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第四章 砂漠の薔薇


 狭い狭い車の中で、ロックはレイルを抱きしめる。
 七人乗りの大型車の最後尾の席に座るロックの膝の上には、荒い呼吸でしがみついてくるレイルが向かい合うようにして座っている。ロックがそんな彼女の頭を優しく撫でてから、額に軽くキスを落とすと、レイルは嬉しそうに身をよじった。
 その手慣れた動作に、前の席に座っていたルークが軽蔑の眼差しで振り返ってくる。
「お前ら、車の中でも激しいんだな?」
「こんなのいつもの六割だぜ? ケツ叩いてないし縛ってもいない」
「……普段どんなプレイしてんだよ?」
 ルークは呆れたようにそう言って体勢を戻すと、持っていた銃の手入れを再開した。彼の横の席にはロックとレイルの荷物――それぞれの武器とヤートの大剣が置かれている。
「……レイル、調子は良いか?」
 ルークの更に前、助手席に座るクリスが振り返らずに聞いてくる。
「……あぁ、バッチリだ」
 開けた胸元のボタンをとめながら、レイルは獲物を見付けた肉食獣のような目をして言った。自らの腕の中で爛々と輝くその瞳に、ロックは再びの欲情を覚えてタバコを取り出す。一服して気分を落ち着けながら、レイルの乱れた髪の毛を手ぐしで整えてやる。
「そろそろ着きます。どうしたら良いですか?」
 南部支部から派遣された若い男の運転手が、おずおずとクリスに話し掛ける。自分達よりはよっぽど一般人に近い彼は、クリスの冷たい視線に手を震わせていた。
――可哀相に、事故だけはすんなよ。
 殺人鬼四人を乗せたドライブなんて、自分でも願い下げだ。
 隣ではえげつない作戦をぶつぶつ呟きながら考え込む男に、背後ではいつ発砲するかわからない銃を手入れする男と、平然とセックスを始めている男女。
 普通の人間なら異常な光景に逃げ出したくなるのもわかる。だが、彼は仕事であって、もう一般人の側に行くことは出来ない。自分達より殺しの経験は無いにしろ、彼はそういう職業に就いてしまったのだから。
「このまま直進、入り口の前に乗りつけたら、俺達を降ろして物陰で車ごと待機」
「待機していて大丈夫なんですか?」
「向こうの敵は全て皆殺しにする。問題ない」
「……!?」
「特務部隊からしてもあいつらは邪魔なはずだ。殺して問題はない」
「彼らは、この国でも強行派として恐れられる陸軍の所属です!! そしてこの先に彼らは待機している! 危険過ぎます!!」
「軍と言っても仲間割れを繰り返し少数になっている。俺達の敵じゃない」
「貴方達は強いかもしれない……でも、相手が悪すぎます!!」
「……あんた、死ぬのが怖いんだな」
 クリスがそう言うと、運転手の男は黙った。暫くの沈黙の後に頷く。
「この国では恐ろしいくらいに人が簡単に死んでいく。その原因のほとんどが暴力で。国を変えたくて特務部隊に入りましたが、それでも変える程の力には程遠い……暴力を解決するには、それ以上の暴力しかないんですか?」
「……俺達が出来るのは、腐った連中を叩き潰すことだけだ。連中の一部を殺して人質を奪い返すのが任務で、そこまでしか出来ない。だから、そこから先をあんたが頑張ってくれたら良い」
 クリスは運転に集中する男に小さく笑い掛けた。
「あんたは死なせない。人の命を奪うのが仕事だが、確かにその行為で救われる人間はいるんだ」
 クリスの言葉に、運転手は完全に沈黙した。小さく手が震えているのは、先程とは別の理由だろう。
「良い男だね、リーダーは」
 ロックの首筋に舌を這わせていたレイルが、ぽつりと呟いた。彼女の顔は先程の言葉に酔いしれているような表情だ。前でルークも頷いている。
 レイルはきっと“良い言葉”だと褒めたかったのだろう。
 自分達の殺人が、少しでも誰かの為になっていたい。人の為の殺しを始めた彼女には、その言葉は美しく煌めいて感じるのだろう。その感情はロックにもわかる。だからこそ皆、穏やかな表情でクリスの言葉を胸に納めている。
 目的地はすぐそこだ。
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