扉を乱暴に蹴り開けながら、ロックは船室を出て行った。