第一章 城塞都市
ロックは小型の軍艦の前で車を停めた。
港の奥、外海に面した桟橋の真横に停泊していたその船は、昼前にロックが密かに奪っていた船だ。メンテナンスが終了した直後に襲い、周りにはメンテナンスが長引いているということにしてある。その一時間後には相手は大混乱に陥っていたのだから、少々不審でも問題はなかった。
小型ではあるが日常生活を送る空間と武装は一通り揃っており、比較的しっかりした船室の一室に、メンテナンスにあたっていた人間達の死体を放り込んである。
車が停まったのを確認し、クリス、ルーク、ヤートの三人は荷台を飛び降りた。
桟橋に続く広いスペース――普段は貿易関係の人間で賑わう市場が開かれている、が今は崩れた城壁によってところどころで店舗が潰れていた――で、飛翔する翼と向き合う。
漆黒の翼が、一気に急降下してくる。それをクリスは、刀で真正面から受け止めた。
色白でロック程ではないにしろ細身のクリスだが、しっかりと鍛えられた筋肉質な身体を持つ。刀身を覆う炎の文字が、翼の魔力に対抗するように燃え上がる。
魔力と魔力がぶつかる独特の衝撃波が広がり、ルークがそれに合わせるように銃を乱射した。弾丸は全て寸分違わず羽根に突き刺さる。有効打ではないが、翼の動きは封じることが出来る。
もがく翼を確認し、クリスは大きく距離を取った。飛び退くように離れたクリスに、翼はまだもがいているせいで追い付けない。
そこにところどころに落ちていた対魔合金の塊が、無数に激突した。
漆黒の翼を、無機質な輝きが覆う。その輝きは魔力が奪われている証拠だ。クリスはほっと息を吐き、その後すぐに目を見開いた。魔力を奪っていた無数の塊にヒビが入っていく。
「おいおい、どうなってるんだ!?」
ルークが慌てた声を上げる。
「おそらく、許容量をオーバーしている。なんてデタラメな量の魔力だ……」
翼がよろめきながら近くのクリスとルークに迫る。スピードは弱まっているが、二人には対抗策がない。
翼が急にたたき落とされた。城壁だった塊が更に翼の上から降ってきたのだ。海水を帯びているその塊に、クリスは言葉を失う。
「なんとか、間に合ったな……」
ヤートが額に汗を流しながら、後ろから歩いてきた。
クリスはもう一度辺りを見渡す。
翼は今度こそ沈黙し、魔力すら放っていない。そのうち消滅する。
翼の周囲には、あれだけ散乱していた城壁だった塊が、一カ所に山積みにされており、その全てにヒビが入っていた。そして翼の上には、他の塊とは明らかに異なる城壁だった物が。
「周りに使える城壁が無かったんだ。だから、海に落ちた塊を動かした」
「……さすが隊長さんは違うな」
ルークが感心した様子でヤートに言う。地唱術で扱うにはかなり高難度の物量だ。
――だが、そんなことより……
クリスはもう一度翼の上の塊を見る。海に浸かった為に海水に濡れている。翼の周りには大量の海水も撒き散らされていた。
対魔合金の岩石は、本来水を弾く。不自然な量の海水が、そこには広がっていた。まるで――海水ごと運んだように。
クリスは頭を振って考えを切り替えた。
「お前ら、さっさと船に乗り込め」
ロックは既にレイルを運び込んでいた。船の操舵室でエンジンを掛けている。
「ロック! まさか見捨てる気だった、とかねーよな!?」
ルークがふざけた様子でデッキの上に位置する操舵室に向かって叫ぶ。
「バーカ。逃げる気だったらてめーの荷物まで運び込まねーよ」
「おーありがとう! どこに運んだ?」
「下の手前から二番目の部屋」
「よっしゃ!!」
「ロック……空き部屋は後、何部屋ある?」
「ん? 確か三部屋あったぞ」
クリスが聞くと、ロックは鼻唄混じりに答えた。船は迅速に島から離れつつある。
「そうか。なら一番奥の部屋に捕虜を閉じ込めておけ」
クリスがそう言うと、やはりロックが楽しそうに返してきた。
「ドンピシャ!! リーダーならそう言うだろうと思って、レイルは奥から二番目の部屋に寝かしてるぜ」
クリスはロックを完全に無視し、デッキの端で佇んでいたヤートに近寄った。
「すまないな。助けてもらったことには感謝してるが、あんたは捕虜だ。大人しくしててもらおうか」
建前上そう堅く言うクリスに、ヤートは肩を竦めながら言った。
「それが正常な判断だ。案内を頼む」
クリスの発言は建前上のものだとはわかっていた。彼の瞳にはこちらを気遣う光すらあった。
だが――
ヤートは周りを改めて見渡す。
窓すらない殺風景な船室には、簡易的なベッドとテーブルがあるのみ。唯一の武器である大剣は隣の部屋で、レイルと共に眠っているはずだ。外界へと繋がる扉も、今は外から頑丈に鍵が掛かっている。
――本当に、捕虜なんだな。
ヤートは今更ながらに実感し、倒れるようにしてベッドに寝転がった。どうせ捕虜なら、今眠ったところで殺されることはない。ヤートは諦めながら瞼を閉じる。
毒にうなされる少女のことを考えながら、すぐに深い眠りに落ちてしまった。