第五章 悪意の塔
赤き光を放つ剣を振り上げ、レイルは兵士を切り裂いた。兵士は液体に戻ると、少し離れた位置でまた元通りの姿を造り上げる。
「ちくしょー、キリねぇな」
「レイル! あんま無茶すんな!! お前にまで暴走されたら洒落になんねぇ」
背中合わせで戦っていたルークが銃を発砲しながら怒鳴る。
レイルの片方の剣――破砕刀黒雷は、昔にクリスが折った血桜の破片から作り上げた物だ。精神を蝕む力は小さいが、それでもこれだけの数の悪意の塊を相手にするのは危険過ぎる。
攻撃を控えるレイルの代わりにルークが大半を引き受けているが、これではじり貧だ。
先程からレイルも術者であるナオを直接狙っているが、兵士の壁が邪魔をして近付けない。お世辞にも広いとは言えない回廊の上。面積が狭い分、敵が密集して隙を突けないのだった。
「ルーク……場所を移せないか?」
「あのガキに言うのか? 『上手く動き回れないから広い場所に移動しよう』って?」
レイルが舌打ちしたその瞬間、前方の扉が勢い良く開かれる。
ヤートがいるであろう部屋の扉から、知らない男が出て来た。無線か何かに話している。レイル達はまだ回廊のど真ん中にいるので、距離があって話し声は聞き取れなかった。
男の緑髪が風に揺れ、その下の鋭い茶色の瞳がこちらを向いた。久しぶりに足が震える程のプレッシャーを感じていると、ルークが振り向かずに言った。
「レイル……新手だ」
視線を外したら殺される。そう直感させる視線に、ルークは体勢を変えることが出来ないようだ。
「こんな時に!! 今日は豪華なパーティーだな!!」
レイルも苛立ちを隠さずに悪態をついた。ルークが銃を照準しようとした次の瞬間、男が鞘から血に塗れた長剣を抜いた。そのまま回廊の入り口に立つと、光り輝く剣を回廊の床に突き立てた。
まばゆい光と、轟音。
レイルは崩れ落ちる回廊に咄嗟に剣を突き立てた。なんとかそれでバランスを保ちながら、ナオに視線を走らせる。
こんな時でも敵からの奇襲を警戒する。
ナオは兵士達に包まれながらそのまま落ちている。このまま生身でダイブしなければいけないルークと自分よりは安全だろう。
ルークがレイルに抱き着いてきた。自らの身体でレイルを守るようにしてくれるルーク。レイルはそんな彼に軽く感謝しながら、遥か頭上になった乱入者を見上げた。
小さくしか見えないその人影が、あろうことか飛び降りてきた。光に包まれたその姿は、遠目には天使と見間違える程に幻想的だった。
「くっそ……」
レイルは耳元で雑音を垂れ流す無線に苛立つ。
地上――クリスがまだいるであろう中庭はすぐ下まで迫っていた。
カレンとの戦いを終え、ロックは中庭を一望出来るテラスに到着した。
このテラスを挟んだ反対側の廊下に出ようとしたロックは、目の前に広がる光景に自分の目を疑った。
クリスが鬼と化す寸前だ。周りには赤黒く染まった兵士達が群がっている。急いでライフルを構えたロックは、突然の轟音に上を向いた。
空中回廊とでも言うべき大掛かりな橋が、片側から崩れ落ちようとしていた。中庭でもクリスがいち早く反応している。彼なら下敷きになるようなヘマはしない。心配なのは、上にいるであろう仲間だ。
ロックの位置からは誰がいるのか、まず仲間がいるのかどうかもわからない。だが普通に考えて、あれだけの橋をクリスを下敷きにする為だけに落とすとは思えない。予想外の敵の戦力に対する罠か、最悪足止めだろう。
ロックはライフルを構えたまま術の発動の為の精神集中に移った。ロックの重力魔法は広範囲には使えない。ライフルのスコープ越しに対象の正確な位置を確認し、そこに重力場を生み出す。
ロックのスコープに一塊となって落ちてくるレイルとルークの姿が映った。ロックの頭に数学的なロジックが高速で組み上げられていく。急いで魔法を発動させたロックの目に、光に包まれた男の姿が飛び込んできた。
光に愛された天才。あの男をロックは知っている。彼は、小さい頃から天才で、自分より強く、優しく、軍人に向いていて、犯したくもない男だった。
レイルとルークが地面に激突する寸前、展開を終えた重力場が二人を優しく包み込む。落下の勢いが無くなった瞬間に、二人は見事な着地を決める。レイルが粉々になった破片から剣を引き抜いた。
「大丈夫か?」
中庭の敵に気付かれないように、小声で無線に問い掛ける。妨害が掛かっているのは途中で気付いた。無駄なことだとはわかっていたが、それでも問い掛けずにはいられなかった。クリスだけでなくレイルの剣もまた、血に歓喜し赤く輝いていたからだ。
しかし予想に反して、先程まで砂嵐のような音が響いていた無線から、クリアな声が返って来た。
『ロック、助かったぜ』
『悪いな』
二人の無事を確認出来て、ロックはほっとする。どうやら妨害は無くなったらしい。
『無線が繋がったようだな!? 全員、急いで顔を隠せ!!』
同じく無事だったクリスの焦った声が、ロックの耳に響いた。