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第一章 城塞都市


 レイルの前に立ち塞がった人物は、濃い金髪の男だった。後ろ姿だけでもわかる。鍛え上げられた軍人の背中だ。
「君、大丈夫か? こんな所をノコノコ歩いてるなんて、迷子の観光客か何かか?」
 男が軽く後ろを振り返る。 軍人らしく短い髪に、掘りの深い顔立ち。低く大きい声に――だが、アンバランスな妙なアクセント。
「まぁ、良い。ちょっと待っててくれ。すぐ片付けるから」
 微妙に訛っている。おそらく大陸南部出身だろう。年上らしい顔がくしゃっと笑い、そのまま前を向いた。腰に差していた軍用の大剣を抜くと、機械達もそれに反応するように砲台を彼に向けた。
 そこからは一瞬だった。猛烈な勢いのある斬撃が、二台の機械をただの鉄の塊に変えた。
「ふー。大丈夫かい? 綺麗なお嬢さん」
 軍人らしくない軽い口調だが、彼のグレーがかった瞳は笑っていなかった。喋りと性格にギャップのある人間だ、とレイルは瞬間的に思う。
「危ないところをありがとうございます。見たところ軍人さんのようですけど、防衛システムを破壊しても大丈夫なんですか?」
 猫を被ることは忘れない。相手は年上の軍人だが、レイルからしたら充分“射程圏内”だ。
「ああ、ちょっとごたついててな。防衛隊隊長の俺がこの辺りの警護に駆り出された」
「防衛隊隊長……随分役職が上の方のようですが、こんな仕事に駆り出されるんですか?」
 この国には軍隊は防衛部隊しか存在しない。ここは軍用兵器の開発研究、及び実験が主であり、他国へ攻め込む必要性が無いからだ。つまり大勢の分母を統べる防衛隊の隊長とは、かなり上の役職ということになる。
 先程の剣捌きも納得である。常人ならば動きも追えないスピードだった。
「上の奴ほど暇なもんなんだ。それより、お嬢さんは?」
 軽く笑いながら、男は尋ねてきた。自然な物言いに、レイルは感心する。“仕事”が自然に出来るのは、長年積み重ねた実績があるからだ。
「観光でこの国に来たんですが、商業区に行けなくなってしまって……」
 そう言い訳しながらも、レイルは男の唇から目が離せない。やや薄い唇は、レイルの好みだった。自然と、ふわりと笑う。
 すると男は一瞬驚いたような顔になり、さっさと歩き出してしまった。
「いつまでもここにいるのは得策じゃない。商業区まで送るからついてきてくれ」
「あ、はい! ……あのっ!」
 レイルの声が少し上擦ったのを不審に思ったのか、男が振り返る。
「ん?」
「……お名前、教えていただけますか?」
 レイルのエメラルドグリーンの瞳に捕まって、男は慌てて目を逸らした。
「ヤート……ファミリーネームまでは構わないだろう?」
「ヤートさん。私はレイルです」
「ふーん。レイルか……なら行こうか、レイルちゃん」
 ヤートは手慣れた様子で城壁に腕章を翳す。小さな機械音がして、上手い具合にカモフラージュされたタッチパネルが、彼の目の前に飛び出てきた。城壁の一部が出て来た物だが、これなら外から来た者には、絶対にわからないだろう。どうやらこれに専用のコードを打ち込めば、城壁が開くようだ。
 ヤートは、手元を隠したまま機械を操作し「よし」と呟いた。すると近くの城壁に人一人が通れる程の穴が音も無く開いた。
「さ、早くこっち入れ。そうしな、すぐ閉じてしまうからな」
 さっさと歩き出したヤートがレイルに呼びかける。レイルは黙って頷き、彼の後ろに付いて歩いた。




 入り口を潜ると、すぐに背後の穴は溶けるように消えてしまい、外部からの光はヤートの向こう、つまり出口から射す細い光一点のみとなった。漆黒の闇、ではない。
「外部からの侵入を防ぐ為や。この腕章が通行証の役目になってる」
 ヤートは少し自慢げに、右肩に付いている刺繍を見せた。金色の糸で黒地の生地に、二人の女神の姿が描かれている。守護の双女神であろうその二人は、抱き合うような姿勢で眠っている。
「普段は腕章が無かったら開かないが……」
 ヤートはそう言いながら、訝しげな視線をレイルに向けてきた。
「確かに商業区の中を歩いていたんですけど……気が付いたらあの城壁の横に居たんです」
 しれっとそう話すレイルに、ヤートは小さく溜め息をついた。
「やっぱりな。そうだろうと思った……実は防衛システムにちょっとトラブルがあってな」
 ヤートの言葉に、レイルは顔を上げる。彼のグレーがかった瞳を覗き込み、思わず一瞬だけ“演技”を忘れて睨みつけてしまう。だがその瞬間にヤートは前を向いたので、彼女の様子には気付かなかったようだ。
「だから地下道からしか今は、一般人は商業区に入れない」
 笑顔で振り返ったヤートに、レイルも笑顔を返す。レイルの美しい顔立ちに、ヤートは顔中の笑みが引っ込まないようだ。
「軍の腕章が無い者は、機密性の問題で、城壁の内部を通った記憶は無くなってしまう。そして今バグってるのが防衛システム。つまり防衛機械や城壁もバグってしまっていて、中の人間を外に弾き出してしまったり、人間を襲ってしまったりする訳だ」
「……なるほど、ならヤートさんは、私に構っている場合じゃないじゃないですか!!」
 商業区の喧騒が出口から聞こえてくる。既に道のりの半分は過ぎており、先程よりもはっきりと相手の細かい表情まで見えるようになっていた。
「今はもう城壁のシステムは直ってる。IDを調べた限り、旅行者も迷子になってないし。たまたま巡回中にレイルちゃんも見付けたから、もう大丈夫」
「私は、迷子じゃないです……」
 ふて腐れるふりをしたレイルに、ヤートは声を出して笑った。
「怒るなって。そういやレイルちゃんのこと何も聞いてなかったけど、何の目的でこの国に来たんだ?」
 真面目な質問に、レイルも表情を戻して答える。
「仲間と一緒に旅行を兼ねて来たんです。仲間達は朝からこの国独自のアルバイトに行ってますよ」
「ああ、あの島内案内ツアーのアルバイト版か」
 レイルの仲間、つまりクリス、ロック、ルークの三人は今、この島でしか出来ないアルバイトに挑戦している。
 配達のアルバイトなのだが、商業区から軍用施設まで、普段は旅行者の立ち入りが禁止されている所まで社員と一緒に巡ることが出来る人気企画である。その代わり重い荷物を待って走り回らないといけないのだが。
「なるほど、確かに君には厳しいな。そう言えば、監視塔に配達のアルバイトが来るって連絡があったな」
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