このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

第一章 城塞都市


「多分それ、仲間の一人ですよ」
 口の端を上げニヤッと笑うレイル。ヤートは、何故かこの笑みに寒気を感じた。理由はわからない。
「この時期の旅行者は少ないからな……」
 そこでふとヤートは、自分の言葉の何かに引っ掛かったが、横からの歓声にその正体を掴み損ねた。
 レイルが安心したように歓声を上げている。目の前には明るい光に包まれた、賑やかな露店の並ぶ街角。城壁を抜けて商業区に着いただけだが、女の子一人で機械に襲われたのだから、安心して歓声を上げるのも仕方ないだろう。
「案内していただいて、ありがとうございました」
 レイルがこちらを振り返り、ぺこりと頭を下げる。肩に掛かった大きな旅行鞄が、盛大に揺れている。
「もう迷子になるなよ」
 そう言い残してヤートは、城壁の穴をもう一度開く。城壁周りの巡回の後、システムの開発者達に、事態の報告を済ませないといけない。これからしなければならないことをぶつぶつと呟きながら歩く。
「科学者の計画の為に旅行客を減らしたが、島の収入が無くなるのもな……そろそろ新規の旅行者も滞在者も潮時か……先週から定期便はもう無しに……っ!?」
 薄暗がりの中、ヤートは唐突に気付いた。先程掴み損ねた疑問が、一気に押し寄せる。
 旅行者を運ぶ定期便は先週ストップした。現在滞在している旅行者は、長期の研修等のグループで、この島にはもうかなり慣れている。城壁の周りにわざわざ近付くことはしないのではないか?
 だいたい、アルバイトをするようなグループはもう残っていないはずだ。
 ヤートは、もうかなり小さくなった光を振り返る。光の向こうに悪意を探して、ヤートは足早に防衛部隊の会議室を目指した。





 監視塔の最上階近く、広い屋根の上に、二人の男がいた。二人とも配達サービスのエプロンを着ていて、一人が梯子に手を掛けながら説明している。
「あーバイト君……クリス君だったか。この梯子登ったら、もう監視役の兵士さんがいるからね。いいかい? 兵士さんへの質問は一問だけ。兵士さんも忙しいから」
 この仕事を始めて早十年のベテラン配達員が、アルバイトのクリスに説明する。
「……はい」
「……君、真面目なんだろうけど、けっこう根暗でしょ? 返事はもっと大きな声で」
「……この上には監視システムの本体があるんですよね?」
 冷たい瞳で話題を遮るクリスに、配達員は憤慨した様子で、それでも客商売の賜物なのか質問には答えてくれる。
「ああ、そうだよ!! お前は、年上に対する態度がなってない!! だから……っ!?」
 激昂していた男は、静かにその場に崩れ落ちた。わけがわからないという表情の死に顔を、クリスは冷徹に見下す。その手には、血に染まった刃渡りの長い刀が握られていた。
「お前は……この国は、俺達の獲物だ。それ以上でも、それ以下でもない」
 クリスは軽やかな身のこなしで梯子を登り切ると、塔の上にいた“兵士さん”二人を斬り殺した。
 最上階は小さなワンルームのようになっており、そこかしこにモニターやそれに接続された機械類が設置されていた。予想と反して、原始的な窓等はない。人間の視覚ではなく、カメラの映像によって監視しているようだ。
 クリスは、刀を腰に差して辺りを観察する。機械類の操作を確認したクリスは、腰のポーチから札を取り出し――エプロン以外は昨日と同じ服装で、ジャケットがなければまるでウェイターのように見える――それに指で文字を刻んだ。
 クリスの指が触れた部分から火花が散り、札には異国の文字が焼き込まれる。そして片方の手を耳に当てる。やや大きめの黒いピアスが光った。
「こちらクリス。全員配置についたか?」
『こちらロック。もう正面ゲートが見えてるぜ。ポジションはバッチリ』
『こちらルーク。俺も武器庫に潜入した。すぐにでも破壊出来る』
 ピアスに偽装された無線機から、仲間達の応答が入る。
「……」
 しばらく待ってみたが、もう一人の応答がない。
「レイル? 応答しろ」
『……わりいわりい。警戒の薄い場所探してたんだが、やっぱり戦闘にはなるな』
「元からそのつもりだろう? よし……作戦開始だ」
 エプロンを脱ぎ捨て、静かに号令をかける。
4/16ページ
スキ