第四章 砂漠の薔薇
クリスが起こした爆発に紛れて、レイルとヤートは高級住宅街まで逃れていた。路地裏で軍の尾行に気付いたレイルは、敵の足止めを三人に任せ、自身はヤートの手を取り、共に彼の実家へと向かっている。
「彼らは大丈夫なのか!?」
広い道を走りながらヤートが聞いた。この辺りは人通りが少ないので多少目立っても問題はない。
「まさかリーダー達の心配してる? それなら相手の軍人さん達が、清々しい気持ちで死ねるか心配してやった方が良い」
「……君達は簡単に人を殺すんだな」
こちらを向かずにそう言ったヤートに、レイルも彼から視線を外して答える。
「殺らなきゃ殺られるからな」
「だが……あの子は君を殺したりはしないだろ」
おそらく昼間の少年のことを言っているのだろう。言葉を選ぶレイルの目の前に、他とは異質な家が現れた。他の家々と同じく白を基調とした美しい外観。高級住宅街にあるに相応しい豪邸。
だがその家は寂れていた。人が住まないと家は死んでいく。レイル達の目の前にあるこの家は、久しく人が住んでいないように見える。不審に思って立ち止まる。隣で息を呑む気配があった。
レイルがふと横を見ると、ヤートが震える手で表札に積もった埃を払っていた。
「……ここが、俺の家だ」
「……ご両親は?」
そう聞いたレイルの目に、玄関に置きっぱなしになっている酒の瓶が映った。いろいろな種類の瓶が何十本と積まれている。尋常ではないその量に、レイルは嫌な予感を覚える。
「俺の親は、両方共アルコールに溺れていた」
ヤートも両親の末路を悟り、その場に崩れ落ちた。小さな嗚咽が響く中、レイルは先程の問いに答えることにする。
「……一度甘えた人間は、簡単には元に戻れないんだ。新たな甘さを求めて、ただ墜ちていく。その先にあるのは、死という暗闇しかない」
「だからと言って、殺すのか!?」
「あの少年も、あんたの両親も、他に生き方は沢山あった! 辛さの先に可能性のある未来があった!! だけどそれを捨てて、ただ甘いだけの生き方を選んだ!! その時点でそいつらは、自分自身の甘さに殺されてるんだよ!!」
「……」
嗚咽もなく、ただ黙った大きな背中を見つめ、レイルは彼に近付こうとして、止めた。
身体中を電気のような感覚が駆け巡る。焼けるように熱く痛み出した背中と、ただただ火照る身体。
刻印が反応しているのは間違いなかった。レイルはヤートに悟られないように押さえ込もうとする。
――こんなとこで再発するなんてな……
狂おしいまでに快感を求める身体に腹が立つ。堪らず膝をついてしまう。その軽い衝撃でも身体中にビリビリと痺れるような感覚が走る。
ヤートが音に気付いてこちらを振り返った。レイルの異常な様子に、近寄ってくる。
「どうした? 大丈夫か?」
「……や、やめっ」
止めろという声が出なかった。ヤートの手がレイルの手に触れる。悲しみの中でもこちらを愛おしみ気遣う彼の優しい顔を見た途端、レイルを堪えきれない欲望が支配する。
――触って、もっと、愛して、傷付けて……
口からこぼれそうになる欲望にまみれた言葉達を飲み込み、レイルは叫んだ。
「ヤート! 右だっ!!」