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第五章 悪意の塔


 ジョインを倒し、レイルのことが心配だったロックは、急いで中庭に面するテラスに戻った。
 テラスの扉を蹴り開けたロックを待ち受けていたのは、巨大な血の色をした塔だった。
「ヤートさん!! ヤバいのがそっちに行った!! 動けるなら中庭に向かって飛び降りてくれ!!」
 ロックはそう叫びながらライフルを構える。一瞬だけ眼下の様子を確認し、ヤートの救助が先決だと判断した。
 スコープもほとんど見ずに感覚だけで発砲。この射撃は威嚇射撃なので当たらなくて良い。とにかくあの兄貴に“敵が狙っている”ことをわからせたかった。
『了解した!』
 無線越しに懐かしくすら感じる力強い返事を聞き、ロックは重力場の展開に入った。真反対に位置する塔から飛び降りる彼の姿が見えた。
 海に飛び込むが如く頭から落ちる彼の身体が、地面スレスレの高さで止まる。無事に薄紫色の球体に彼が抱き留められたことを見届けてから、ロックは重力場を解除し、レーザーキャノンの装填に入った。
――あの忌ま忌ましい邪気を発する塔は何だ?





 いきなり苦しみながら倒れたアレグロを、リチャードは抱き起こした。
「ヤート殿……これは、どういうことだ?」
 右腕から夥しい量の血を流しながら、リチャードが言った。アレグロの身体を支えているのがやっとのようで、腕が小刻みに震えており、息も絶え絶えだ。
「リチャード殿……彼もフェンリルに取り込まれていたようです……っ!! ここは引き下がるべきですぞ」
 アレグロが咳込みながらリチャードにしがみつく。彼はリチャードからは見えない角度でこちらに笑顔を見せている。
――そういうことか。
「……今夜は荒れているな」
「想定外が多過ぎますな。まさか光将ともあろう者が、狂犬すら手懐けられないとは」
「女を捕虜にする寸前に、アレが出た」
 リチャードは嫌悪感を隠そうともせずに、新たに出現した塔を睨みつける。
「アレは……何なんだ?」
 ヤートはいきなり風景が一変した中庭に目をやりながら問う。
「確かヤート殿は、この国の出身でしたな? アレは、スラムの悪夢そのものですよ」
 アレグロは静かに続ける。辛そうにする演技すら忘れて、じっと中庭を見つめている。
「スラムの……ヘドロか?」
「ええ。人体の全てを溶かす悪夢の液体。人間の嘆き、悲しみ、怨念……そんなたくさんの負の感情を溶かし込んだ液体は、生者の匂いに引かれて襲い掛かる武器となる」
「なるほどな……液体を操っているのか。ガリアノ殿の考えそうなことだ」
 リチャードが納得したように呟く。
「ガリアノ殿は、人間の負の感情をフェンリルにぶつけたかった。そうして同士討ちを狙ったのだろう」
「同士討ち?」
 アレグロの言葉にヤートは疑問を覚える。自然に口にした疑問に、アレグロは丁寧に答えた。
「フェンリルのクリスは鬼と呼ばれる人間だ。それは血に狂った妖刀を制御出来ないせいであって、一度狂ってしまえば、目に入る者全てを殲滅するが故。ガリアノ殿は死者の念を利用して、人為的にその状態を作り上げようとしたようだな」
「つまり……」
「皆殺しだ」
 ヤートの言葉を、リチャードが引き継いだ。
「自分は貴方と共にここで隠れている予定だったんだろう。お互い、今夜は想定外が多すぎる」
「リチャード殿……ここは一旦引きましょう」
 アレグロはゆっくりと立ち上がると、下へ繋がるエレベーターを起動する。扉がスルリと開き、アレグロが乗り込む。リチャードは一瞬視線を中庭にやり、目を見開いた。
『ヤートさん!! ヤバいのがそっちに行った!! 動けるなら中庭に向かって飛び降りてくれ!!』
 ようやく内容が聞き取れるまでに復旧した頭の回線に、ロックの怒鳴り声が響く。
 その一瞬の後、目の前のリチャードの頬を弾丸が切り裂いた。浅く掠った頬の血肉が飛び散り、端正な顔立ちから一筋の血が流れ出す。
「スナイパーかっ!!」
 リチャードは苛立ちを隠さず、しかし撤退を開始した。アレグロが待つエレベーターに飛び乗り、すぐにその姿が消える。
 威圧的な気配が消え、ヤートは思わず溜め息をついた。しかしじっとしている訳にはいかない。中庭を見下ろす。不快な風がまるでヤートを誘うようにして背中を押してくる。
『了解した』
 ヤートは目を閉じ覚悟を決めると、フェンリルを信じて飛び降りた。
 地面が目前というところで薄紫色の液体のような、なんとも言えない感触にぶち当たる。歪んだ重力により、地面に舞い降りるように着地出来た。
『ナイス着地』
 ロックが口笛を吹いて茶化す。
『ヤートさん!! 無事か!?』
 レイルの声が割り込んでくる。
『ロック! どこで油売ってやがった!? さっさとこの塔を消し飛ばしてくれ』
 ルークも無線の向こうで苛立った声を上げている。二人の切羽詰まった口調には、いつもの余裕は感じられない。
「俺も向かう」
『なら全員集合だな! 僕はこのテラスから装填出来次第射撃する』
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