第五章 悪意の塔
無事に地面に着地したレイルは、すぐさま状況を確認する為に周りを見渡した。
中庭の端と端――丁度反対側に敵と対峙したクリスが、ここからは見えないどこかにロックが、そしてはるか前方に自身を包んでいた液体の展開を終えたナオがいる。
そして――
レイルは、クリスに言われた通りに足元に転がっていた兵士の頭からメットを奪い取り被る。
ルークがクリスに気を取られていたので、レイルは傍に転がっていたもう一人の死体の頭を、メットごとルークに蹴り飛ばした。ルークは危なげなくそれをキャッチ。死体と目が合ったのか、ルークは眉間にシワを寄せながらメットから頭部を引っ張り出した。そのまま血の滴るメットを被り、セットのグラスも装着する。
――間に合ったか。
上空からレイル達を突き落とした張本人が目の前に降りて来た。重力に従って落ちるその男は、着地の瞬間に光を爆発させて落下の衝撃を相殺した。爆音のような衝撃に、レイルは頭が割れそうになる。
爆風が収まり、その中心でゆっくりと立ち上がった男がこちらを見た。短い緑髪の下で、冷たい茶色の瞳がこちらを見据えている。久しぶりに恐怖を感じるプレッシャーに、レイルの顔が自然とニヤつく。
「ルーク……リーダーの援護任せた」
小声で振り返らずに言う。
「……お前一人で大丈夫か?」
「……まだ死ぬつもりはねーよ。犯されてたら助けてくれよ?」
「……気をつけろよ? あいつはおそらく、冗談じゃすまない実力だ」
「だろうな……さっさと行け!!」
最後はそう怒鳴り付け、腰から双剣を抜き構える。その瞬間、男の殺気が強くなり、レイルは目眩がしそうになった。ルークはクリスの元へ走り出す。
一対一で、対峙する。頭の中でレイルの動物的嗅覚が警鐘を鳴らす。
――なんだこいつ!? 本当に人間かっ!?
「フェンリルの紅一点……貴様がレイルか?」
低くよく通る声で男は聞いてきた。雰囲気がどことなくクリスに似ている。他者を寄せ付けない、強者の目だ。
「ああ、そうだよ。良い男過ぎて切り刻むのが勿体ないぜ」
すらりと高い身長は、クリス以上。無駄な筋肉の無い理想的な身体に、この国の人間にしては珍しく白い肌をしている。品の良さが漂う口元は、今は固く結ばれている。
ペガサスを模った腕章を付けていることから、どうやら空軍の人間のようだ。それ以外の装備は武器以外は他の兵士と似たような装備だ。
そう、武器以外は――
「まさかこんな所で、エクスカリバーを拝めるとは思わなかった」
聖剣エクスカリバー。持つ者に破邪の力を与えると言われる魔剣の一つ。
言い方を変えれば、血を啜り切れ味を増す妖刀も魔剣に属する。
先程の光の爆発はおそらくこの剣の力だ。だが、これ程若い――自分達とそう歳の変わらないであろう男が使いこなせるとは……
レイルやクリスですら、妖刀の力を制御しきれてはいないのに、目の前の男は平然としている。
「切り裂き魔……レイルか」
「軍人さんも……名乗ってくれよ?」
「……必要ない」
「いや、あるぜ! 断末魔の悲鳴を上げてる相手のことは、ちゃんと名前で呼んでやりたい」
「……理解に苦しむ。死ぬのは貴様だ」
「私を犯す時はちゃんと名前を呼んでくれよ?」
レイルがいやらしい笑みをこれみよがしに浮かべてやると、男がいきなり切り掛かってきた。わざと右の剣――黒雷で受け止める。
腕が痺れて剣を取り落としそうになる。見た目よりも異常に重い斬撃に、レイルは受け止めたことを後悔。筋肉が悲鳴を上げている。
「軍部一の……噂は本当のようだな。俺は空軍少将のリチャード。リチャード・ライト・エルメスミーネだ」
押し合いながら名乗ったリチャードに、レイルは笑みを崩さず言う。
「なんだ、犯す気になったのか?」
「俺は相手に勝っても何もしない。名乗ったのは、お前達に絶望を与える為だ。光将の名をナメるなよ、ブラッドミキサー!!」
リチャードはそう言って、剣を弾くようにしてレイルを吹き飛ばす。
「ははーん、えらくえげつないプレッシャーだと思ったら……てめぇが光将か」
レイルは綺麗に受け身を取り、隙を見せずに立ち上がる。
光将と言えば本部でも有名だ。若くして少将まで上り詰めた、名門貴族出身の天才。
クリス程ではないにしても、一対一でやり合うにはあまりにも危険な相手だ。
――一人でやれるか?
目にも止まらぬ速さでリチャードが斬撃を放ってくる。それをレイルは両手に持つ剣で払う。全て避けるには限界があった。
こんなに素早い攻撃を繰り返しているのに、相手は息も切らさず冷静にこちらを狙っている。隙なんてものはない。
黒雷が相手の聖剣とぶつかり合う度、レイルの意識は鮮明になる。先程まで燻っていた妖刀の殺意が中和されているのだ。
破邪の力は、そのまま妖刀の力を消しさっている。今まで傷一つ付かなかった破砕刀に、初めて刃こぼれが生じた。
――魔獣以上に厄介な相手だなっ!?