第六章 過去
煌びやかな宮殿に仲間を残し、クリスは空軍の基地へと足を踏み入れた。
陸軍の敷地よりやや東に、その場所はあった。宮殿のような造りだった陸軍とは真逆で、空軍基地は横に広く、建物自体の背も全体的に高くなく無骨な印象だ。
建物の広いスペースを覆うようにして、更に広大な土地が周りに広がっている。大半が強化金属に覆われた土地には、滑走路のような設備が施されていた。どうやら、兵士の訓練所兼飛行船の離発着も行えるようにしているのだろう。
クリスは今、敷地の一番端――市民に開け放たれている噴水広場を歩いている。陸軍の宮殿から車で一時間程度。
ここ数日寝ていないことに唐突に気付いたが、今は心も身体も休息を必要としていなかった。移動中の車内で、簡単な食事と変装――髪型を整え直し、目立つ返り血を拭き取り、車に予め積んでいた漆黒の外套を羽織っただけだが――は終えていた。外套のフードを目深に被って、なんとか顔は隠している。
クリスは不自然にならない程度に、辺りを見渡す。ここの光景はこじんまりとしており、清潔ではあるがきらびやかな印象は受けない。
軍としてはこちらが正解だ、とクリスは思った。内政が混乱している今、軍を支えるのは市民であり、その市民に反感を与え敵に回してしまっては、軍の存続すら危なくなる。
「ちょっと、すみません」
噴水広場を抜けたところで、クリスは見張りをしている兵士に声を掛けた。
兵士の後ろには、演習用の広大な区域へ繋がる門がそびえ立っている。演習用区画を越え、建物に入るには、この門を潜らない限り、高い高い塀を登る羽目になる。
兵士は少し怪訝そうな顔をしながらクリスに応対する。それもそうだ。市民に解放された区画は過ぎている。
「光将と会いたいんだが……案内してもらえませんか?」
まわりには市民の姿はなく、明らかに異質な空気を纏うクリスに、兵士の目が鋭くなった。
「……失礼ですが、ご用件とお名前を伺っても宜しいですか?」
あくまで礼儀正しい態度を崩さない兵士の姿に、クリスは思わず小さく笑った。
――立ち姿から見て、まだまだ……末端までしっかりと教育が行き届いている組織は珍しい。
「友人のクリスだ。少し話したくてね……いけないか?」
クリスは外套では隠しきれていない口元に、穏やかな笑みを浮かべて言った。
口元だけからでも美しいクリスの魅力は感じとれる。兵士は一瞬唇に目を奪われると、それを隠すように慌てて無線機に連絡を入れた。少し離れて口元を手で覆いながら小声で話す彼の表情は、すぐに緊張の色を帯びた。
クリスは一瞬腰の鞘に手を伸ばしかけ、丸腰で来たのを思い出した。しかしクリスの心配は杞憂に終わった。
固い笑顔でこちらに戻って来た兵士が、最敬礼の姿勢で言った。
「これよりライト少将が参ります。暫しお待ち下さい」
「わかった。ありがとう」
クリスが笑顔で礼を言うと、兵士は「はっ」と大声で答え、顔を赤くして後ろに下がった。
時間にして数分、リチャードが出迎えに現れた。
少将である彼は本来建物の奥にいるはずだ。そんな彼が数分という短い時間で、ここまで来、門の兵士用の目立たない造りの出入り口を押し開けた。
クリスが送る冷たい視線に気付いたのか、リチャードは笑顔でこう言った。
「久しぶりだなクリス。会いたかったよ。とにかく入ってくれ。汚い所だが」
クリスの思惑に気付いたリチャードが、口裏を合わせてきた。
「すまないな。俺も会いたかったよ」
笑顔で握手を交わしてから、リチャードは門の向こうに消える。
クリスも彼の背中を追って、門の扉を押し開けた。一瞬鋭い痛みに顔をしかめると同時に、自身の掌に小さな光の粒子が光るのが見えた。舌打ちしたくなるのを抑えて、クリスは彼に続いて歩く。
長い演習用の区画を、二人は道に沿って歩く。建物まで後半分くらいまで来たところで、リチャードが振り返らずに言葉を発した。
「狂犬共のリーダーが何の用だ?」
「あんたの光の力を借りたい」
「光の力……あの邪悪の根源を断つつもりか?」
「あんな物が無い方が良いのは……お互い様だろう?」