第四章 砂漠の薔薇
不良達のたまり場まで、レイルと少年は歩いて向かった。少年の歩くペースに合わせていたので、到着までに時間がかかった。
たまり場は廃れた工場の跡地だった。割と大きさは小規模で、周りを囲むフェンスはその役目を果たしていない。ギーギーと音を立てるフェンスに繋がったドアの鍵は開いている。ただでさえ空気が悪いのに、この辺りは異様な空気が身体に纏わり付いてくるようだ。
「こんなところに水場なんてあるのかよ?」
不良グループとマッチし過ぎている光景を前に、レイルは少年を振り返る。少し遅れて歩いていた少年がこくんと頷いた。また骸が顔を出しかけている。
「綺麗な水、湧き出てたの。大きなシャワーみたいに」
「……水道管はまだ生きてるのかねー」
少年の言葉に半信半疑ながら、レイルはドアを蹴り開けた。少年もおどおどした様子で、それでも必死についてきた。
「ごめんくださーい」
絶対に聞こえる声量で馬鹿にしたように言う。相手はそこらのチンピラだ。レイルにとっては不意打ちを警戒する相手ですらない。
工場の入口は広い空間になっており、そのところどころに若者達が座り込んだりしていた。奥への道は全て防火扉によって閉ざされている。少年から大人まで、男ばかりが二十人。その全員が一瞬殺気のこもった目でレイルを見、すぐさま顔をニヤつかせた。
「お嬢さん、見たところスラムの人間じゃないようだが、観光目的かい?」
一番奥に座っていた男が立ち上がり、こちらに近付きながらそう言った。見る限りコイツが一番年長だろう。浅黒い、いかにもなオッサンだ。胸元や両手にジャラジャラとしたアクセサリーを巻いている。細い金細工は、下品なこの男には不釣り合いだ。
「ああ。ここに良い水場があるって聞いてな」
ニヤリと笑って返すと、男は明らかに気分を害した表情をした。
「……俺は生意気な女は嫌いだ」
男が手を上げると、周りの男達も立ち上がりレイルににじり寄ってくる。完全に囲まれる。
「私も、弱い男には興味ねーよ」
「てめえら、死なない程度に遊んでやれ」
左右から数人が殴り掛かってくるのを軽く流しつつ戦う。確実に腹や頭を殴って戦闘不能にしていく。何の訓練もしていない一般人が相手なので、殺さないように気をつける。
舞うようにして全ての敵を片付けたレイルは、地面に倒れた先程の男の頭を軽く蹴りつけた。男は小さく呻く。
「水場、使って良い?」
「……クソ女が」
もう一撃を食らわせようとするレイルに、男は慌てて叫ぶ。
「わ、わかった!! 好きなだけ使ってくれ!! だから、命だけは取らないでくれ」
「……てめーら、自分が同じ立場の時、なんて言ってんだ? さっきから人殺しの臭いしかしねーんだけどな」
レイルはそう言って男の腹を蹴り飛ばす。大きな呻き声と共に、男の口から血が湧き出る。
「……姉ちゃん、どうやらヤバイ側の人間らしいな。言っておくが俺達は殺しちゃいない。死体を回収しているだけだ」
「は? 死体を回収? なんだてめーら、死姦が趣味なのかよ」
「……どうやら俺達以上に頭がおかしいようだな」
「あぁ、よく言われる」
ギラついた笑みを見せると、男は苦笑した。苦しかったのか、仰向けに体勢を変えて話し始める。
「ここのスラムは死体を放っておかないんだ。環境が更に悪くなるのを嫌った政府が、死体処理の為に俺達のような人間を雇う」
咳込みながら続ける男を、レイルは冷たい目で見つめる。
「回収した死体を俺達はスラムの最深部……人体を溶かすまでに汚染されたヘドロに放り込む」
「……」
「ここらのヘドロは黒いが、そこまで汚染されたヘドロは赤黒くなっている。何日も掛けてゆっくりと溶かしきる」
話しきった男は小さく長い息を吐いた。意識が朦朧としかけているようだ。
「……死人によって、儲けてるのか?」
「そうさ。学のない俺達にはピッタリの仕事だ。死人は黙ってても増え続ける。金品は奪ってもバレないから、普通に働くよりも美味しい」
「死者は……てめーらの為に死んでるんじゃねぇ」
レイルは怒りに震える拳を握り締めながら言った。
――なんなんだこいつら、これじゃまるで……
「死人に食わせて貰うなら、せめて自分の手で殺した相手にしろ。自分の手で命を奪って、恨みながら死んだ相手の全てを自分の糧にしろ!! ……てめーらは自分の手も汚さずに他人の死を願うクソ野郎だ!!」
そう、まるで――自分達に仕事を依頼する、決して手を汚さない上層部の人間のように。人を殺した実感もないまま、自分の利益だけを掠め取っていく。
「俺達はあんたみたいに強くない……自分達より弱い人間から奪うしかないんだ」
「だったら強くなれば良いだろ!! 弱い人間を主張するなら、弱い奴らしく他人を傷付けずに、自分だけとっととくたばれ」
本当に腹が立ってきた。
甘えた人間はどこまでいってもそのままで、それはお偉いさんだろうがスラムの住人だろうが一緒だ。こいつらは他に生き方があるにも関わらず、楽で一番残虐な生き方を選択している。
レイルは両手に剣を構えた。その鋭い刃の光に、男は目を見開く。
「待て!! ここは死体を放っておかない街だ!! 明らかな他殺の死体があれば軍も動く! 収穫祭だからな!! そ、それはお前もマズイだろ!?」
「一つ良いこと教えてやるよ」
レイルは男の首に剣先を当てながら続ける。
「フェンリルのブラッドミキサーは、欠片も残さず人を殺せるんだぜ」
男が悲鳴を上げる前に、レイルは男の身体を切り刻んだ。雷により切れ味とスピードが増した剣撃で、男の身体は床に血飛沫を残しただけで消えてしまった。
被害者の身体を塵も残さす切り刻んでしまう。現場に残るのは大量の血痕と、赤い霧のような空気のみ。全てを切り刻み消してしまう――だからブラッドミキサー。
「死体が無けりゃ、問題ねーだろ?」
レイルは久しぶりの虐殺に笑いが止まらない。さっきまでの苛立ちも、これからのことを考えたらお釣りが出るくらいだ。
自分達は殺しに狂っている。所詮は人殺しなのだろう。それでも――狂犬と呼ばれる自分でも、彼らのやり方は気に食わなかった。
背後で人が動く気配がしたので、レイルは笑顔で振り返って言った。
「あー、もうすぐ終わるからちょっと待ってろよ」